第九章「赤鬼、そして鎮魂歌」/4
「―――唯宮心優です。本日はわたしのたんじょう日に来ていただき、ありがとうございます」 5歳の誕生日。 唯宮邸では心優の誕生日会が開かれていた。 といっても、心優の友人はいない。 基本的には義父や義兄の友人たちだった。 「あれは・・・・」 それでも同年代は何人かいた。 父の友人の子供たちである。 そこに――― (なんであの子がいるんでしょう?) 父に従い、政財界のパーティーに出るうちに、口調は丁寧語になった心優は、がちがちに緊張した隣の家の子供を見て首を傾げた。 その隣には彼と同じ年くらいの少女までいる。 (お父様の友人って個人的な付き合いのものも含まれますの?) 隣家――穂村家の家長と父は懇意であり、時々屋敷でお酒を飲んでいるのは知っていた。だが、娘の公的な誕生日会に呼ぶほどだとは思わなかった。 「ほら、行ってこい」 心優が直政を見ていることに気が付いた父は、心優が向こうに行きたがっていると勘違いしたようだ。 優しい手つきで背中を押してきた。 (違いますけど・・・・) 父について笑顔を振りまくにも飽きている。 ここは父の勘違いに乗ろう。 「ガチガチですね」 祖父が傍にいない直政と少女は場の空気に圧倒されていた。 「お、おう・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 直政はひきつった笑顔でこちらに応じ、もうひとりの方は体をふたりの間に入れる。 それでも直政の視界を塞ぐことはなかった。 (まるで守っているみたいです) 「何か用?」 少女が警戒した声音で声をかけてくる。 (・・・・ああ) その目つきで分かった。 この少女も最近大切な誰かを失ったのだ。 だから、まだ生きている大切な者を守ろうと必死なのだろう。 「兄さんは渡さない」 「・・・・別にいりませんけど」 ―――これが穂村亜璃斗の出会いだった。 対眷属戦scene 「―――ハッ」 亜璃斗が持つトンファーが霊体の鼻頭を叩いた。 大したダメージではないが、霊体は鼻を押さえて悲鳴を上げる。 「せい、ヤッ」 怯んだ隙に畳みかけ、数度の打撃で霊体を葬った。 「変わった技術ね?」 「ふん。力技のあなたとは違うの」 偶然背中合わせになった朝霞に皮肉を返す。 「私のも結構技術がいるんだけ、どっ」 朝霞が放った炎が霊体に命中し、霊体は悲鳴を上げて避難した。 「気になっていたのだけど、そのトンファーって宝具?」 「ただの木」 「・・・・紫色に光って見えるけど?」 戦場を照らす光は街灯だ。 最近LEDに取り換えられ、強い光を灯している。 トンファー自体が光らない限り、それが紫色に見えることはなかった。 「これは杉石を表面に貼り付けてる」 「すぎいし?」 杉石とはリチウムを含む鉱物で、日本が原産の鉱物である。 桃、紫、鶯色を呈し、宝石としては桃、紫色が用いられる。 その宝石言葉には「浄化・霊的能力」とあった。 「つまり、石が持つ意味を発現しているってこと?」 朝霞がこちらを振り返り、驚いた顔を見せる。 (地術師は物理能力だけって思われているから) 実際には地中から目当ての鉱物を集めることや、合成によって任意の鉱物を作り出すことができる。 (もっとも合成にも知識と経験、技術が必要だけど) 先鋒として前に出ることが多い穂村家は臨機応変の戦い方が求められた。 他の家は自前の防御力に攻撃力を上乗せした者が多いが、穂村家だけは防御を念頭に置いていたのである。 相手の攻撃に合わせた戦い方をするには、技術が必要だ。 そこで編み出されたのが鉱物合成と石言葉の利用である。 「石次第でいろんなことができるから、特別な武器はいらないの」 轟音と共に鬼を殴ったトンファーがへし折れた。 たたらを踏む鬼にそれを叩きつけ、ポケットから別の石を取り出す。 「替えもいっぱいあるしね!」 瞬く間にトンファーが現出し、紫色の破片をまとったそれが鬼の顔面を砕いた。 「でも、この状況はマズい」 「戦略的にはいいかもしれないけどね」 この場で戦っているのは御門宗家の全てと鹿頭家の精鋭だ。 