第七章「七不思議、そして七不思議」/4


 

「―――フフフ、鹿頭朝霞、御門直政、穂村亜璃斗、神代カンナ、叢瀬央葉ですか」

 屋上において、魔法陣の中心に立つスカーフェイスは、侵入者の気配に不気味な笑みを浮かべた。

「フフ、結城晴也、山神綾香、熾条一哉、渡辺瀞がいなくとも、なかなかに層が厚い」
「生徒会棟に、鎮守杪がいることを忘れておりませんか?」

 彼の背後に、メイド服に身を包んだ女性が現れる。

「失礼いたしました」

 彼女はスカートのすそを摘まんで一礼した。

「初音、主人・アイスマンと共に参上いたしました」
「おいおい、まるでそれだとオレがあいつの部下みたいじゃねえか」
「まさか。ご主人様がスカーフェイス様の部下のはずがありません。あり得ません」
「二度否定するか、分かっているな」
「恐縮です」

 アイスマンは金髪をかき上げながら、生徒会棟を見下ろす。そして、すぐに中庭を見た。
 そこには御門直政が〈土〉に索敵させながら、ゆっくり歩いている。

「オレはあのガキを引き受ければいいんだな?」
「フフ、あなたならば適任でしょう?」
「まあな。というか、アイツはぜってー、オレが殺る」

 アイスマンは拳と手のひらを叩き合わせ、殺気を滲ませた。

「そのために、初音は足止めしろ」
「はい、分かりました」

 初音が一礼し、ゆっくりと姿を消す。

「さて、フフフ」

 魔法陣からスカーフェイスが出た。
 その時には、アイスマンの姿も消えている。しかし、その代わりにもうひとりの人間がいた。

「あなたの相手は鎮守家のご令嬢ですよ?」
「ふん・・・・また、戦うことになるとはね」

 長身の女性はもたれかかっていた壁から背を離す。

「キミはどうするんだい?」
「フフ、僕は神代です」
「・・・・へえ。彼女はあんまり武闘派ってわけじゃなさそうだけど?」
「ですが、彼女がこの結界を破る確率が、一番高いのですよ?」

 鹿頭朝霞、穂村兄弟は武闘派としては申し分ない。しかし、炎術師と地術師は性質的に結界などの補助術式に弱い。
 一方で、神代家は抱える九十九神の性質によって変幻自在だ。

「もうこれっきりだよ」

 彼女――ローレライは屋上の手すりに手を置き、とある校舎を見下ろす。
 そこにはふたりの少女が手を繋いで歩いていた。

「ボクたちは平和に暮らしたい」
「ええ、分かっています」

(これが成功すれば、音川における僕たちの仕事も終わりですから、フフ)

 スカーフェイスはローレライを見送り、屋上の手すりに寄る。
 そこからは闇に沈む統世学園が見えた。

「さあ、七不思議の始まりです、フフフ」






開演、七不思議scene 1

「―――うーん、どうして放送室はもぬけの殻だったのでしょう?」
「さ、さあ?」

 心優は凪葉の手を掴みながら首を捻った。

「まあ・・・・七不思議の内容からは外れていましたけど」

 音楽が聞こえるのは旧校舎の音楽室からで、歌など聞こえないはずだ。

(でも、あの歌声、どこかで聞いた気がしますが)

「ねえ、どこ行くの?」

 凪葉は暗闇に怯えながら心優に訊く。

「そうですね~。他のみんなも怖がったのか、来ないですし・・・・」
「じゃ、じゃあ、帰る?」

 ちょっと期待した視線を心優に向けるが、その口元に浮かぶ笑みを見て、凪葉はため息をついた。

「旧校舎に行くに決まっているでしょう!?」


「―――そうはいかない」


 暗闇から手が伸び、ガシッとふたりの肩を掴む。

「きゃあああああああああああああっ!?」

 凪葉が普段からは想像できない声を出し、勢いよく振り返った。

「夜の旧校舎は危険」

 キラリと眼鏡を光らせる亜璃斗が立っている。

「ですけど・・・・噂の原因は旧校舎ですよ?」

 突然現れた亜璃斗に、心優は気にせず話しかけた。

「うん。でも、旧校舎は今の月の角度だと真っ暗」
「そう思って懐中電灯を・・・・・・・・って、あれ?」

 今まで光を放っていた懐中電灯が消灯する。

「あ、あれ?」

 慌てて窓際により、豆電球を確認した。

「な、なんてタイミングで玉切れ・・・・」

 統世学園の廊下には、蛍光塗料のラインがあり、夜にはそれが浮かび上がる。
 このため、いきなり真っ暗になることはなかった。
 だがしかし、旧校舎にはこのような設備はない。

