第七章「七不思議、そして七不思議」/6


 

 蛇。
 それは神の使いとされ、世界中の神話に登場する動物だ。
 様々な例えが存在するこの動物は、様々な一面を持っている。
 故に、彼らは無限の可能性を示していた。




「―――はぁ・・・・はぁ・・・・」

 少女は荒い息をつきながら、激しい鼓動を繰り返す胸を抑えていた。
 ここは用具入れのような倉庫で、外界から遮断されている。しかし、時折、轟音が聞こえ、外はまだまだ危険だということは分かる。
 だからか、共にいる少女たちは外を気にしていて、彼女の変化に気付いていない。

「うっ」

 ズキリと右目が痛む。
 と思ったら、まるで労るように右目が和らいだ。
 まるで"異なるふたつの存在が右目にいる"かのように。

(え・・・・エリちゃん・・・・)

 自由のために。
 この戦いの向こうに存在するであろう自由を手に入れるために。
 少女は、この陣営で最も経験豊富な戦士を足止めする。

(戦えない私ができる、精一杯の援護・・・・)

 彼女が知る限り、最も強い友人への援護。
 そのために、彼女は激痛に耐える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そんな彼女を見遣る視線があった。
 彼女は気付いていないだろうが、彼女の左手は、その視線の主の右手を力強く握り締めているのだ。
 だが、それでも視線の主は声ひとつ上げず、視線をもうひとりの少女に向ける。そして、まるで彼女をかばうかのように、少しだけ体を移動させた。
 それに気付かず、外を気にしていた少女は、ひとつの決意をする。
 少女の知覚は、外で戦うもうひとりの少女を認識していた。






白い大蛇と無数の蛇scene

「―――くっ。・・・・なるほどね」

 何度目かの接近戦から距離を取った朝霞は、追撃してきた蛇を焼き払って呟いた。

「蛇の特殊性、か・・・・」

 水神としての蛇。
 豊穣の神としての蛇。
 再生の象徴。

「こいつらはさしずめ、豊穣の神としての能力、かしら?」

 無数に沸き上がる蛇。
 それはこの妖魔が生み出しているのだろう。

「で、それがッ」

 ボコッと蛇の喉が膨れ上がり、大きく口が開かれる。
 対する朝霞も、鉾から離した右掌を前に突き出した。
 口から発射された毒液混じりの水弾と黒革のグローブから放射された炎弾が中間で激突、相殺される。

「水神ってわけね」

 おまけとして、毒蛇としての毒もあるようだ。

「で、最後があれか・・・・」

 毒の水蒸気となった煙幕を焼き払った先に現れた妖魔は、先程刻みつけた複数の傷跡が消えていた。

「再生の象徴・・・・。『死と再生』とかいうから、もしかしたら殺しても復活するのかしら?」

 十数分の戦いを経てもなお、傷ひとつ付けられない事態に、朝霞は余裕の態度を崩していない。
 確かに体力は削られる。
 少しの油断から加速的に戦況が悪化する可能性もあった。

「でも・・・・すぐにどうなるわけではないわね」

 朝霞が経験した大戦の多くは、少しの油断が即死となるものだ。
 指揮官として、ひとりの戦士として、あまりに過酷な戦場に臨み、生き残ってきた朝霞にとって、今回の戦いは死闘ではない。

「斃しきれないだけ」

 サッカーで言えば、ボール支配率で優位を占め、常に敵陣に押し込んでいる状態か。

(ここで焦ったら負け、ってのは分かっているのよ)

 朝霞には、無限の回復力や防御力を持った敵との戦闘経験がある。
 第二次鴫島事変では八十禍津日と、高雄研究所ではマンティコアと、煌燎城攻防戦では装甲兵と。
 仕留められたのは、マンティコアだけだが、どの戦線においても戦線崩壊は招かなかった。

(でも、それは守りの戦)

 守りの戦でよかったのは、煌燎城攻防戦のみだ。
 それ以外は電撃作戦であり、攻めの戦だ。
 朝霞のこれまでの戦いは、"他の者に迷惑がかからなかっただけ"であり、戦役全体の趨勢には何ら寄与していない。

(今回は・・・・戦線維持だけじゃ、ダメみたいね)

 これだけ派手にやりあっているのに、誰も来ない。
 それは他の者にも何らかのことがあったということ。
 今回の戦いは、最初から守るべきものが複数あるという複雑さだ。
 おまけに敵は正体不明であり、こちらの戦力も、能力・経験からして自分がトップだろう。

