第六章「鏡、そして百合の花」/5
「―――増援要請?」 川中島方面司令官は、上田方面の別働班からの要請に怪訝な顔をした。 「確かあの班は、大久保だったよな」 独自性が強く、能力に絶対の自信を持つ大久保が、簡単に増援を要請するとは思えない。 「何かあったか?」 「どうやら、旧組織本拠地攻防戦で奮戦した無敵男がいたらしく・・・・」 「無敵男が?」 『無敵男』とは直政のことである。 戦車砲の直撃や顔面に装甲車が命中してもピンピンしていた。 一騎打ちした第二即応集団司令官の築山陸翔も、SMO内では化け物扱いである。 それと互角に戦ったのだ。 「確か、御門直政と名乗ったのだったか・・・・」 御門という名前と使った術式から、おそらくは地術師。 それも直系だ。 ほぼ全滅したと考えられている御門宗家で、宗主家の名前を名乗っているのならば、宗主である可能性が高い。 ここ10年、音沙汰がなかったのも彼が成長するまで待っていたのだろう。 「・・・・装甲兵一個中隊を中心にした部隊でも派遣するか」 地術師の防御力も刃物には効果がない。 精霊術師との白兵戦を念頭に置いた装甲兵を派遣するのが最も効果的だろう。 こうして、直政たちの知らぬところで、川中島正面から部隊が動いた。 「―――へぇ・・・・なかなかにやるじゃない」 一方で、その動きを観察している者がいた。 自動車の列が川中島から去っていくのを目撃した少女は、風にあおられる茶髪を押さえる。 「山神主力を相手に、堂々と配置転換?」 「―――どこかで何かあったんでしょうね」 「硬直化した戦線から戦力を移動させる意味を理解していないわね、奴ら」 後ろから話しかけてきた弟にそう返す。 いい例が、1584年の小牧・長久手の戦いだ。 「こちらが動けば、各個撃破のチャンス」 「姉さん、もしかして・・・・」 「行くわ」 「・・・・止めても無駄ですね」 「そうね。大丈夫。殲滅してきてあげる」 姉は勝気な笑みを浮かべ、弟の頭を乱暴に撫でた。 鹿頭朝霞side 「―――とりあえず、無事でよかったわ」 夜、朝霞が帰ってくるなり、義明の顔を見て言った。 「ええ、あなたも。大丈夫でしたか?」 「一般隊員に手こずりはしないわ」 そう言い、香里奈が差し出したおしぼりで顔を拭う。 因みに彼女は直政のSMO襲来報告を受け、SMOの様子を探るために村中を走り回っていたのだ。 さすがに半日も探していれば、疲れるだろう。 「と言っても、ほとんど偵察だけどね」 正面から戦えば、村は戦場になる。 それは危険だった。 戦闘に負けることはないが、裏のことが表に出てしまう。 そういう制約下での戦闘は数に勝るSMOが圧倒的に有利だった。 「さて・・・・」 居間に腰を落ち着け、朝霞は周囲を見回す。 対面には義明と香里奈が隣り合って座っており、朝霞の隣には亜璃斗が座っていた。 直政には心優を連れて外出してもらっている。 普通に考えれば露骨な人払いなのだが、直政が誘えば心優は盲目的に従った。 「まず、偵察結果ね」 SMOは10人ほど。 直政の話では能力者ひとりが確認されている。だが、基本的には一般隊員で構成されていた。 「能力者が班長ってところね」 一般隊員の特徴として、人海戦術に向いている。しかし、一度崩れると弱い特徴も持っているため、そういうのを支えるために能力者が配置されていた。 「目的は鏡の破壊みたいね」 「それは兄さんが聞いた」 まるで自分の手柄のように話す朝霞に、亜璃斗がムカついたようだ。 「ま、そうなんだけど」 自慢する気もなかった朝霞は、あっさりと認めた。 「ってわけで、偶然ってわけじゃないみたい。―――そっちは?」 「屋敷周辺に数人張り込んでいる。SMOか真田十勇士かは不明」 「あの・・・・」 義明に対する報告と言うのに、ふたりは端的に言葉を交わしている。 それは素人に対する姿勢ではなかった。 「屋敷の近くに張り込んでいるってわかっているのに、唯宮さんと・・・・穂村さんのお兄さんを出したんですか?」 義明は口には出さなかったが、「危険ではないか」という視線を向ける。 「SMOが一般人に手を出すわけないわ」 「それに兄さんなら返り討ち」 「・・・・そう、ですか」 さらっと返され、義明は肩をすくめた。 「うん、状況確認終了。