「今日は中止。帰ろう」

 亜璃斗が心優の手を引き、校舎の出口に向かおうとした。しかし、その歩みはすぐに止まる。

「え? どうしてあの先は真っ暗・・・・・・・・」

 今いるのは校舎の2階。
 1階と3階へ繋がる廊下にも蛍光塗料は塗られていたはずだ。
 それが今、真っ暗になっている。

「・・・・何か、いる?」

 亜璃斗はふたりを守るように前に出た。
 そこに月明かりが差し込む。

「「「―――っ!?」」」

 月明かりに映し出されたのは、蛍光塗料を覆い隠すほどの夥しい数の蛇だった。

「きゃああああああああっ!?」

 2回目の悲鳴に、蛇たちの目が一斉に光る。
 その中心に白い大蛇が鎮座していた。
 その赤い目が3人を捉えている。

「・・・・くっ、こっち!」

 亜璃斗は心優と凪葉の手を掴み、蛇とは反対方向に走り始めた。
 その後を、数百ぴきの蛇が追う。
 ここに、七不思議がひとつ、「白い大蛇と無数の蛇」が始まった。




「―――こりゃ・・・・普通じゃないわね」

 朝霞は雲霞の如く湧き上がってきた蛇に囲まれていた。
 彼女がいるのは、裏山だ。
 茂みが多く、見晴らしが悪い。

「山火事、ってことにするかな」

 最悪、心優や凪葉の記憶に介入し、今日のことを有耶無耶にしてしまえばいい。
 そう結論付けていても、友人とも言える相手を裏世界の事情に巻き込むことに後ろめたさを感じていた。

(でも、私は裏に生きる者)

 包囲された朝霞は、全く動じることなく、蛇たちを睥睨する。

『『『『『―――シャーッ』』』』』』
「うるさいわ」

 一斉に飛びかかってきた蛇を、藪ごと焼き払った。
 一瞬で数十の蛇を葬り去った朝霞は、おののく蛇たちの向こうを睨みつける。

「蛇に妖気はないわ。それじゃ隠せてないじゃないかしら、ってねっ」

 手のひらに炎を生み出し、妖気の下へと叩きつけた。しかし、それは突如盛り上がった土柱に阻まれる。
 轟音と土煙を発生させた土柱は、朝霞の炎を鎮火するとひび割れた。

「・・・・ガチな退魔は久しぶりね」

 朝霞はイヤリングを鉾に変え、小さく呟く。
 土柱がただの土に返り、それらが地面に落ちた時、そこには全長十数メートルに達する蛇の妖魔が君臨していた。

「これが七不思議の白蛇?」

 こんなのがいれば、大問題になっていそうだ。

(というか・・・・妖魔・・・・?)

 精霊術師を中心に、多数の退魔師がいる統世学園に、これほど強大な妖魔が生息しているとは考えにくい。

(やっぱり、魔術師が持ち込んだのかしら?)

 どうして魔術師が統世学園を狙うのかは分からない。だが、言えることはひとつある。

「統世学園を含む音川の退魔は、鹿頭家に任されているの」

 鉾を旋回させ、切先をピタリと大蛇に向けた。

「さあ、行くわよ!」




「―――おや?」

 校舎を歩いていた直政は、前方からやってきた人影を見て声を上げた。

「?」

 その声の主は首を傾げて応える。

「ようやく人にあったと思ったら、お前か」

 直政が出会ったのは、央葉だった。

「しっかし、今日のお前は隠密行動に向いた格好だな」
『そう?』

 スケッチブックを掲げながら自身を見下ろす央葉。
 今日の央葉は、上下漆黒の合わせだ。
 夏だというのに長袖長ズボンである。

「白い顔だけ浮き上がって不気味」
『うらめしや~』

 手に持っていた懐中電灯で顔を照らした。
 相変わらず行動が奇妙な奴だ。

「央葉は神代さんを探していたのか?」
『そう』

 カンナによって能力が安定した央葉は、正式にカンナの護衛として行動していた。
 といっても、素直に傍にいず、至る所に隠れているらしい。

(不気味すぎる、と神代さんが嫌がってたっけ)

