短編「後日談、そして前日談」


 

「―――政くん、旅行に行きましょう!」
「んあ?」

 盆が過ぎ、夏休みも後半戦に入った頃、唯宮心優が穂村邸に来るなりこう宣った。
 その宣言とも言える力強い言葉に対する穂村直政の返答は間抜けなものだ。
 というのも、冷凍庫から取り出した棒アイスを口に入れていたからなのだが。

「シャクシャク。・・・・・・・・何をいきなり」
「説明は後でしますので、わたしにもアイスください!」
「買ってこい」

 冷凍庫を開けようとした心優の後頭部を鷲掴みする小さな手。

「お、おぉ・・・・ッ、亜璃斗ぉ・・・・」

 そのまま仰け反るような体勢で冷蔵庫から引きはがされ、最後はペイッと畳に放り出される。
「あうっ。―――あ、守護神様、おはようございます」
【うむ、今日も朝から元気じゃの】
「取り柄のひとつと思っています」

 寝転がったままの挨拶に気さくに応じた赤い甲冑――御門宗家の守護神――に笑みを向け、振り上げた足を下すという反動をつけて起き上がろうとして、失敗した。

「・・・・お前なにがしたいの?」

 左手で目元を隠しながら心優に右手を差し出す直政。
 その顔が赤くなっていることから、膝丈スカートの奥を見てしまったことは確実だ。だが、心優は気にしない。

「ですから旅行に行きましょう」

 直政の手を借りて立ち上がった心優はそのままその右腕に抱き着いて言った。

「い、いきなりだな・・・・」

 真下から見上げて来る視線から逃げるように顔を逸らす直政に、心優は追撃する。

「もう夏休みも後半なのにどこにも行っていないじゃないですか!」
「そりゃあ、なあ?」

 直政は視線を義妹――従妹に向けた。

「うん。消えた神代カンナ、そして、それを追っているであろう叢瀬央葉ともうひとりの追跡で情報収集してたから」
「その関係で司令塔たるわたしたちが家を離れられなかったのは分かっていますけど」

 "わたしたち"と言うが、情報整理を担当しているのは心優だ。
 直政と亜璃斗はいざという時のために待機していただけである。

「両方とも隠れるのが得意なようで、容易に見つかりません。後、副産物を見つけたので回収に行こうかな、とも思っています」
「「副産物?」」

 揃って首を傾げる辺り血の繋がりを感じさせる。しかし、心優はそれには答えなかった。

「では、対鬼戦の慰労会と言うことで」
「まあ、いいけど」
「兄さん、心優に甘い」

 「抵抗しても無駄だ」と判断しただけだというのに心外だ。

「それが政くんのいいところです!」
「それは全力で否定したいな!」

 否定しておかないと付け上がりかねない。

「では行きましょう」
「聞いちゃいねえ・・・・」

 がっくりと肩を落とす直政の肩に乗った刹が慰めるように首筋を撫でた。

「イッテェッ!? 爪で引っ掻くな」
『あ~れ~』

 ひっつかんでぶん投げる。
 そんな一連の流れを無視し、心優は言った。

「さあさあ、次は熾条アンド渡辺邸ですよ♪」






「―――ごめんね~。ちょっと待ってね~」

 30分後、直政たちはとあるマンションの一室でソファーに座っていた。
 目の前のテーブルには冷たいお茶が置かれている。そして、対面には無表情の熾条一哉がいる。
 その首にはまるでかぶりつくかのように背中から緋がぶら下がっていた。

(冷房の効いた室内とは言え、暑くねえのかな?)

 因みに、当たり前だが、冒頭の待機願いを口にしたのは一哉ではなく、その同居人・渡辺瀞である。
 彼女は旅行の話を聞くなり賛同し、準備をしているのだ。
 その時間で客を応対するのが一哉というわけである。

(全く話さねえけどな!)

