第九章「赤鬼、そして鎮魂歌」/2
「―――こらぁ!」 「ぅお!? 見つかった!?」 隣家――唯宮家に忍び込むようになって一か月。 今日も今日とて唯宮家の使用人に見つかった。 (この家の奴ら、すごいな) 幼い直政はよじ登った木の陰からそっと表を窺う。 そこには箒を構えた使用人の女性が辺りを見回していた。 実際には高校生くらいだが、まだ幼児である直政にはずいぶん大人に見える。 だが、箒の先を上に向け、剣みたいに構えているのはどういうことだろうか。 (まさかあれで殴る気?) 「ったく、すばしっこい」 彼女は直政を見失ったようで、箒の切っ先を下してため息をつく。 「警備体制、見直した方がいいかなぁ」 (いやいや、充分だろ) 何せ直政を見つけるのは彼女だけではないのだ。 彼女と同年代もしくはさらに下の年代でも、直政を見つけてくる。 逆にもっと大人の者たちには一度も見つかったことがなかった。 「ただ、まだまだ甘い」 直政の侵入経路は窓が基本である。堂々と正面から入ったこともあるが、すぐに叩き出された。 扉は監視しやすいが、窓はそうではない。 この屋敷にいったいいくつ窓があるというのか、全て監視することは不可能だろう。 (ふはは! この家の番犬をしつけたところから俺の勝利は決まっていたのだ!) 木の枝から開いている窓へと飛び移る。 「あ」 「べきょ!?」 別の使用人がちょうど窓を閉め、直政は見事に落下した。 御門 直政side 「―――では、門を開くぞ」 話がまとまったと判断したカンナが直政に言った。 先までの直政と守護神のやり取りは全力で無視している。 きっと今の自分に対し、誰かがツッコミを入れてくれるだろう。 そう思った直政は、小さく頷くことでカンナを促した。 『ドキドキしますね。とうやって転移するか』 「・・・・だな」 地術師として神秘性に乏しい彼らにとって、空間転移の術式は未知の領域である。 煌燎城への空間転移と同種と考えられるが、それまでだ。 「わくわく」 『ドキドキ』 戦いを前にした高揚感からか、変なテンションでカンナを見つめる直政と刹。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そんな視線を感じつつもいつもと変わらないカンナは、巫女装束の袂に両手を入れて腕組みしていた。 「『?』」 しばらく動きがない。 「ああ、あったあった」 やがて両手を袂から引き出したカンナが握っていたのは、ひとつの赤珠と不気味な顔をして招き猫だ。 (あれ? あれはどこかで・・・・って) 赤珠を見た直政は、招き猫にツッコミみを入れることを忘れてズボンのポケットに手を入れた。 そこには心優から返された黒珠が入っている。 (これの色違い・・・・?) 『その珠は?』 「これは【力】を封じる触媒だ」 管理者と言えど、全ての【力】を己の能力で管理できない。 そこで管理せずともよい木っ端な【力】や逆に強大すぎる【力】を珠玉に封じるのだという。 「といっても、分離可能なものだけだがな」 央葉の能力は能力単体が非常に強力で分離が不可能だったため、カンナの体に多大な負荷を与えたらしい。 「能力を封じるのに能力全体を封じる必要はない。鍵となる因子のみ管理すればもっと楽にコントロールできる」 倉庫を維持するのに倉庫自体を守らずとも、鍵を守るだけで事足りる、ということだ。 「と、言うことは、それは鍵?」 (鍵?) あの赤珠が転移門の鍵だというならば、この黒珠は何の鍵だというのか。 浮かんだ疑問は、亜璃斗の質問に行動で答えたカンナによって霧散させられた。 「開くぞ」 招き猫を地面に置いたカンナが、大きく振りかぶって赤珠を穂村邸の壁に思い切りそれを叩きつけたのだ。 「って、おい!?」 轟音が鳴り響き、砂塵がその壁を覆い隠す。 (音から察する威力的に・・・・家は半壊?) 崩れた壁の向こうに門が広がっているというのだろうか。 「兄さん、安心する」 亜璃斗が直政の袖を引いて注視を促した視界の中、カンナが手に持った扇子を一振りした。 