 さすがに境内の掃除をしている時に、本殿の床下から視線を感じれば嫌だろう。

「手がかりは?」
『なし』
「だよなー。なんか<土>のやつも混乱しているみたいで、あまり広域の情報送ってこないし」
『全く、地術師が聞いて呆れますね』

 もぞもぞと胸ポケットから出てきた刹が言った。

『索敵能力は地術師が持つ数少ないアドバンテージだというのに』
「・・・・そういえば、俺は斥候的なものを持っていたな」

 むんずと刹の首筋を掴んで持ち上げる。

『ええい! 止めなさい。私は猫ではありません。あんな恐ろしい生き物と一緒にされるなど・・・・ッ』
『猫が怖いとは、やはりげっ歯類』

 央葉がスケッチブックを掲げ、漫才に参戦した。

「っていうか、寒いぞ?」

 思わずブルリと体を震わせる。
 馬鹿なやり取りをしていた直政は、廊下に漂う礫に気付いた。

「って、待て待て。廊下が凍っているぞ」
『これは・・・・七不思議?』
『そういえば、「極寒の教室」とかいう七不思議がありましたね』
「そうだったな。その時は冷房が壊れていると思ったんだけど・・・・」

 央葉が氷を触る。
 どうやら普通の氷のようだが、真夏に学園の廊下が凍るわけがない。
 というか、現在進行形で氷の面積は広がっていた。
 こんな状況、普通であるはずがない。

「魔術師かな?」
『その可能性が高いのでは?』

 刹がいそいそと胸ポケットにこもりながら言った。

「なら、行くしかないか・・・・」

 懐中電灯で照らせば、十数メートル先の教室から冷気が漏れているようだ。

「・・・・入った瞬間、氷漬けとか?」
『・・・・その可能性も高そうです』

 ゆっくりとおっかなびっくり廊下を歩く。
 滑らないように、というよりも、廊下の氷が襲い掛かってこないか不安なのだ。

『じれったい』
「あ、おい! 央葉!?」

 スケッチブックでそう告げた央葉が走り出す。そして、教室の前に到達すると、ドアに手をかけず、全力で能力を解放した。

「『ええええええええええええ!?!?!?!?!?!?』」

 無数の光がドアだけでなく、壁を貫通して教室内を襲う。
 無音の襲撃がほんの1秒ほど続けられた後、氷の廊下侵食が止まった。

『掃討?』

 スケッチブックを掲げる央葉に、刹は戦慄した声を放つ。

『あなたは変身中のヒーローを狙い撃つくらい容赦がないですね』
『?』

 小首を傾げた央葉は次の瞬間、壁に軽く蹴りを入れた。

「おお・・・・貫通力だけで壁がボロボロに・・・・」

 そう言って、直政は央葉に駆け寄る。

「・・・・お?」

 教室の中には人影があった。
 央葉の光でズタズタにされた教室の中で、だ。

「お初にお目にかかります」

 メイド服の女性はスカートの裾を摘まんで一礼した。

「叢瀬央葉様」
『?』

 小首を傾げて応じる央葉。

「加賀智島では、匿っていただきありがとうございました、と、あなたの姉様にお伝えください」
「加賀智島・・・・?」

 女性の言葉に、央葉の雰囲気が変わる。

『御館様・・・・その島の名前は、鴫島諸島の島・・・・』
「あ!?」

 脳裏に閃いた、央葉の、【叢瀬】の過去。

「その島の名前は、央葉の出身地で・・・・」

 第二次鴫島事変の激戦地。
 SMO太平洋艦隊陸戦隊と監査局特赦課が、裏切った【叢瀬】。
 渡辺瀞を奪還しようとした熾条一哉と"男爵"と名乗る魔術師。

「結局、先輩はとある女性と生活していて、彼女の手引きで逃げ出した」

 そのまま【叢瀬】と共闘し、戦局打破に寄与したという。
 だがしかし、そもそも瀞を拉致した相手は分からずじまいだった。

(こいつが・・・・その女性・・・・)

 【叢瀬】の女王・叢瀬椅央は、加賀智島に住んでいた何者かを、来るべく決戦で第三勢力にするために放っていたという。

「いったい、何のために・・・・?」

 何のために瀞を攫ったのか。
 何のために今現れたのか。

「それはご主人様にお訊きください」

 彼女――初音は微笑みを浮かべたまま直政を見た。しかし、その目は笑っていない。
 冷たい視線に晒された直政は、思わず一歩下がりながら聞き返した。

「ご主人様?」


「―――オレ様のことだ、よ!」


―――ドゴンッ!!!!!