 あの戦いで痛めつけたというのに包帯のひとつも巻いていないのが忌々しい。
 直政も精霊術師として傷の回復が早いのだが、一哉のそれは群を抜いている気がする。

(腐っても守護獣持ちってことか)

 そこがまた面白くない。

「ってか、苦しくねえのか?」

 背中にぶら下がった緋はソファーの背もたれの後ろにおり、そして、その足は床についていない。
 つまり、緋は全体重をかけて一哉の首を絞めにかかっているのだ。
 それでも好きにさせるとか、体重が軽いから大丈夫とかいうレベルではない。

「大丈夫、兄さん。首と腕の間に顎を挟むことで首は絞められていない」
「亜璃斗、眼鏡をキランと光らせて言うことじゃないからな・・・・」

 所謂"どや顔"で言った亜璃斗にツッコミを入れ、直政から会話の努力をした。

「いきなり旅行とか言ってよく参加する気になったな」

 なお、発案者の心優は外に出て電話中だ。
 きっとここからの交通手段等を命じているのだろう。

「緋が旅好きだし、瀞もあの調子だしな」
「えへへ~」

 話すには不適な姿勢だったため、一哉は緋の首根っこを掴んで疑似絞め落とし体勢を止めさせる。そして、一哉の隣に降ろされた緋は笑顔で再び彼に抱き着いた。

「ホント先輩には弱いんだな」
「・・・・勝てるものなら勝ちたいんだがな・・・・」

 遠い目をする一哉。

「・・・・・・・・・・・・まあ、瀞が『行く』と言った以上行くさ。ちょうど大きな仕事が終わったからな」
「私たちを戦力化し、陸綜家に加えるという仕事?」
「ああ。軍相手の"壁"とか便利過ぎるよな」

 一哉がソファーに深く背を預けながら直政を見ながら言う。

「おい、壁っつったか? 潰すぞ、こら」

 こめかみに青筋を浮かべつつすごむ直政。
 その肩で刹もファイティングポーズを取った。

『へい、そこの少年。御館様を舐めてっともう一度土石流に叩き込むぞ、こら』
「なら、あかねがまとめて燃やしちゃうね?」

 一哉に引っ付いたまま首を傾げる緋。
 かわいらしい姿だが、瞳孔が開き切った瞳で言われると恐怖だ。
 それに直政たちは冗談の範疇だったが、緋の周りにひらひらと火の粉が散るのを見ると、緋は本気らしい。

「止めろ」

 一哉がそういうと緋の周りに散っていた火の粉が掻き消えた。
 <火>の主導権を一哉が奪い取ったのだ。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「はぁ・・・・」

 割と本気で睨み合う直政と一哉。
 それを見てため息をつく亜璃斗。

「さあ、準備できたよ!」

 大きな旅行鞄を両手で持ち、麦わら帽子をかぶった瀞がリビングに現れる。
 楽し気に艶やかな黒髪とワンピースの裾が揺れていた。

「? ・・・・どうしたの?」

 リビングに漂う微妙な雰囲気に気が付いた瀞は旅行鞄を床に下ろす。そして、ソファーに歩み寄って一哉に言う。

「また一哉が余計なこと言ったんでしょ」
「俺に対する信用のなさが辛い・・・・」
「元気出して、一哉」

 思わず項垂れた一哉の頭を撫でる緋。

「あ、あれ? 違うの?」

 その光景を見ておろおろする瀞を見遣りながら直政と亜璃斗は視線を交わす。

「「やっぱり夫婦だ(です)」」

 一応「「それも子持ち」」と言う言葉は飲み込んだ。

「連絡が終わりました。さあ、準備ができたのならば行きましょう!」

 タイミングよく心優が帰ってきて、直政や心優、亜璃斗、一哉、瀞がマンションを出る。そして、「姫様が友達と旅行・・・・くぅ」と嬉し涙を流す家の者に連行されて死んだ目をする鹿頭朝霞と合流した。






「「―――おー・・・・」」

 瀞と緋がぽかんと口を開けていた。
 一行が向かったのは大阪の海の玄関口で、国内最大のフェリーターミナルを擁する大阪港だ。
 そのフェリーターミナルに6人は降り立っていた。
 因みに定期運航されるフェリーに乗るためではない。

「お嬢様だと思っていたけど、まさかプライベート客船を持っているとは思わなかったかしら」

 頭痛がするのかこめかみに人差し指を押し付けながら絞り出すように朝霞が言った。

「豪華客船?」
「豪華・・・・は、豪華だけど・・・・これって軍艦じゃね?」

 心優の規格外お嬢様っぷりに慣れている亜璃斗と直政も唖然としている。
 それは客船を保有していたことではなく、そのフォルムにだ。

「ねえねえ、一哉! なんかすごいよ!」
「ああ、そうだな」

 緋が一哉の右手をぐいぐいと引っ張り、反対の手で指差す灰色の艨艟。
 船前部に集中配置された"砲塔"や板張りの甲板がまぶしい。
 さらに船後方には航空機離発着可能なエリアが存在する。
 まるで旧日本海軍の重巡洋艦のようだ。