「今回は脇役じゃない」

 鬼族との戦い以来の主戦力。

「ちょっと張り切ろうかし、らッ」

 ぐっと妖魔に力が入る。そして、次の瞬間、尾が横薙ぎに振るわれていた。
 その尾が朝霞のいた場所を薙いだ時、朝霞はそこにはいない。

「ほっ」

 前面に大きな火球を出し、妖魔の視界を塞いだ。
 その間に術者の身体能力を使って、大きく距離を詰める。
 直系術者でない以上、朝霞は火力に劣る。
 しかし、それを補ってあまりある力強い相棒がある。

「はっ」

 小銃の弾丸を弾くであろう鱗。
 その合わせ目を狙って陽炎のような炎に包まれた穂先を突き込む。
 鋒は狙い違わずに妖魔を傷つけた。
 だが、鋒が完全に体内に埋め込まれる前に引き抜く。

「再生に巻き込まれたら抜けないからね!」

 妖魔は巨体故に懐まで潜り込まれては身動きが取れない。

(でも、自分の防御力に絶対の自信あり、って感じね!)

 少しだけ、直政に似ている。
 御門直政は、朝霞が知る中でも非常識な防御力を持っていた。
 朝霞の攻撃が当たらない人間は、多くいる。
 だが、直政は完璧に攻撃が当たったとしても、ケロッとしているのだ。
 最初から異次元にいるような感覚。
 閾値を超えた防御力は、徒労感を与える。
 徒労感はそれだけで戦争を終える口実になる。

「その傲慢、燃やし尽くしてやる!」

 傷つける傍から回復していく。
 それでも、朝霞は体に鞭打ち、妖魔の体の、至る所に鉾を突き立てる。
 妖魔もされるままではない。
 自分自身で朝霞を退かせられないのであれば、無数の眷属を生み出すだけだ。

「・・・・ッ」

 鉾を振るう手に黒蛇の牙がかすった。
 幸い、毒蛇ではなかったようだが、その衝撃は体のバランスを崩す。

「舐め、るな!」

 鉾の石突で地面を突くことで逆方向に体を動かした。そして、倒れ込んだところを襲おうと飛びかかっていた十数の蛇に炎を叩きつける。
 悲鳴を上げる蛇に目もくれず、後退しようとした妖魔を追う。
 端から見れば、紅蓮の炎と夜の闇よりも黒い鉾の演舞に見えるだろう。
 それが妖魔を中心に吹き荒れていた。
 観客は期待するはずだ。
 炎が、妖魔を柱にして天へと駆け上る瞬間を。

(あと、少し・・・・ッ)

 今までの戦いから分かる通り、朝霞は鉾捌きを中心とした高速戦闘術を得意とする。
 強大な一撃を持たぬ朝霞とすれば、手数を増やすしかない。
 だが、それ故に手に入れた、ひとつの必殺技。

「あと、ひと―――っ!?」

 背後から迫った蛇を旋回した鉾で払う。
 しかし、その動作によって、回避行動が致命的に遅れた。
 うっとうしくなった妖魔が、超近距離で体を旋回させたのだ。
 強烈な尾による一撃が間近まで迫る。

「・・・・お?」

 衝撃に耐えようと身構えた時、妖魔が吹き飛んだ。
 重さ十数トンはあるであろう巨体が軽々と宙を舞い、校舎の一角を破壊する。

「えーっと・・・・」

 どれだけの力を横から与えれば、こんなことができるのだろうか。

(って、違うか・・・・)

 朝霞は足元を見て、考えを改めた。
 地面に設置する重量物を真横から力を加えても、思うように動かない。
 それは重量物と地面の接地面において、摩擦力が働いているからだ(もちろん、重量物の質量も影響しているが)。
 それでも、簡単に重量物を吹き飛ばす方法がある。

(それは、地面を動かすこと)

 土台が揺るげば、それだけで重量物は動き出す。
 そこに衝撃が加わえれば、吹き飛ばすことも可能だ。

「地術師ならでは、かし、らッ」

 校舎の瓦礫に埋まった妖魔を攻撃。
 瞬間、瓦礫を吹き飛ばして妖魔が起き上がった。

「とっとと」

 礫と化した瓦礫を回避しながら、朝霞は大きく距離を取る。

「ふぅ・・・・ま、こうなるわよね」

 額の汗を拭いながら一息ついた。
 朝霞は小さな傷をいくつか負ったが、妖魔は回復して無傷。
 妖魔はガラガラヘビの習性か、一部脱皮した尾を振って、こちらを威嚇している。
 先程の猛攻前と違うのは、朝霞の怪我と消耗具合だけだった。

(見た目上はね)