発生した一陣の風が砂塵を吹き飛ばす。 『おお』 壁は吹き飛んでいなかった。しかし、壁に張り付く形で赤い鳥居が現れている。 それを投影しているのは招き猫の赤い瞳だ。 その中は赤黒い光を放ちつつも穂村邸の中とは違う景色を写していた。 (いや、向こうとつながっている) 「招き猫の九十九神でな。客を招くことに終始した結果、空間を繋げて無理矢理客を招くようになった」 「はた迷惑な招き猫だな!?」 物語に出てくるように、道に迷った先に―――とかいうものだろうか。 「これは・・・・中等部?」 カンナが用意した門を越えた先に広がる教室に、亜璃斗は首を傾げた。 黒板に金字で「統世学園中等部」と記してある。 「高等部に直接転移はしないの?」 「高等部は下手したら結界で入れないかもしれないからな」 「それは中等部も一緒だと思うけど?」 中等部を分けて結界を作るよりも統世学園丸ごと包み込んだ方が楽だ。 「中等部には私が在学中に仕込んだものがいろいろある。それらを介せば結界があっても安全に転移できる、というわけだ」 「中等部の時に何やっているの・・・・」 珍しく亜璃斗がげんなりした。 まじめだと思っていた相手が実はぶっ飛んでいた時の反応だ。 (そのままだけどな) 思えば、カンナは結城晴也と親しいのだ。 あの奇行をまともに見ていたのならば、少々の奇行とは思わないだろう。 「さっさと行け」 「はい」 直政の考えが伝わったのか、ややムッとした雰囲気で言われた。 その威圧感に従い、御門勢は素直に門をくぐって中等部に踏み入れる。 「あれ? 神代さんは来ないの?」 「私が行っても足手まといだからな」 直政の問いにカンナは向こう側で何かの操作をしながら言った。 「私は神社で吉報を待つとしよう」 ゴキャッと鈍い音と共に扉を投影していた招き猫の首が回る。そして、短い悲鳴と共に扉がかき消えた。 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」 何とも言えない沈黙が辺りに満ちる。 その空気を払拭するため、直政は声を出した。 「と、とりあえず現状把握と索敵だ」 「了解」 亜璃斗の声と共に分家数人が教室を飛び出す。 「それから誰もツッコミ入れなかったから言うけど・・・・」 亜璃斗は直政に向き直り、眉をひそめた。 「どこの時代から来た人で?」 「・・・・格好的には安土桃山?」 【我は神代から存在するぞ?】 <我は奈良末期かの> 『マジ返ししますが、現代から来ました』 鎧が震えて刹が落ち、直政に蹴られて転がった先で馬に踏まれる。 『お、おお・・・・ッ』 だが、潰れることなく、『三連撃とは厳しい』と呻きながらなんとか抜け出そうとしていた。 「防御力、機動力ともに優れてて素晴らしいのは分かるんだけど・・・・」 「ははは・・・・」 苦笑する直政の格好は、彼の言う通り安土桃山時代の武将だ。 越中頭形金箔押天衝脇立兜に朱漆塗桶側胴具足を身に着け、傍らには神代神社の神馬がいる。おまけに武器は赤い大身槍だ。 見事な騎馬武者と言えよう。 今回の戦いで突撃力が問われるということで、神馬が助力を申し出たのだ。 神馬曰く、暴走した時に動いてくれた御門宗家への恩返しらしい。 「これむちゃくちゃ軽いんですけど」 具足に包まれた腕を掲げ、首を傾げた。 「確かこの鎧は20kg近くあるはずなんだけどな、実測値だと」 【そこはほら、再現の違いと言うことじゃ】 『答えが面倒になっていますね』 いつの間にか抜け出した刹が兜の上で呟く。 「とりあえず、兄さんは神馬に乗って心優の下へ突撃。途中で邪魔する奴らは私たちが相手して、兄さんは突撃を止めない、ってわけね」 「そういうこと。中央突破、だな」 直政は軽く頷き、教室の窓から外を見た。 日の長い夏の日であっても、さすがに辺りは暗くなってきている。 実際の戦いでは闇夜の戦いとなるだろう。 