 掃除用具入れから出てきた金髪の少年――アイスマンが、思い切り直政の顔面を殴り飛ばす。
 一瞬で廊下の壁を突き破った直政は、伊達メガネを教室内に転がして、校舎2階から校庭へと落下していった。
 アイスマンもすぐにその後を追う。

「―――っ!?」
「させません」

 さらに後を追おうとした央葉に、初音が声をかけた。

「私の役目はあなたの足止めです」

 己の役目を離しながら、優しい笑みを浮かべる。
 何の強制力もない言葉だというのに、央葉は足を止めざるを得なかった。

「かの有名な狐の【力】と会い見えることができ、光栄です」

 初音の全身から冷気が漂い出す。
 それに伴い、真夏の生ぬるい空気が一掃された。


―――ドゴンッ!!!!


「―――っ!?」

 再び聞こえた轟音に、央葉は直政の危機を悟る。
 故に目の前の敵を倒すために能力を発動させた。
 【叢瀬】最強と噂される央葉の能力は、光だ。
 その威力は高速で叩きつけられた巨石をも防ぐ装甲を貫通する。
 また、その速度も精霊術最速を誇る風術を上回る。

「・・・・ッ!?」

 故に央葉の奇襲攻撃は、知覚することができず相手にダメージを負わせることができる、反則技なのだ。

「これも、相性ですね」

 央葉の攻撃を受けた初音は、それでも笑う。
 かつて、叢瀬央華は粘液化する能力で、威力を無効化して見せた。

「何が起こったかわからないといった感じですね」

 前面に展開していた氷の壁を溶かしながら初音が言う。

「ですが、それでいいのです」

 "光を逸らした"初音は、柔らかく微笑みながら、次々と氷を召還した。

『水術師?』

 渡辺宗家の直系女子は、氷を操るという。
 実際、渡辺瀞は氷の術式を持っていた。

「当然、ハズレです」

 言葉と共に尖った無数の氷礫が央葉に襲い掛かる。
 ここに、七不思議がひとつ、「極寒の教室」が始まった。




「―――落ち着け」

 魔術結界に包まれた統世学園を見ていた熾条一哉は、脳裏に響く舌足らずな声に言った。

『でも! あそこにしーちゃんを攫った奴がいるんだよ!?』

 統世学園に潜伏させていた緋がなおも食い下がってくる。

「いいから落ち着け。そして、帰ってこい」

 一哉はポケットに手を入れたまま気だるげに呟く。
 彼がいるのは、統世学園が立つ烽旗(ホウキ)山の麓だ。
 その左腕には包帯が巻かれており、半そで姿が痛々しい。

『でもでも!』
「加賀智島でも勝てなかったんだろ? あの戦いで【力】を失ったお前が勝てるわけないだろ」
『うう~!?』
「それに祖母さんからも止められているだろ」
『・・・・うぅ・・・・』

 一哉の祖母を出すと、緋は大人しくなった。

『分かった、帰る』
「おいおい」

 言葉と共に放射された炎は結界を貫き、夜空を赤く染める。
 八つ当たりの一撃だと分かっているが、やりすぎだ。

「花火ってことに・・・・なるか」

 一瞬の爆炎は、破天荒な学生が集う統世学園で起きた。
 警察はともかく、付近住民はどうせ学生の火遊びだと思うに違いない。

(にしても・・・・奴らとはな)

 戦闘任務は危険だが、工作員のような仕事ができる緋が手に入れた情報。
 それは一哉にとっても驚きの情報だった。

(だが、これでゲームは勝ちだな)

『ぽけ~』
「おい、どうした?」

 結界外に出た緋が、浮いたまま空を見上げている。
 姿も消さずに、だ。
 爆炎は花火と誤魔化せても、宙に浮く幼女は誤魔化せない。

「早く帰ってこい」
『あ、うん♪』

 不満そうだった先程と違い、嬉しそうな思念が届いた。そして、緋は30秒もしないうちに一哉の下に帰還する。

「空を見てどうしてたんだ?」
「ん?」

 ぎゅっと腕にしがみついてきた緋の頭を撫でながら訊いた。

「ちょうど去年の今頃だよねっ、一哉と再会したの」
「あー。そうだな」

 同じように空を見上げ、1年前を思い出す。
 緋は一哉の愛刀<颯武>と共に宅配便で送られてきた。

「その後、しーちゃんを取り返すために【渡辺】に道場破りを仕掛けたんだよねっ」
「いろいろと違うような気がするが・・・・」

(ん?)

 瀞の話をしているのに、先ほどの不満を表に出さない。
 緋は不満をそう簡単に呑み込めるほど、精神的に大人ではない。

(これは・・・・何か仕掛けがあるな)

 その仕掛けの効果を予想した一哉は、改めてゲームに勝ったことを確信した。
 また、ここに七不思議がひとつ、「和服幼女」は始まることなく、終わった。










第七章第三話へ 赤鬼目次へ 第七章第五話へ
Homeへ