しかし、集まっている霊体は倒しにくく、鬼も強い。 それが自分たちの数倍いるのだ。 すでに数名が負傷しており、亜璃斗自身も腕に傷を負っていた。 「戦場を変える?」 「校舎内とかはまずいと思うわ」 朝霞の意見では、壁を通り抜けてくるかもしれない、というのだ。 そうなれば障害ができるのは自分たちだけだ。 「・・・・結局、戦場を変える意味はないわけ?」 「そうね。とりあえず、ここに引きつけているから、他の拠点は崩されていないようだし」 朝霞は戦いながら報告を受けていたようだ。 鹿頭家はここにいるものだけではない。 他の拠点に分散配置されていた。 (戦闘指揮官と言うより、司令官) 亜璃斗も戦闘指揮には自信があるが、戦場の全体を把握して目の届かないところにも命令を届かせる自信はない。 (でも、今は同等!) 鉱物の石言葉を利用するのは亜璃斗しかできない。 だから、他の分家は思い思いに戦っている。だが、相手にするのはほとんどが鬼である。 霊体はそれに対応できる鹿頭家に任せている。 それがうまく働いていた。 朝霞もそうだが、炎術でも霊体にダメージを通すには集中力を必要とする。 そこを鬼に襲われては苦戦必至だった。 御門がそれを引き受ければ、群れる霊体など怖くはない。 (適材適所) 亜璃斗だけは霊体と鬼の双方を相手にする。 相手を倒す戦い方ではない。 苦戦する味方を援護する戦い方なので、正直数は倒せていなかった。 「兄さんの戦いは邪魔させない!」 無理に倒しにかかり、敵が直政のところへ向かっては大変だ。 御門の戦いは全て直政のためにある。 敵を倒せずとも、直政が本懐を遂げられれば勝利なのだ。 「さっきから鬼の数が増えているわね」 旋回させた鉾で数名の鬼を弾き飛ばした朝霞が、額の汗を拭いながら言った。 「・・・・鬼の復活が近いってこと?」 「かもね」 それは同時に心優が能力を発動するまでの時間が近いということだ。 「兄さん・・・・」 亜璃斗がそう呟いた時、膨大な妖気の波が駆け抜けた。 「「―――っ!?」」 亜璃斗と朝霞が肩を震わせ、鬼と霊体が歓声を上げる。 「まさか・・・・」 そのまさか。 千数百年の長きに渡って封印されていた鬼。 その復活の時が来たのである。 「心優・・・・」 幼馴染を想い、しかしどうすることもできない亜璃斗は、八つ当たりとばかりに歓声を上げる霊体向けて杉石の礫を発射した。 御門直政side 『―――そこだ! いけぇっ』 「らぁっ」 刹の声に後押しされるように、直政の槍が一哉の隙を突いた。しかし、一哉の刀が柄を叩き、槍の軌道を逸らさせる。 「―――っ!?」 刀を振った勢いで回転しながら槍の間合い内に入った一哉は、そのままの勢いで後ろ回し蹴りを直政に放った。 膨大な"気"が込められた一撃が胸甲と激突し、轟音が鳴り響く。 突撃の勢いすらも攻撃力に転換されたが、たたらを踏むだけで耐えた。そして、一哉の足元から石の槍を突き上げる。 一哉はその一部を刀で砕き、大半を後ろ飛びで避けて見せた。 (やっぱ接近戦しながら術使うのは難しいな・・・・) どうしてもタイムラグができてしまう。 その隙に、逃げられてしまうのだ。 (でも・・・・ッ) 追撃の石礫を放ちながら思う。 (こいつ・・・・確かに強くない!) どんな攻撃もいなし、カウンターをかけてくる朝霞や亜璃斗。 素早い動きと一撃必殺の能力を持つ央葉。 共に戦ったことのある同年代の能力者と比べても、やや見劣りする。 確かに術は強力だ。 しかし、圧倒的と言うほどでもない。 『御館様が槍術と地術を一緒に使えていたらすでに倒せている相手ですね』 (うるせぇ) もちろん、相性もあるだろう。 一哉は剣術というよりも体術を使ってくる。 刀で槍をいなし、強力な打撃を見舞うのだ。 だが、打撃など直政には通用しない。 一哉の術も強力だが、中距離から放たれる術を迎撃できないほど直政も弱くない。 つまり、一哉の攻撃は強力だが、絶対防御を誇る直政の防御も強力なのだ。 (いける・・・・ッ) 一哉の攻撃は直政に通らない。しかし、直政の攻撃は一哉に通る。 『あはははは! 圧倒的にゆぅりぃーッ!』 