『地術師に有利な時間ですな』 「だな」 地面を味方につける地術師は夜であろうが、昼であろうが足元に不安はない。だが、他の人間は足元が暗くなればその動きがややぎこちなくなる。 『といっても、元々裏稼業にどっぷりと浸かっていた奴です。油断はできませんね』 「熾条一哉の主要な戦いのほとんどは夜戦。向こうからしても得意な時間かもしれない」 隣にやってきた亜璃斗も意見を言ってきた。 「結局、出たとこ勝負なんだ」 「何か吹っ切れたね、兄さん」 あまり表情の変えることのない亜璃斗が、目元を緩ませる。 滅多にない表情と視線を受け、直政は頬をかいた。 「そっか? ・・・・まあ、この春に御門宗主だって言われていろいろ考えてたけど・・・・」 『あれで?』 頭を振って刹をふるい落す。 ついでに着地寸前で蹴り飛ばした。 「結局は、俺は俺なんだって」 これまでの戦いで直政が経験したのは一騎打ちや戦線維持といった宗主らしからぬものである。 それに悩みもしたし、憤りもした。 だが、あの上田での経験が、直政には武器を振るうしかないと思わせた。 いろいろ考えた結果、解決できないのならばせめて武力で解決できる者になろうと思った。 さらに七不思議の夜に守るだけでは限界があることも知った。 「御門宗主だろうが、御門流の戦術がどうだろうが・・・・」 直政は拳をゆっくり握り締める。 「俺は退魔師として育ったんだ。前に出て、戦って守る、そんな戦闘スタイルを」 朝霞のような後の先を狙うようなスマートな戦い方には憧れるが、直政にはできない。 「俺にできるのは持ち前の防御力を生かした、がむしゃらに前に出る戦いだ」 「・・・・元々、その援護が私の役目」 「ああ、だったら、今回の突撃は"俺たち"らしいってことだろ?」 その言葉に、ふたりは小さく笑い合った。 穂村亜璃斗side 「―――なるほどね」 物見から返ってきた分家たちの情報を、亜璃斗は考察する。 補助を買って出た女性がノートに敵の布陣図を書いていた。 「基本的に敵は3か所。うち、敵本拠までに位置するのは皆無」 「結界の要の防衛部隊みたいね」 3か所の位置関係からそう見たのだろう。 発言した分家に頷き、亜璃斗は本隊の位置を見た。 「これは基本的に対鬼眷属の布陣。時間まで結界を守り切り、心優の鎮魂歌で殲滅っていう作戦」 「各地に現出した眷属が拠点を襲うのに対し、防衛するのね?」 「そう」 「ってことは、本隊へ一直線?」 直政の問いに亜璃斗は首を振る。 「こういう場合、少数精鋭の遊撃隊が出ているはず」 「央葉かな?」 「いや、叢瀬央葉は拠点で確認してる」 分家たちは直政に敬語を使わない。 普段通りにしてくれと頼んだからだ。 「逆に確認されていないのは、鹿頭朝霞だな」 「鹿頭・・・・」 亜璃斗は眼鏡の縁をなぞる。 兄と同じく伊達眼鏡であるそれは、彼女の武器の仮の姿である。 春に一度、本気で攻撃を仕掛けた。 途中で横槍が入ったために共闘することになったが、あのまま戦っていればどうなっていたか。 出自の面での能力のポテンシャルは同じだ。 共に宗家の先鋒を務めてきた武闘派の一族。 (戦ってみたい) 亜璃斗の胸の中に作戦前の高揚感とは別のそれが盛り上がっていく。 「確認されていないからって・・・・・・・・」 「いないわきゃないわな」 鹿頭勢らしき者たちは発見していた。 ならば、その当主である朝霞がこの戦いに出陣していないわけがない。 「あいつの役目はおそらく遊撃」 「遊撃?」 亜璃斗の言葉に直政が首をひねった。 「拠点防衛とは違う、有機的に動いて問題の根幹を撃破する精鋭部隊」 この場合、朝霞が相手にするのは鬼の眷属だ。 片っ端から片づけ、拠点を襲おうとする敵を潰して回る。 ということは、朝霞と会敵する可能性は非常に高かった。 この戦場において、御門勢は不確定要素なのだから。 「・・・・前に出たら殴り倒すまでだぞ」 「当然」 やや強張った直政の言葉に、亜璃斗は大きく頷く。 この場合、作戦計画からして朝霞を相手にするのは亜璃斗だ。 