 どこかにいる亜璃斗もそう思ったのか、地面から石の槍が突き出ている。

「でも、もう終わりよ」

 鉾を一振りして、陽炎のように淡かった炎が紅蓮に染まった。

「私は直系じゃないから、何気なく大技を放つことはできないわ」

 朝霞の揺るがない自信に、何かを思ったのか、妖魔は動きを止める。

「でも、準備すればできるのよ」

 鉾を構え、重心を落とした。
 嫌な予感の結果、攻撃することにしたのか、妖魔は巨体を脈動させた。

「遅いッ」

 距離を取ったまま、朝霞は鉾を突き出す。
 穂に灯った炎は、線状に変化し、レーザー光線のように放射された。
 それらは数十に枝分かれし、妖魔を貫く。
 そう、"貫いた"。
 これまで、朝霞の炎をことごとく跳ね返してきた鱗を。

「再生、ね」

 技を完成させた朝霞は、穂先を下ろす。

「そんなもの、炎術師には無意味よ」

 炎が貫通した部位が赤熱し、その熱さに耐えかねた妖魔が暴れ出した。

「再生する因子ごと、焼き尽くせばいいんだから」

 刺突と共に送り込まれた<火>が、火線によって活性化。
 妖魔を体内から食い破るように侵食していく。
 その流れは周囲の<火>と合流することによって加速する。

「さあて、どこの援軍に行けばいいのかしら」

 鉾を肩に置いた朝霞の前で、妖魔は断末魔を上げながら、火柱となった。






極寒の教室scene

「―――【叢瀬】最強も、この程度ですか?」

 朝霞と蛇の妖魔の戦いは、初音と央葉の戦いに影響を与えていた。
 詳しく言えば、校舎の崩壊に央葉が巻き込まれたのだ。
 この戦いは、央葉の猛攻をひたすら初音が捌き続けるという経過を辿っていた。
 央葉が初音に攻撃意志がないと判断し、戦闘離脱を図ると、初音が攻撃する。
 分かりやすい、足止めだった。
 その目的は、容易に知れた。
 というか、自分で発言していた。
 つまりは、初音の主・アイスマンこと来栖川吾郎と直政の一騎打ちを邪魔されたくないのだ。
 そう判断した央葉は、直接的な援護を諦め、間接的な援護を目指した。
 詳しく言えば、能力による長距離射撃だ。
 極寒の教室から脱出し、校舎内を駆け抜けて直政たちの戦いが見える場所まで移動する。そして、そこから長距離射撃を行う。
 高速と無音の攻撃は、きっと牽制以上にはなる、と評価したのだ。

「まあ、その射撃も阻止するまでもなかったのですが」

 戦闘中によそ見をしながら移動していた央葉は、もう一方から来た巨体に気付かなかった。
 蛇の妖魔は央葉ごと校舎を押し潰す。
 さらには、その瓦礫を吹き飛ばした。
 すぐにその妖魔は討伐されてしまったが、そこから央葉は消えてしまう。
 どさくさに紛れて脱出したようではなさそうだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぐるりと周囲を見渡す。
 初音が放射する冷気は、徐々に一帯を凍らせつつある。
 機動戦の場合、この特性は意味を持たないが、陣地戦――とりわけ防衛――においては、無類の強さを発揮する。
 世界戦史上、最も強い将軍に挙げられる、冬将軍。
 これに通じる強さが初音の武器だ。
 もし、隠れているのならば、この寒さに耐え切れずに出てくるか、耐えた結果凍りつくかのどちらかである。
 同時に氷に触れたのであれば、初音の知覚に引っかかる。

「おっと」

 校舎の裂け目に顔を出しすぎたのか、下から炎が飛んできた。
 それを氷で受けて相殺した初音は、下を見下ろす。

「鹿頭、朝霞・・・・」

 "東の宗家"・鹿頭家の当主。
 血筋的には熾条宗家の分家。
 だがしかし、その戦力は分家の当主程度ではない。

「稀代の英雄レベルですね」

 卓越した前線指揮力と揺るがない信念。
 公言していないが、"東洋の慧眼"が手塩にかけて育てている指揮官。

「ここで摘むのも・・・・ッ」

 正面から光が飛んできた。
 その瞬間、自分に当たらないギリギリで回避できるように"すでに展開していある"氷を厚くする。
 大きく躱されるより、紙一重で回避される方が、人は衝撃を受ける。
 「攻撃が、見切られている」、と。