「えへへ、どうですか!? この利根型豪華客船!」
「利根型って言っちゃったよ、この人」
「前に二式大艇とかいうのも作ってたわよね」

 直政と朝霞が呆れて肩をすくめた。

「心優はとある一定の分野には詳しいんだよ。太平洋戦争とか、蛇とか」
「知っていたけど、変人かしらね」

 やや離れた位置で堂々と心優の特殊性を話すふたりに気付かず、心優は一哉に熱弁を振るっている。

「かなり本物に近づけたと思うんですけど、さすがに装甲を追加することはできませんでしたね」

 確かに装甲はなく、細部も現代風になっていた。

「これって軍艦? 緋が沈めた船となんか違うよ! 沈めていい!?」
「お前が沈めたのは護衛艦で、あれは昔の軍艦を模した船だ。戦闘力はないと思うから沈めたらダメだ」
「戦闘力があっても無闇に沈めちゃダメだよ、一哉」

 指先に炎を灯そうとする緋の手を握り、火を消す一哉。
 その背中に呆れた声をかける瀞。

「ちょい待て。今さっき護衛艦を沈めたとか言わなかったか、おい」

 さらりと言われた言葉に直政は顔を引き攣らせる。

「それは本当よ。とはいえ、海上自衛隊のではなく、SMOの対海洋妖魔護衛艦かしら」
「・・・・それって武装が限定されているだけで、戦闘力は護衛艦並みだよな?」
「そうね」

 遠い目をする朝霞。そして、乾いた笑いを浮かべて続けた。

「まあ、全盛期は火山噴火すら鎮めた娘だから・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 壮絶すぎる戦歴に直政は絶句するしかない。

『何を憂うことがありますか、御館様! あなた様には<紅庵>がおります故!』

 思わず足元のリスを見下ろした直政に、刹が胸を張って言った。

「海上で砲弾やミサイルを雨霰と撃ち込んでくる軍艦を<紅庵>で沈められると思うか?」
『は? 無理に決まってるでしょ? 何言ってんですか?』
「はっはっ。そーだよなー、そうだよ、な!」
『オオウッ!? 何故に踏み潰そうと!?』

 割と本気で踏み潰そうと力を籠めるが、刹も本気で抵抗してきた。

「しかし、マジで別格なんだな、ムカつくけど」

 直政は刹と鍔迫り合いを続けながら言葉通りムッとした表情で一哉を見る。

「私からしたら<色>持ちみんな別格なんだから。・・・・ムカつくわね、ちょっと突いていいかしら?」
「いや何でだよ!?」

 鉾に変化するイヤリングを弄りながら言われると怖い。
 おまけに目が笑っていなかった。

「さー皆さん。乗り込みますよ!」

 船に繋がった階段の手前で心優が手を振っている。
 因みに周囲の利用客――別の船の――が遠巻きに見ているが、心優は気にしていなかった。
 満面の笑顔と共に振られる手とその視線を辿った利用客の視線が未だ離れた場所に留まっていた直政たちに集中する。

「う・・・・」

 と呻いた瀞が一哉の背中に隠れた。

「諦めろ。ちょっとの辛抱だ」
「そーだけどー」

 瀞が背中に張り付いたまま一哉が歩き出す。
 掴んだままの服に引きずられるようにして瀞も歩き出すが、ひどく恥ずかしそうだ。

「瀞さん、そうしている方が目立つんじゃないかしら?」
「え? そう? うまく隠れてるつもりなんだけど」

 後に続いた朝霞の言葉に瀞がきょとんとする。

「全く隠れてません。・・・・・・・・まあ、堂々としたらそれはそれで注目を集めるかしら」
「いったい・・・・どうすれば・・・・」
「みんな氷漬けにすればいいだろ」
「一哉・・・・。さすがに被害ゼロで解凍するのは無理だよ」

 そう雑談しながら客船に向かう4人――緋は瀞のまねをして瀞の背中にくっついている――の後ろを直政と亜璃斗が続いた。

「・・・・この場の全員を氷漬けに"できない"とは言わない、だと・・・・」
「・・・・・・・・・・・・驚き」

 ここにいるのは武器を使った武闘派ばかりなので、この中で最も精霊術師らしい精霊術を使うのは瀞だろう。

(心優は例外だけど)