「・・・・頼んだ」 「・・・・うん」 亜璃斗の返事を聞いた直政は唇を強く噛みしめ、絞り出すように下知を下した。 「行くぞっ」 直政――宗主の命を受け、御門宗家は滑るように拠点としていた教室から出陣した。 足音を<土>を介することでなくし、瞬く間に中等部と高等部を隔てていた柵を越えて侵攻する。 また、<土>が進行方向に鬼の眷属の大軍が集まっていることを伝えてきたが、これにも構わず前に出る。 一点突破。 それが今回の作戦骨子なのだから。 その前にどんなものが待ち構えていようと、それは変わらない。 (いる・・・・ッ) 狙撃されぬように植物を利用して移動していた彼らに強烈な光が叩きつけられた。 轟く爆音と閃光は炎術師の証。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 手振りで散開を命じ、亜璃斗と直政は確認するためにさらに進む。 亜璃斗は確信していた。 そこで戦う人物と、その戦況を。 「・・・・・・・・ッ」 それでも、目の当たりにした光景は衝撃的だった。 敵の指揮官クラスを苛烈な攻めで焼滅させた武勇。 己が生み出す紅蓮の炎に映し出される、赤いリボンによって結ばれたポニーテールを翻した戦舞。 (きれい・・・・) 不謹慎にもそう思う。 鹿頭朝霞と言う少女が放つ、鮮烈なまでの存在感に圧倒された。 分家はもちろん、直政や刹たちですら見入っていた。 だからか、全く反応できなかった。 戦闘後に、こちらへと打ち込まれた火球に。 会敵?scene 「―――ゴバッ!?」 直政は火球の不意打ちを受けて吹き飛んだ。 「兄さん!?」 亜璃斗の驚きの声が聞こえる中、分家たちが戦闘態勢へ移行する。 特に亜璃斗が敵意剥き出して朝霞を睨みつけた。 「いきなり何するの!?」 「不穏な気配を感じて・・・・確認?」 特に理由はなかったらしい。 「確認で殺されかけたぞ」 『全くですな。御館様通常バージョンだと死んでましたな!』 【我の防御力の賜物か・・・・ッ】 体を起こした直政を見て、朝霞は眉をひそめた。 「あの三馬鹿、何だと思う?」 「えっと・・・・」 隣にいた少年に耳打ちしているのにこちらに聞こえる。 「『【三馬鹿とは何だ!?】』」 これぞ三位一体。 シンクロツッコミに朝霞は心底嫌そうな顔をした。 「もう行っていい?」 <ほう、止めないのか?> 神馬が前に出る。 朝霞の火球は馬上にいた直政だけを撃ち抜いたので、彼は火傷もせずに無傷である。 「つーか、あんたら何しに来たのかしら? 見たところ、総戦力みたいだけど?」 朝霞の言葉に彼女の後ろに立っていた者たちが腰を落とした。 ようやく彼らも林の奥に潜む御門宗家を悟ったのだろう。 『鹿頭家当主はどうやってこっちを悟ったのでしょうね』 (勘、とかだと怖いな) 『それはもはや"雷神"級ではないですか』 (それで納得される山神先輩はとんでもねえな) "勘"は別に雷術師の特徴ではない。 脳裏で会話をしつつ、直政は神馬の首を撫でながら前に出た。 「俺たちは心優を救出に来た」 「救出? 甲冑コスプレ野郎の言葉にしては捨て置けないわね」 「甲冑コスプレってところは指摘しない方向で」 「事実だからどうしようもないでしょ」 今の格好のイタさを理解している故、指摘されると泣きそうだ。 「どちらにしろ、あんたたちはこの作戦の要である唯宮を連れ去る、と」 朝霞が鉾を肩に担ぐ。 「で、誰が鬼を止めるのかしら?」 『あ、ヤベ』 指摘を受け、刹が呟いた。 刹が書いた戦略目標には鬼の撃破は入っていない。 できるとすれば直政だろうが、そんな危険を冒させたくないが故に心優は死を覚悟しているのだ。 「知るか。それは炎術師直系が何とかするんだろ」 吐き捨てるようにして答える。 「第一、大きな戦闘の時、指揮官の立場にいるくせに、いつも自分が戦力としてカウントされていないじゃないか」 高雄研究所の戦いでは後方にいた。 