「血走った眼で哄笑してんじゃねえよ!」 急に頭の上で高笑いし出した刹を放り投げ、直政は一歩前に出た。 「さあ、そっちから来いよ」 「行く理由がないな」 『臆病者め! それでも二つ名持ちか!?』 "東洋の慧眼"。 それが熾条一哉の異名である。 「あいにく、それは個人戦闘で得た名前じゃなくてな」 「―――っ!?」 両側――視界の端から火球が飛んできた。 咄嗟に後ろ飛びした直政の眼前でそれらは衝突し、爆発を巻き起こす。 「くっ」 その爆発力は指向性を持っており、直政を後方へ弾き飛ばした。 「ふむ、周辺把握を地術に頼りきりではない、か」 一哉がくすぶっていた炎を腕の一振りで鎮火する。 「なかなか朝霞は教えるのがうまいんだな」 火球は地上を這わずに宙を飛んできた。 それを視界外で知覚して回避できたことに、直政が驚いていた。 【修練の賜物だな】 「そりゃどうも」 守護神の褒め言葉に返事を返しつつ、一哉の戦い方に舌を巻く。 一哉は強くない。 だが、決して弱くもない。 強大な術者ならば決して採らない戦術を駆使してくる。 (つまり、こいつは術者じゃない・・・・) 精霊術師は体術に優れるが、メインは精霊術である。だがしかし、一哉はメインが体術で、術は牽制程度でしかない。 (その牽制も、普通の奴らになら威力で押し勝てるけど・・・・) 「お前、もしかして鹿頭さんよりも弱い?」 「朝霞か? ああ、直系と分家の関係がなければ確実に向こうが強いさ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 分家術者は直系術者の前で満足に能力を使えない。 <火>が直系の方に流れるからだ。 それがなければ、炎術と体術が混ぜ合わさった朝霞の前に、一哉は屈するということだろう。 「分かった」 直政は心を落ち着け、<土>に語り掛ける。そして、一哉向け、鋭い視線を飛ばした。 「だったらお前も俺には勝てない」 地面から屹立したのは十騎の騎馬武者だ。 「第一位"旗幟鎧晟"」 騎馬系(具現型)術式の最高峰。 単一鉱物で構成される、半自立型の騎馬武者だ。 水術の"蒼徽狼麗"とよく似た術式である。 『おお、これを発現するとは・・・・御館様、成長されましたね』 「守護神の意識が逆流しているかもな」 知っていた術式ではない。 だというのに発現でき、維持の難しい具現型というのに負担がない。 おそらく、守護神をまとっていることで、一時的に能力が向上しているのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 一哉は屹立する騎馬武者たちを見て、無言で顔をしかめた。 (己の不利を悟ったようだな!) 超絶技巧がないならば、数で押してしまえばいい。 この騎馬武者たちは最高級の耐火性能を秘めていた。 対炎術師用としては十分だ。 「覚悟!」 そう判断した直政は真正面から突撃した。 他の騎馬武者もあらゆる方向から一哉に突撃をかける。 牽制の石礫が炎に焼かれるのは織り込み済みだ。 それは接近するための時間稼ぎと近距離での炎術を封じるための作戦である。 (これまでのように初撃の炎術さえ回避すれば、後はたこ殴りに―――ッ!?) ―――ドゴンッ!!! 「・・・・・・・・・・・・っぁ~」 衝撃で息が止まり、ようやく横隔膜が動いた末に漏れ出たのは、声にならない呻きだった。 「・・・・何が・・・・・・・・・・・・?」 何がどうなったのか分からない。 直政は十数メートルほど弾き飛ばされており、辺りには炎がくすぶっていた。 体自身大きな傷はないが、ところどころに火傷を負っている。 【あやつからきつい一撃をもらったのだ】 「きつい一撃?」 『あいつ自分の体から全方位に炎を打ち出したんです。それはもう、ただ無造作に』 それでも強大な術者である一哉の一撃だ。 下手に小細工しなくとも、全てを吹き飛ばすことが可能なのだろう。 【儂をまとっていなければ、今頃消し炭だったろうな】 『ええ、恐ろしい出力です』 淡々と語られた内容に戦慄した。 直政は簡単に避けられると踏んでいた一哉の炎をまともに浴びたのだ。 