 武器も使えなければ攻撃系精霊術も使えない。

「・・・・・・・・・・・・いやいや、おいおい」

 階段を上り、直政たちを出迎えたのはドでかい砲塔だった。
 二〇センチ連装砲。
 その圧倒的な存在感はプラスティックで作ったレプリカではない。

「おい、心優。これ本物の金属でできてるんじゃねえか?」
「はい、そうですよ? 造船所の方が"新素材の試作品"だとか言っていました」

 「難しいことはさっぱりですが!」と心優が胸を張った。

「とにかく軽いのに空砲を撃てるくらい頑丈らしいです」
「・・・・実弾も撃てるんじゃね?」
「ダメですよ、政くん。揚弾設備はありませんので、砲弾の装填ができません」

 心優は砲塔に近づくと、脇に設けられていた小さな扉を開ける。

「ほら、砲塔下に続く空間がないでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・つまり、そこから人力で弾込めすれば砲弾くらい撃てるんじゃ?」
「・・・・それはできそうですね!」

 「盲点でした!」と瞳を輝かせる心優に嫌な予感を感じた直政は、その背を押して砲塔から遠ざけた。

(じゃないと「試射しましょう!」とか言い出すに違いない)

 そのまま艦前方から艦橋の脇を通って艦後方に抜ける。
 その間に船は港を離れ始めた。
 推進機が複数あるのか、見た目の割に離岸がスムーズだ。

「ヘリコプターは普通なのね」
「駐機の仕方が独特だけどな」

 朝霞の言葉に一哉が応じた。
 その声に釣られて見遣れば、ヘリコプターが甲板上ではなく、何かの装置の上に置かれている。

「太平洋戦争の頃、戦艦や巡洋艦の水上機はこうしたカタパルトで発進していたので、それを再現しました」
「へぇ、細かいところまでこだわるんだね~」

 瀞が感心して頷いているが、直政と亜璃斗は顔をやや蒼褪めさせた。

「おい、まさかホントに射出しないよ、な?」
「さすがに安定して飛ぶとは思えないから・・・・」

 安心しようと言葉を重ねるが、胸に宿った不安は取り除けない。

「で、心優。瀬戸内海の島に行くって言ってたけど、具体的にはどこなんだ?」

 一言で瀬戸内海と言われても広い。そして、島の数は3,000とも言われる。
 多くの都道府県と接し、漁業の他に観光業も盛んな地域だ。
 遊ぶところはいっぱいある。

「有名な島には行きませんよ」
「有名な島の大きな港じゃないとこのサイズの船、泊められないんじゃないかしら?」

 心優の返答に朝霞が首を傾げなら疑問を述べた。

「ええ、ですから、この船は沖合待機。島へはこのヘリコプターを使います」
「「「これを・・・・」」」

 直政、亜璃斗、朝霞の不安そうな視線を一身に受けるヘリコプター。
 機種自体は一般的なもので、降着装置はスキッドにフロートが付いている。
 このことから、このヘリコプターは水上に着水できることが分かる。
 だからヘリポートのない小さな島でも使用可能だ。

「問題はどうやってこれが空を飛ぶのかということ、かしら」
「「やっぱり射出か」」
「兄妹で同じこと言わないで」

 真顔で言った直政と亜璃斗に朝霞が頬を引き攣らせた。
 心優との付き合いが長い分、ふたりの意見が一致するのは怖い。

「ま、到着したら分かるだろ」

 特に気にしない一哉がぽむぽむと朝霞の頭を叩きながら言った。

「大丈夫、いざとなれば俺は瀞に頼んで海の上を歩いていくから」
「もしもの場合、気絶させてでもヘリに乗せるわ」

 朝霞が頭の上に載っていた一哉の手首を左手で掴んで頭から引きはがす。そして、そのまま握力を強め、同時に右手でイヤリングを弄りながら言った。

「鉾でどつきながら人を乗り物に乗せると、また職業を間違われるぞ」
「誰がヤクザか!」

 右拳が一哉の顔に迫るが、彼は手首を掴まれたまま器用に回避する。

「クッ、ムカつく・・・・ッ」
「見て見て、しーちゃん。楽しそうだよ!」
「そーだねー」

 どこか棒読みで同意する瀞。

「一哉、朝霞ちゃん、暴れちゃダメだよ」

 そして、瞳が笑わないまま口元だけで笑みを浮かべて言った。

「「・・・・ッ」」

 ビクッと肩を震わせた一哉と朝霞が離れる。

「相変わらず先輩には弱いんですね。―――って、政くんも!?」

 天敵である朝霞が怯える姿に満足そうに頷いた心優は、自分の幼馴染も怯えたように後退っていたことに気付いた。

「いやだってな・・・・」

 学園の先輩であるよりもバイトの先輩として接する機会が多く、"笑顔の恐怖"は身に染みている。
 これまで何度セクハラ客を撃退したことか。
 ただその笑顔がなければ店長が店の奥から持ってくる痴漢撃退用グッズによってけが人が発生していたことだろう。
 因みに最も撃退されたのは店長だというのは公然の秘密だ。