煌燎城の戦いでも前線に出なかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 朝霞は苦い顔をした。 一哉の戦力が計算されていない理由を知っているのだろうか。 「ただ単に俺は犠牲を前提にした作戦ってのが気に食わないだけだ。だから、それをぶっ潰す。戦争全体の戦略なんぞ知らん。教えられてもいないからな!」 直政は神馬に乗り直し、中庭にいる朝霞を見下ろす。 「犠牲の上に立つ作戦に納得してそこに立っているだろうから、俺は是が非でも押して通るぞ!」 一度も勝ったことがない相手に、あらん限りの殺気と共に馬上から槍を突きつけた。 「・・・・どういうことかしら?」 「・・・・ッ」 直政の殺気に対して、倍返しとも言える重圧で朝霞が問う。 「な、何が?」 『・・・・腰が引けてますよ、御館様』 半眼で呆れる刹にツッコミを入れる余裕もなかった。 「犠牲ってどういうこと?」 朝霞の問いに直政は息を呑む。 (・・・・あいつ、側近とも言える者に何も話してなかったのか?) 『当然でしょう。鹿頭嬢の性格を考慮すれば・・・・』 確かにそうだ。 朝霞が心優を犠牲にするような作戦に賛同するはずがない。 きっと心優が凛藤宗家宗主で、対霊作戦に対して絶大な【力】を持つことしか知らされていなかったのだろう。 だから、直政が御門宗家の総戦力を連れてきても、何しに来たのかと問うたのだ。 作戦達成のためには重要なことは分かる。 だが、これまでの信頼関係を無にするようなことをしてまで達成するような作戦なのだろうか。 (あいつにとって、鹿頭家も駒ってことかよ!) 「犠牲は犠牲」 憤りで黙り込んだ直政に変わり、亜璃斗が答えた。 彼女はすでに眼鏡を外し、トンファーを構えている。 「心優は凛藤滅亡時に呪いを受けている」 朝霞は黙って亜璃斗の言葉に耳を傾けた。 「呪い自体は神代の管理の【力】で進行を阻んでいるけど、大きな術式を使った場合、その管理状態から外れる」 「つまり・・・・」 「つまり、呪いが進行、心優は命を落とす」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 亜璃斗の言葉に朝霞が動きを止める。そして、鹿頭の者たちは判断を仰ぐように朝霞を見遣った。 「・・・・なるほどね」 吐息と共に呟いた朝霞は一歩、横にずれた。 「行きなさい。急いでいるんでしょ?」 「え、いいの?」 あっさり道を譲った朝霞に疑問する。 「当然。後味悪い作戦に参加するわけがない。・・・・まあ、本来私の役割は遊撃隊として鬼の眷属を駆逐すること」 「あんたを通しても文句は言われないわ」と言う朝霞に従い、鹿頭の者たちも脇に退けた。 「行け」 「ありがとう!」 直政は神馬を走らせ、鹿頭勢を抜けていく。 その疾走はここでの問答で消費した時間を取り戻すように速かった。 「ま、待って、兄さん!」 一瞬で置いていかれた亜璃斗たちが駆け出す。そして、直政に続いて鹿頭勢を抜けようとしたところ――― ―――ドンッ!!!!! 「「「―――っ!?」」」 殺気を感じて飛び退いた御門勢の前に炎の柱が屹立した。 「・・・・何するの?」 「あんたたちはダメ」 御門と同じく驚いていた家人に視線を飛ばし、朝霞が臨戦態勢を取らせる。 「なんで?」 「死にたいの?」 亜璃斗の言葉に呆れた声音で朝霞が返した。 「向こうで待っているのは熾条宗家当代直系・"東洋の慧眼"熾条一哉よ?」 そんなことは分かっている。 「だから兄さんだけじゃ勝てないかもしれないから援護に―――」 「勝った時、何人生き残っているかしらね?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 亜璃斗以下御門勢が黙り込んだ。 「確かにあいつはそんなに強くないって言われているわ」 「でもね」と朝霞は続ける。 「比較対象が"風神雷神"とかよ?」 退魔界を代表する化け物だ。 「スポーツのプロチームで最弱だからって・・・・中学生レベルのチームが勝てるの?」 