「―――お前、アホだろ」 ゆっくりと体を起こす直政に声がかかる。 それは心底呆れ果てた、ともいうべき声音だった。 「確かに俺の炎ではその鎧をまとうお前を焼くことはできないだろう」 一哉は先程の場所に立ったまま直政を睥睨する。 「確かに俺の体術ではお前自身を砕くことはできないだろう」 周囲に散らばる10個の溶融物が放つ光に照らされながら、だ。 「だけど、俺がお前に"勝てないわけじゃない"」 「だったらお前も俺には勝てない」と直政は言った。 「勝ちとは何だ? この戦場における勝ちとは何だ?」 勝利条件。 「心優を助けることだ!」 横隔膜の震えに耐え叫んだ。 「そのために必要なのは?」 『お前をぶっ殺すことだ!』 刹が物騒なことを言ったが、間違ってはいない。 必ず立ちはだかるであろう一哉を倒すことが絶対条件である。 「―――違うだろ」 「え?」 一哉の言葉に直政は固まった。 『止まるな!』 それだというのに、刹の言葉で動き出そうとした自分の体に違和感を抱いた。 それでも<絳庵>から流れ込んでくる【力】で前に進もうとする。 「・・・・何が、違うんだ?」 その動きを押しとどめ、直政は問うた。 「お前らの勝利条件を満たすための手段が違うって言っているんだ」 一哉は鞘に納めた刀の柄を叩く。 「―――別に俺を倒すことが絶対条件じゃない」 「え?」 今度こそ、直政は停止した。 刹が何か言っているが、その内容を聞き取ることができない。 (熾条一哉を倒す必要はない?) 目的は心優の奪還。 それを阻む一哉の排除が絶対条件でなければなんなのだろうか。 「別に真正面から来ずとも・・・・地術の隠形を使って唯宮心優を奪えばよかったろうに」 「―――っ!?」 その言葉にまるで頭部を打撃されたかのようなショックを受けた。 呆然自失状態の直政に、一哉は語る。 「俺はお前の接近に気付いておらず、唯宮心優から離れてここにいた」 一哉は鬼を迎撃するために心優から離れていた。 一哉は朝霞を突破し、直政が近くに来ていることに気付いていなかった。 一哉が直政を事前に知覚することは不可能である。 「以上からお前が取るべき最善の方法は、気配を消して俺を迂回、唯宮心優を奪還することだった」 「戦闘・・・・回避・・・・・・・・・・・・」 思いもよらなかった勝利方法に直政の意識が揺れた。 「まさかそっちからあんまり攻撃が来なくて、防御ばっかりだったのは・・・・」 「俺にお前を倒す意味はない。無理に戦って"ここを通す"方が問題だからな」 「通す・・・・」 そう言えば一哉はこちらを弾き返したり、会話を持ちかけたりして、直政を倒そうとする意志は薄かったように思える。 「正直、さっきの具現型術式はヤバかった」 「え?」 「あれで抑え込まれた間に突破されていれば、俺は負けていたからな」 「なん・・・・だと・・・・」 だからあの時、わずかに動揺したのか。 『御館様! 何を動揺されているのです!』 刹が直政の肩に止まり、一哉を指さす。 『あの者を倒しても勝利条件は満たされるのです!』 「そ、そうだよな!」 刹の声に気持ちを持ち直し、<絳庵>を握り締める。 【・・・・貴様、何故このタイミングでこのような話を?】 黙っていた守護神が一哉に質問した。 【貴様を倒すよりも簡単な勝利条件を出されれば、そちらに飛びつくものだぞ?】 「ああ、それは俺の勝利条件を達成したからいいんだよ」 「は?」 肩をすくめて言われた内容が理解できない。 「時間稼ぎももう終わりってことだ」 【む、これは・・・・ッ】 守護神の呻きに、遅ればせながらも直政も気付いた。 直政たちが周囲に意識を向けると、濃密な妖気があたりに漂っていたのだ。 「鬼が・・・・復活する・・・・ッ!」 そう叫んだ直政の耳に、聞き慣れた声が届く。 『こ、これは・・・・ッ!?』 刹の動揺を孕んだ声ではなかった。 遠くにいるのに、はっきりと聞こえ、そしてこのような状態では聞きたくなかった、歌声。 「み、ゆ・・・・」 救おうとした少女。 その歌がとある宣告を持って直政に届いていた。 ―――間に合わなかった、と。 |