第六章「鏡、そして百合の花」/7
「―――山神綾香よ」 翌朝、朝食のために居間に集まった全員の前で、綾香が自己紹介した。 昨日はそれどころではなかったのである。 深夜の襲撃を退けた一行は、泥のように眠った。 SMOは増援を受けたようだが、こちらも山神直系を得る。 結果的にこの地方は、川中島の戦いにおける局地戦の様相を成していた。 「こうして御門宗家の人たちと話すのは初めてね」 勇猛果敢な術者であり、最近では山神の一部隊を率いて獅子奮迅の働きを見せる猛将だ。 ただ、部隊の指揮よりも単騎ないし"風神雷神"として行動することを好む。 このため、山神宗家では遊撃隊のような扱いだった。 「宗主の方は何度か見ているけど」 綾香の視線に、直政は曖昧に頷く。 綾香は渡辺瀞の友人だ。 このため、和風喫茶「花鳥風月」にはよく出入りしていた。 鎮守杪と一緒の時が多いが、ひとりでも来ている、常連とも言うべき人物だ。 「といっても、戦場では初めてね」 「・・・・はい」 というか、綾香が出張る戦場は、もはや戦争の領域だろう。 煌燎城攻防戦に参戦していれば、主郭に侵入した敵を本丸から一方的に攻撃しただろう。 あらゆる打撃に耐えられる装甲を持っていたとしても、電撃を食らえば電子製品が故障する。 攻撃力最強は伊達ではないのだ。 「どうしてここへ?」 「川中島から部隊が離れたから、各個撃破しようとして追ってきたの」 朝霞の問いに答える綾香。 「まさかあんたたちがいたとは思わなかったわ」 それは言外に、陸綜家が派遣した援軍ではない、と伝えていた。 「どういう状況?」 綾香の問いに、義明や香里奈、朝霞が答える。 その間、直政は少し考え込んでいた。 (なあ、刹) 『何でしょう、御館様』 胸ポケットからつぶらな眸が見上げてくる。 『ハッ、まさか御館様はあの歩く電波異常が好みなのですか!?』 (違う上に失礼だぞ) この思念が漏れれば、電光石火で白骨が浮かび上がりかねない。 『で、本題は?』 (・・・・真田十勇士、何のために来たんだ?) 筧十蔵と由利鎌之介。 初めて確認できた真田十勇士である。 彼らは苦戦する直政を助けたように見えた。 『ふむ。確かにこれ幸いと家捜しすると思いますが・・・・』 刹は肩によじ登る。 『確かに御館様を助けたように見えますね』 (それを陽動に、他のメンバーが家捜し、ってわけでもないし) あの時、筧十蔵と由利鎌之介以外は誰もいなかった。 因みにヘリが落ちた衝撃から立ち直った時、ふたりの姿は消えていた。 彼らのいた場所には、ふたりの所有物であった古めかしい鎖鎌と火縄銃が落ちているだけ。 それも義明と香里奈が回収してしまった。 何でも、爆発の衝撃で倉が壊れ、そこに収蔵されていた物品だったとか。 「へぇ、六時から別の勢力が来るの」 直政が考え込んでいる間に、話が進んでいたようだ。 「ってことは、話は簡単。六時までにSMOを壊滅させればいいのね」 「『うぇ!?』」 あまりの理論に、直政と刹が奇声を上げた。 本当に、勇猛果敢とは彼女のためにあるのだろうか。 「敵主力は装甲兵一個中隊。まあ、他を合わせても総勢一〇〇ってところ」 綾香は義明に向き直る。 「この辺りで大人数を収容できる場所は?」 「・・・・駅前では人目につきますから、おそらくは城跡かと」 「城跡?」 「ええ、神社の境内にある階段を上がった場所です」 「あれ? あそこは古い神社があると聞いたけど?」 「遊んでいた子どもに」と付け足す朝霞。 「ああ、それは祠があるからです」 あの辺り一帯は元々城で、神社が二の丸、その上が本丸だったらしい。 その本丸の一角に祠があり、子どもたちの間では「古い神社」と呼ばれているのだ。 「そもそも旧社は反対側の斜面にありますから」 「反対側?」 亜璃斗が首を傾げる。 「ええ、川を挟み、駅の向こう側。そうですね、ちょうど鏡池の上流に当たります」 「草木が生えないはげ山があるので、すぐに分かりますよ」 香里奈がお茶のおかわりをつぎながら言った。 (草木が生えていない?) この日本で、だ。 「殺生石が落ちたのは湖ではなく、その旧社だと言われています」 「ただ、鏡池の上流ですから、あんまり行ってはいけないのですが」 義明と香里奈の説明に頷く。 