「・・・・・・・・・・・・?」

 正面から光の束が、後方に突き抜けた時、一緒に赤い飛沫が宙を舞った。
 カクリと膝が折れ、初音の体が前に倒れていく。
 眼下は崩れた校舎の瓦礫が広がっていた。




「ボロボロね、あなた」
『人のこと言えない』

 央葉はスケッチブックで朝霞に反応したが、広がる血の赤に辟易したのか、放り投げた。

「証拠隠滅」

 それが地面に落ちる前に朝霞が焼き尽くす。
 結界が解けた時、血だらけのスケッチブックなんぞ転がっていれば、事件になる。そして、そのスケッチブックを見れば、央葉のものだと丸わかりだ。

「さて、第二戦と行きましょうか」

 鉾を抱えなおす。

「なぜ・・・・?」

 瓦礫が氷塊に変わり、地面が次々と凍りついていった。
 その中央には、メイド服を朱に染めた初音が立っている。
 大人っぽい穏やかな顔に疑問が浮かんでいた。

「なぜ―――」



「―――屈折させたはずの光が命中したか?」



 央葉の代わりに朝霞が答える。
 央葉は瓦礫の崩壊に巻き込まれた後、蛇の妖魔が吹き飛ばした瓦礫に紛れて戦闘離脱した。
 この時に、スケッチブックを使って戦況を伝えたのだ。
 結果、朝霞は初音の能力のタネを見抜いた。

「タネは光の屈折ってやつかしら?」

 池を見下ろした時、本来いない位置に魚が見える現象に覚えはあるだろうか。

「光を攻撃の主軸とする叢瀬にしか通じないギミックよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 仕掛けは簡単。
 放射される光に対し、入射角を計算して氷の結晶面を展開。
 結晶面ごとに屈折する光は、厚い氷の壁を貫通するころには、狙った物体とは違う場所を通過する。
 最初から薄く展開している氷の壁も、相手の視覚情報を狂わせる要因だった。

「つまり、能力でもなんでもないのよ。ただの物理現象の応用」

 朝霞は熱波を放って、氷の侵食に抵抗しつつ言う。

「でも、相性はよかったんじゃないかしら?」
「頭が回りますね」
「『考えろ』って、誰かさんの口癖みたいなものだからね」

 敵からの賛辞に朝霞は肩をすくめた。

「でも、理論では簡単そうに見えて、これは非常に難しいわよ?」
「ええ」

 そもそも光の速度を見切り、それに対応するなど不可能に近い。
 結局は、動作や会話によって敵の攻撃ポイントを誘導するしかない。
 それでも、やはり難しい。

「対叢瀬用の超絶技巧の目的は、ただの時間稼ぎ、か」
「ええ。私の目的はご主人様が気持ちよく戦うのに邪魔なあなたたちの足止めですから」

 柔らかく微笑む初音には殺気がない。
 央葉のようにうまく出せないのではなく、殺す気なくても殺してしまうのではない。
 本当に殺そうと思っていないのだ。
 一歩間違えば、自分は死ぬというのに、それでも己を貫き通す。
 主のために、自分を軽視できる絶対的忠誠心。

(この感じ、あの娘に似ている)

 ぎゅっと鉾を握りしめた。
 朝霞の感覚が事実ならば、勝つ確率は限りなく低いだろう。

「頼りにしていいかしら? 【叢瀬】最強さん?」

 コクリと頷いた央葉は、景気づけとばかりに複数の、"太い"光を放つ。
 タネが割れてしまえば、対応できる。
 光の面を増やし、屈折しても元のコースにかぶるように調整していた。
 故に、初音は戦術の転換が必要になった。

「うわっ」

 央葉の攻撃が跳ね返り、朝霞の近くに着弾する。

「これは・・・・反射!?」

(どうやって・・・・?)

 氷は鏡ではない。
 そもそも反射できるのであれば、屈折させる必要がない。

「ひゃあ!?」

 背中を指でなぞられた。
 思わず殴りそうになり、それが字を書いたのだと理解する。

『プリズム』

 プリズムとは、「なめらかで均質な、光学的平面を持つ2つ以上持つ透明体で、少なくともその1組の面が平行でないもの」とされる。
 つまりは、光を屈曲、分散、全反射させるために用いられる。

「屈折の重ねがけ・・・・」

 また、技量が上がった。

「あくまで物理現象で戦うつもりなの・・・・」

 能力の底を見せない。
 戦車が戦車砲を使わずに車載機銃で戦うかのようだ。
 こちらが善戦すればするだけ、相手の本気が怖くなる。
 相手が本気を出した瞬間、こちらなど簡単に倒せるのだろうから。

(一種の精神攻撃かしら?)