「むぅ・・・・。確かに笑顔で全てをコントロールすることには憧れます」
「心優は意外とその気がある。特に家の人とかに」

 亜璃斗の言葉に心優から見えないところにいた乗組員たちが何度も頷いた。
 因みに見える位置にいた者たちは表情を固めて一切の反応を示さない。
 その辺りに心優への評価が表れていた。

「滲み出るカリスマですね!」
「いやそれは違う」
「さっきもですね―――」

 亜璃斗のツッコミを無視し、心優は思い当たる事例があったのか、嬉しそうに頷いた。

「島の旅館に電話して90人分の夕食予約を取ったんですけど、笑顔でごり押ししました。これってわたしの笑顔に魅力があるってことですね!」
「あんた、馬鹿でしょ。電話で笑顔が見えるわけないかしら」
「そして、それはただの迷惑だ!」
「下請けイジメ?」

 朝霞、直政、亜璃斗から総スカンを喰らう。
 それでも心優はぶれなかった。

「即金で払うと言いましたので」

 いつの間にか足元に置かれていたアタッシュケースを示す。
 ドラマとかで見る銀色のアレだ。

「札束でペシペシしたんだねっ」
「やってみたいなぁ」
「やらないでね」

 目を輝かせる緋に同意した一哉に瀞が半眼で言う。

「じゃあ―――」
「ダメ」
「・・・・まだ何も言っていない」
「どうせくだらないことだから言わなくていいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉が沈黙し、船舷のてすりに肘をついた姿勢で海を見出した。

「黄昏れてるし」

 朝霞がポツリと呟いて肩をすくめる。

「さあ、大阪港に別れの空砲発射です!」
「ぅお!? 動いたぞ、この砲塔!?」
「この馬鹿、止めなさい! 海保が来るわよ!」

 朝霞の言う通り、近くを航行していた海上保安庁の巡視艇が舳先を変えて向かってきた。

「って、砲門向けんじゃねえよ!」

 巨大な砲門を向けられた巡視艇が慌てて射線から逃れる。だが、小刻みに針路を変えながら迫ってくる。

『素晴らしいプロ精神ですね』
「そーだなー。そのプロ精神が発揮されると俺ら逮捕されるのかな?」

 直政は他人事のように亜璃斗に言った。

「大丈夫。たぶん、接舷前に焼き払われる」

 亜璃斗の視線が船舷で待機する一哉に向く。

「いや、無理じゃないかしら」

 朝霞がすぐに切って捨てた。

「火の玉を投げたらすぐに消火するからねー」
「・・・・クレー射撃並みの精度が必要だけどなー」

 瀞に肩を叩かれ、手のひらで小さな炎を弄んでいた一哉が苦笑いする。

「ほのぼのとした光景なのに会話内容が殺伐としている・・・・ッ」
「いつものことかしら」

 朝霞が遠い目で巡視艇を見た。
 因みに巡視艇からは拡声器で話しかけられているが、それにこの船も拡声器で応じている。
 内容は停船を巡る押し問答だった。

「お嬢様、どうにも発砲は許されないようです」
「むぅ」

 報告を受け、心優はむくれる。

「国家権力に札束ペシペシは通じません」
「通じたらダメだろ」
「相手の方がさらに分厚い札束を持っていますからね、端金なんていらないということでしょう」
「そういうことじゃねえよ」
「仕方がないので港湾当局の許可書を叩きつけてさっさと行きましょう」
「あるならさっさと出せよ」
「短艇を下して渡している間にとんずらです!」
「逃げんなよ!?」

 打てば響くというツッコミに心優は満面の笑みを浮かべた。

「いやあ、いいですね、この見事なコンビネーション、あちらに負けていませんよ?」

 と、一哉と瀞を指差す心優。

「勝ちたくねえよ、こんなんで!?」

 不名誉とでも言いたげに顔を顰め、直政は心優の頭に手刀を――優しく――叩き込む。

「きゃー♪」

 それに悲鳴を上げる心優は心の底から楽しそうに笑っていた。









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