観光資源が汚染されないように、だろう。 「ふーん、ま、何にせよ、SMOは城跡にいるのね」 綾香は冷たい麦茶を一気飲みし、宣言した。 「じゃ、城攻めね」 戦闘開始scene ―――ドゴンッ!!! 轟音が神社を揺るがせた。 「―――いや、派手だね」 「恐ろしい。さすが"雷神"」 城攻めは綾香ひとりで行われている。 それでも直政は戦い始まりを感知したのだ。 一応結界内にいる、というのもあるが、結局は雷術師の戦いが派手だからだ。 結界展開と共に空を駆けた雷撃は、重機関銃を載せた車両を粉砕した。 遠距離攻撃で重火器を潰した綾香は、すぐさま大鎖鎌を振り上げて突撃する。 能力は元より白兵戦能力は特筆するものがある。 「強いんだな」 「そりゃ、旧組織が誇る最強レベルの術者だからね」 隣にいるのは朝霞だ。 「"風神雷神"は戦略兵器」 一戦場に降り立った時、その戦いはふたりを止められるかどうかが勝敗を分ける。 「だから、SMOは任せても大丈夫でしょ」 朝霞は踵を返した。 彼らが神社近くにいたのは、綾香の急襲から逃げてくるものを退治するためだった。 だが、さすがは対山神戦線に投入された部隊。 混乱しつつも一歩も退かずに抵抗している。 しかし、圧倒的な戦力差を前に踏みとどまったことで、壊滅は決定的となった。 「もうここに、用はないわね」 朝霞がそう言い、神社から離れるべく歩き始める。 「それよりも、鏡をどうするか、よね」 「だな~」 現在、義明と香里奈は姿を眩ませていた。 もはや屋敷を囮として使えない以上、屋敷から離れた方がいい。 護衛として、亜璃斗がついていた。 もちろん、そこに心優もいる。 「屋敷を空けた以上、午後6時に真田十勇士がやってくるのは、どこか・・・・」 「十中八九、鏡のある場所よ」 「・・・・わかんないんだろ?」 朝霞の言葉に、直政は首を傾げた。 「屋敷が頼りにならない以上、真田十勇士がどこに来るか分からない持ち主は、不安になったりしない?」 敵が来る場所が分かっていたからこそ安心していた。 だが、敵がどこに来るか分からない以上、"敵が鏡の場所に来る可能性もある"。 「だから、持ち主は無意識に鏡の近くへ行くのよ」 朝霞が先導する形で、ふたりは神社の敷地から出て、とりあえず、町の中心へと歩いて行く。 何があっても対応ができるように、と言わんばかりに。 そんな思考に思い至った直政はひとつの単語を口にした。 「・・・・それって囮?」 「さあ? ・・・・でも、あんたもあのふたりにきな臭いもの感じてるんじゃないの」 チラリと顔を見られ、言葉に詰まる。 「ふ~ん、やっぱりね」 『・・・・理解していたつもりですが、この女、危険ですね』 「本人を前にして言うことじゃないんじゃないかしら?」 「消し炭にしようかしら」とかわいらしく小首を傾げるが、その様を見て恐怖以外の感情を抱く者は大物だろう。 『ガクガクブルブル』 胸ポケットに顔を突っ込んで震えている刹に、直政は何故か安堵した。 「で、話して」 「・・・・実はな―――」 直政は昨夜の襲撃について話をする。 朝霞は口を挟まず、最後まで話を聞いた。 「・・・・なるほど。確かにそれは変ね」 「だろ?」 同意を得られ、直政は破顔する。 「っと・・・・」 そこでポケットに入れた携帯が震えた。 「亜璃斗? ・・・・もしもし?」 嫌な予感がし、すぐに電話に出る。 『ごめん、兄さん』 「は?」 『鏡池の近くにいたけど、敵に襲撃された』 「何!?」 声が聞こえたのだろう、朝霞も表情を険しくした。 『その襲撃で、他の三人とはぐれた』 「な!? 心優もか!?」 『・・・・ごめん』 責任を感じているようだが、受話器の向こうから戦闘音が聞こえてくる。 「亜璃斗、まさかまだ戦っているのか?」 『・・・・そうだよ』 戦いながら電話をかけるとか、無茶をする。 「とりあえず、助けに行くわ。あんたは唯宮を探しなさい」 「お、おい!」 「放っておけないでしょ」 そう言い放つと、朝霞は駆け出した。 『御館様、あやつの言うとおりです。SMOも出張っている中、心優嬢を放置するわけにはいきません』 「ああ、くそ! ただ、とりあえずは鏡池方面だ!」 