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」 亜璃斗たちは黙り込む。 それだけ直系というのは隔絶しているのだ。 「あんたたちが戦場に出れば穂村は絶対に気にするわ」 「それは・・・・」 否定できない。 「元々あいつの戦い方はチーム戦に向いていない」 「う・・・・っ」 「あいつの最適戦闘スタイルは単騎駆けだと思うんだけど。・・・・まあ、そのシチュエーションを作るのがあんたたちの役割じゃない?」 (負けた・・・・) 亜璃斗は敗北感に打ちひしがれた。 同じ分家筋の当主だが、ふたりの間には経験と言う大きな壁がある。 1年間近い年月を退魔界の主流で過ごした朝霞は、亜璃斗が思っていたよりもずいぶん大きな人物だったようだ。 直政が覚悟を決め、御門に求めたことをいとも簡単に口にした。 「・・・・でも」 だが、納得がいかない。 確かに亜璃斗たちは直政を心優の元へと送り届けることだ。 熾条一哉の前に出すことではない。 「だいたい考えていること分かるけど・・・・」 朝霞が鉾の石突を地面に立ててため息をつく。 「あの穂村があいつと戦っているあんたたちを置いて唯宮のところに行くと思う?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 思わない。 結局、宗主の役に立ちたいという見栄だったと思い知らされた亜璃斗は俯いた。 「世話のかかる娘ね」 「あの、姫。同じ年では?」 「黙れ」 問うてきた少年を一蹴する。 「・・・・ぅう、なんか僕に対して扱いひどくないです?」 「年下だから仕方がない」 少年は同輩に慰められた。 力関係がよく分かる構図である。そして、朝霞が完全に鹿頭家を掌握している証拠でもあった。 「別に共に戦うことが宗主を立てる方法じゃないでしょ?」 「他にもあるの?」 「ええ、例えばここで向こうに向かおうとする眷属を足止めするとか。あいつと戦うのに横槍入れさせないためにね」 鬼の眷属。 地術師に霊体と戦えと言うのか。 「僕たちも楽できますね!」「シッ、黙ってろ」「す、すみません!」という会話が聞こえてきたが、無視だ。 「―――へエ、戦力が増えたノ。それは好都合」 突然、空から声がした。 みんなして見上げてみれば、そこには二対の翅を持った少女がいた。 「"迷彩の戦闘機"・叢瀬央芒・・・・ッ」 「あら、知ってるノ? まあ、あなたのお兄さんを亜音速で投下したから覚えられたのカナ?」 初耳だ。 そして、改めて直政の防御力に驚く。 「何しに来たの? 叢瀬の方、眷属が湧いているんじゃなかったかしら?」 「それで応援要請したのに来ないから、ちょっと対策をね」 ざわりと空気が変わった。 「これは妖気・・・・。―――あんた何したの?」 「するのはこれから。―――よいっしょ!」 左腕の空間から取り出した石柱を投下。 それは地響きを伴って地面に突き刺さる。 「それ、各拠点に立つ要と同じ波長を出す石柱。でも、他より【力】が強いけど、結界には影響を与えなイ」 「・・・・つまり?」 朝霞は頬を引きつらせた。 「霊体ホイホイ?」 「やっぱりかぁ!」 朝霞が叫びと共に妖気の方へ炎を打ち込む。 それを合図にワラワラと霊体が湧いた。 「数にして約四〇〇。ま、音に聞こえた両宗家最強の武闘派分家には軽い仕事ネ」 「だったら手伝え!」 「嫌ヨ。私はこれから仕事を放り出してどこかに走り去った弟分を探しに行くノ」 そう言い、央芒は反転して飛び去る。 「あいつまで職務放棄・・・・私もしていいかしら?」 「職務を放棄するためにもあれを撃破しなければいけませんよ、姫」 「・・・・面倒ね。・・・・御門に全部任せる方向で行こうかしら」 「無茶言うな。・・・・来る」 亜璃斗たちは覚悟を決め、臨戦態勢へ移行する。 「これらを凌ぎ、兄さんの負担を減らす!」 「「「おう!」」」 ここに本戦役で最も大規模となる戦いが勃発した。 |