 央葉の攻撃はほぼ完全に封じられた。
 朝霞の攻撃も、基本的には届かない。
 本来ならば距離を詰めて鉾を振るうのだが、氷の大地が未知数過ぎる。

「こういう戦い方もあるのね・・・・」

 手の内を見せず、相手の戦い方もさせない。
 戦術的勝利を望まず、戦略的勝利を望む。

(そうか、こいつは城ね)

 戦略的要地に聳え、そこにあるだけに戦場を支配する。
 結局、落とせない以上、先に進むには迂回するしかない。

(問題は、こいつが建物と違って機動力を持つこと)

 そもそも、なし崩し的に戦闘となった、遭遇戦なのだ。
 この戦闘自体に明確な目的はない。

(普通だったら、生存目的とかなんだろうけど)

 相手に殺意がない限り、こちらが攻撃する理由はなんだろうか。

「ねえ」
「はい?」

 攻撃の手を休め、話しかけてきた朝霞に、初音は首を傾げた。

「私たちがあんたのご主人様の楽しみを邪魔しない、って言うなら・・・・」

 戦闘を続行しようとする央葉を手で制し、ニヤリと笑う。

「他の者を連れて脱出していいかしら?」

 今回の朝霞たちの参戦目的は、結界を敷いた者の打破と一般人の危機回避である。
 しかし、詳細に言うならば、一般人の危機回避が戦略目的であり、それを遂行するための戦術目的が結界を敷いたものの打破だった。
 戦略目的を達成できるのであれば、無理に結界を敷いた者たちを打破する必要はない。

「・・・・・・・・・・・・やはり、あなたは危険人物ですね」
「何を藪から棒に・・・・」
「優れた戦闘指揮、個人戦闘力、戦況判断」

 どれも実戦部隊を率いる存在には必要なスキルだ。

「そのどれに特化するわけでもなく、どれに欠けるのではなく、どれも高水準を保っています」

 万能型。
 世間ではこう評するのだろう。

「戦況に応じた最高の判断を下せる人材というのは、万夫不当の武人よりも厄介です」
「・・・・だから、この機会に消す、とでも言うのかしら?」

 初音が語った朝霞像は、確かに熾条一哉が求めた理想像だ。
 そうなるように、朝霞も努力してきた。
 だが、朝霞の武器は、意外性だと自己分析している。
 要は諸家――血筋は分家――如きが、という侮りを逆手に取ることができることだ。
 それが封じられれば、両者の間には厳然とした個人戦闘力の差が立ちはだかる。
 遭遇戦において、その個人戦闘力を埋める戦略的攻撃は不可能だ。

「で、どうなの? こっちはすでに一戦交えてて、疲れているんだけど?」

 心優はともかく、凪葉がわけのわからない極限状態で、発狂しないとは限らない。

「・・・・そうですね、私も無駄な戦闘は好みません」

 そう言い、血を吸ったスカートのすそを摘まむ。

「では、ごきげんよう」

 声と共に初音の姿が掻き消えた。

「? ? ?」

 話についていけず、疑問符を浮かべる央葉の背中を叩く。

「ほら、迎えに行くわよ」

 朝霞は探索時に自分の教室に寄り、ジャージを持ってきていた。
 それを上に羽織って、損傷した衣服を誤魔化す。

「訳が分からずハイテンションなお嬢様と怯える子ウサギを連れて、脱出するわよ」
『他はいいの?』

 ポケットから単語帳を取り出した央葉が小首を傾げた。
 因みにもう一方の手は、取り出したタオルで、"血糊"を拭いている。
 怪我は相手を油断させるための作戦だったらしい。

「穂村は・・・・大丈夫でしょ、防御力高いし」

 今も校舎の向こう側から轟音が響いている。
 ド派手に戦っているらしかった。

『神代カンナは?』

 朝霞は「フルネームで呼んでいるのか」と呟いた。

「自信満々に単独行動をしたんだから、大丈夫じゃないかしら?」

 口にしてみたが、彼女は意外に意地っ張りで無理しがちな性格だ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 不安になったのは央葉も一緒らしい。

「別行動ね。あなたは神代さんを探して」

 コクリと頷き、央葉は走り去った。

「はぁ・・・・疲れる・・・・」

 そう呟いた朝霞は、自分の偉業に気が付いていない。
 五戦線あるこの戦いにおいて、二戦線を終息させたという、偉業に。
 さらには、戦略目標を達成するという勝利条件を満たしたことに。
 脇役ばっかりだった朝霞は、派手ではないが着実に戦略的主役の役割を果たしたのだった。









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