同じ方面だというのに先行した朝霞は、もう見えない。 だが、地上の移動速度は地術師である直政の方が上だった。 「いく―――っ!?」 一瞬でトップスピードに乗せようとした直政の視界に、自転車が入る。 ぐっと力を込め、急停止した直政の前で、眠たげな瞳が瞬きした。 「あれ? 滋野さん家のお客さんだね」 誰かと思えば、コンビニ店員だ。 あれから何度か通い、世間話をする仲になっていた。 「滋野さんは元気かい?」 「え、はい。元気ですよ」 「そうかい、やっぱり家政婦を雇ったのがよかったんだね」 うんうんと頷きながら言う。 「香里奈さんですか?」 「そうそう、ほんの数ヶ月前かな、この村にやってきて、家政婦をし始めたのさ」 『・・・・その割には親密ですね』 直政にしか聞こえない声で、刹が言った。 「義明さんも限界に感じていたんだろうね。買い物とかも辛そうだったから」 「辛そう?」 「そうだよ」 彼女は大きく頷く。 「もう年だからね」 「え?」 その発言に、直政の思考が停止した。 「―――あんたたち・・・・」 鏡池に向かう途中、斜面を登る階段がある。 その麓で、朝霞は足を止めた。 「ふふ、待ってたよ」 「待ってたんだよ」 黄色のパーカーが特徴的な姉妹。 彼女たちは朝霞の進路を阻むように立ちふさがっている。 「真田十勇士がひとり、三好清海入道!」 「同じく、三好伊三入道!」 姉妹は元気に名乗りを上げた。 「ちょっと付き合ってもらうよ」 清海と名乗った姉はポケットから数珠を取り出す。 「三好兄弟は男だと思ってたけど?」 「尼さんだったのかもよ?」 数珠は結界を展開した。 それに合わせ、鉾を出す。 「・・・・って、あら?」 右耳のイヤリングは、鉾に転じなかった。 「この結界は、武器の展開を阻むの」 「・・・・まさか、体術・・・・」 三好兄弟は破戒僧。 それが転じて、剛力の無双だと伝わっていることもある。 如何に体術に優れた精霊術師とはいえ、鉾の扱いに慣れた朝霞の体術は並程度だ。 体術を基本戦術にする敵と真正面から戦える自信はない。 「この三好姉妹に勝てないと、この結界からは逃げられないよ!」 「いざ、尋常に勝負だよ!」 (さっさと撃破しないと・・・・マズイわね) 本格的に真田十勇士が動き始めた以上、数の利は向こうにある。 ひとつの戦いに時間をかけていられない。 「さあ、じゃんけんしよう!」 「そして、勝った手の分だけ階段を上ろう!」 即決着を決めていた朝霞の体がガクッと傾いた。 「それって・・・・関西のお菓子会社の・・・・」 初めて会った時、ふたりがしていた遊び。 「じゃーんけーん・・・・」 かけ声に合わせて、思わず手を出してしまった。 「やった!」 清海の手は「チョキ」、対する朝霞は「パー」。 「チ・ョ・コ・レ・ェ・ト・ア・イ・ス」 「ちょっと!? 少し多くない!?」 「ローカルルールです!」 地域によって進める数が違うのも特徴だ。 「馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!」 久しぶりにおちょくられた感覚に、朝霞は全力でふたりを叩き潰すと決めた。 「じゃーんけーん・・・・」 次は伊三と勝負のようだ。 一般的に、「グー」の手で進める数は少ない。 そして、ここのルールでは「チョキ」が9段も進めるようだ。 (そこに、落とし穴がある!) 「ぽん・・・・って、負けた~」 朝霞は「グー」を出し、じゃんけんに勝利する。そして、階段下に立つと、一歩一歩口に出しながら登り始めた。 「グ・○・コ―――」 普通は3段。 「―――も・ひ・と・つ・オ・マ・ケ・の・グ・○・コ!」 「「なにー!?」」 14段。 「ふん、ローカルルールOKなんでしょ?」 5段上から、三好姉妹を見下ろす。 「いい度胸だ!」 「地方を舐めるな!」 こうして、白熱したバトルが始まった。 ―――どこか、間抜けで、ほのぼのとしたものだったが。 「―――存外に、強い・・・・ッ」 一方、階段上の鏡池では、熱戦が繰り広げられていた。 亜璃斗は直政との通話を終えると、攻勢に出たのである。 仕掛けてきたのはふたり。 そのふたりとも黒のスーツを着た、SMOだった。 <土>が伝える気配が、昨日の襲撃にいたものと同じだ。 彼らの内、ひとりは鏡池の上を葉っぱで作った船で疾走してきた。 もうひとりの巨漢な男は木々を伝って、亜璃斗の死角から襲ってきた。 義明と香里奈、心優と離ればなれになったが、亜璃斗は敵を引きつけることに成功。 防衛戦闘を行いながら襲撃を知らせる。 正確な時刻は確認していないが、6時は過ぎていた。 (SMOを壊滅させたが、残党は逃げおおせた、というところか・・・・) 綾香はSMOの命を取ろうとは考えていなかったらしい。 基本的にSMOの主力は、一般隊員だ。 彼らは兵であり、旧組織を恨んでいるわけではない。 適度に昏倒させ、敵中枢を破壊する。 これが重要らしい。 (日本を守るために、か・・・・) 世界の退魔組織は国連が運用している。しかし、そのトップは欧州の教会組織が握っていた。 各国はその実戦部隊である教会騎士団の支部を受け入れている。 だが、日本国はそれを拒否していた。 雑多な旧組織と強大な国営組織・SMOがいたからだ。 また、西洋人が闊歩していれば、逆に目立つ国柄も関係していた。 (新旧戦争が終わった時、SMOが完全に壊滅していれば、国連は教会騎士団の設置を政府に求めるはず) しかし、SMOの主力である一般隊員が残り、精鋭である旧組織の能力者が協力すれば、国連の思惑は瓦解する。 新旧戦争は百年以上に及ぶ確執を解消する戦いであると同時に、これまでの体制を打破する戦争なのだ。 (私たちはまだ、そんなところへいけない) 山神綾香は旧組織を代表する山神宗家の直系だ。 当然、高度な政治舞台を知っている。 だが、御門宗家は再建したばかりの、言わば新参者だ。 どうしてもそこには到達できない。 「―――考え事をしていて、いいのか!」 「・・・・ッ!?」 巨漢の男が目の前に回り込んだ。そして、その両手を合わせたひとつの拳を振り下ろす。 咄嗟に引き寄せたトンファーと激突し、衝撃波にも似た風が周囲に広がった。 (とりあえず、目の前の敵を倒すしか、私にはできない!) 「ふん、そろそろ能力を使った方がいいんじゃないか、"地術師"さんよぉ」 力でこちらをねじ伏せようとする男は、トンファーの上から乱打しながら言う。 「・・・・そっちこそ、名を名乗ったらどう?」 能力がバレていたことの動揺を押し殺し、亜璃斗は言った。 「ならば、答えよう!」 池に葉っぱで浮かんでいた男が上陸しながら宣言する。 その手には、水軍武器である熊手が握られていた。 「真田十勇士がひとり、根津甚八!」 「同じく、穴山小助!」 「さ、真田!?」 思っていたとは違う名前に、亜璃斗は動揺する。 そして、その繕い切れなかった動揺を見事につかれた。 一気に距離を詰めてきた根津の熊手がトンファーを絡め取り、空いた隙間に穴山の拳が叩きつけられる。 そんな連携攻撃で、亜璃斗はトンファーを手放して吹っ飛んだ。 「カ、ハッ」 数本の木々をその身でなぎ倒す。 亜璃斗も直政ほどではないが、頑丈である。 しかし、その衝撃は耐久力を遙かに超えていた。 「く、ぅ・・・・」 全身の骨がバラバラになりそうな感覚に耐えながら、亜璃斗は敵を睨みつける。 「ふん、これが音に聞こえた地術師か?」 「対軍に整備されたので、個人戦闘は苦手なのでは?」 根津と穴山は、隙のない動きで亜璃斗に近づいてきた。 お互いがお互いを守れるようにしている。 彼らこそ、周囲を囲まれる戦いに精通しているようだ。 (でも、それが命取りになる・・・・ッ) 亜璃斗は"気"を活性化させ、<土>に働きかける。 この状況を待っていた。 いや、正確には根津が池から岸に上がるのを待っていたのだ。 「・・・・能力、見せてあげる」 「あ?」 亜璃斗の呟きに、穴山が疑問符を浮かべる。 根津は亜璃斗を注視し、少しの動きでも見極めようといていた。 (地術師、と知っていても、精霊術師を知らないわね) 精霊術師の特徴は、大規模攻撃のタイムラグが少ないこと。 詠唱などを必要とせず、戦術的奇襲が可能であること。 「「おお?」」 ひとかたまりになった敵が、地面が揺れたことで体勢を崩す。そして、そこに無数の礫が叩き込まれた。 |