どうやら、SMOは様子見みたいね」 「増援を待っている可能性が高いけど」 確認された敵はふたりだ。 その内ひとりが精霊術師なのだから、相応の戦力を持ってくるはずである。 「ま、戦力を確認できていないものね。・・・・こっちもだけど」 朝霞は鋭い視線を、SMOが確認したもうひとりの敵――香里奈に向けた。 「で? あなたは何者?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 香里奈は真っ向から視線を受け止め、許可を求めるように義明を見遣る。 それに義明は頷いた。 「私は異能者です。ここは曰くつきの物品が多いので、その護衛を兼ねています」 「・・・・・・・・・・・・専門の守り手がいて、それでは足りないと感じたから増援を求めた、と」 「はい」 なるほど、筋は通っている。 「じゃ、どうして黙っていたの?」 「言う時がなかった、というと言い訳じみたことになりますが・・・・」 香里奈は一度言葉を切り、ゆっくりと次の言葉を告げた。 「そもそも一般人がこのような会話の場にいるわけないじゃないですか」 すまし顔でお茶を飲む。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 この言葉と態度で香里奈の真意が知れた。 要するに、ヒントは出していた、と言いたいのだ。 「わざわざ言わずとも気づくかどうか、試していたのね?」 「それに戦闘力・・・・ううん、対応力を見てた、ってこと」 どちらにしろ、面白くない。 「というか、主人がさらわれても動かないってことは・・・・義明さんも能力者?」 「いいえ、昨日言った通り、僕は能力者ではありませんよ」 義明は苦笑を浮かべながら首を振った。 「ただ、僕を殺すと鏡の場所が分からないでしょ?」 「・・・・・・・・・・・・大した度胸」 「能力者じゃなくてもこの世の境界を渡っていけるわけね」 つまり、鏡を求める者は義明を狙うが、逆に鏡の在り処を知りたいからこそ命は安心なのだ。 拷問される可能性はあるが、口を割るまで、"命だけは"保障される。 後ろ向きだが、命以外のすべてを妥協した選択と言えた。 「どうしてそこまで・・・・」 いや、命以外のすべてを妥協したのならば、鏡を守る必要はない。 破壊するか、もしくは移動して保護を受けるべきだ。 「あなたにとって、鏡はなんなの?」 結果的に義明は鏡と己の苦痛を天秤にかけ、鏡を選んだのだ。 命の次に大事なのが、鏡。 「・・・・・・・・状況は分かっているのかしら?」 朝霞は、黙ったまま答えようとしない義明に、押し殺した声で言った。 「ここはSMOの勢力圏よ。近くに大部隊もいる」 旧組織側の精鋭である御門直政が、少数の味方と共に発見されたのだ。 朝霞が敵の指揮官ならば大軍を率いてこれを殲滅する。 「もはや、真田十勇士どころではないのよ」 「精霊術師は一対多を得意とするのでは?」 香里奈の発言に、朝霞は首を振った。 「対精霊術師戦術は、SMOが長年研究してきたわ」 「その結果、身体能力を向上させ、重火器を中心にした力攻めが採択される」 亜璃斗が茶を飲みながら口を挟む。 「一対多を得意とするとしても、それはあくまで複数名よ。軍と戦えるほど、人の体は万能じゃない」 亜璃斗の言葉を朝霞が受け、話を続けた。 銃撃されれば死ぬ。 並外れた肉体強度を持つ直政が異常なのだ。 「そもそもSMOが問題ない戦力ならば、こちらが苦戦するわけないわ」 SMOの個人戦力は問題ない。 問題なのは、組織力だ。 「こういうところでは、SMOが強いのよ」 「・・・・あと一日、待てませんか?」 義明は妥協案を提示した。 「SMOは旧勢力の支配下に逃げれば大丈夫でしょう?」 「まあ、そうだけど」 「しかし、真田十勇士はきっと追ってきます」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 朝霞は「真田幸村」と名乗った者の文言を思い出す。 『必ずや我が悲願の鏡を取り戻さん!』 「敢えて真田十勇士を迎え撃ち、後顧の憂いを断つ?」 「そういうことです」 予告襲撃は明日の午後6時。 「明後日の朝まで耐えればいい、か」 午後6時ならここを離れる電車は出ている。 だから、脱出するなら明後日になるだろう。 さすがのSMOも公共交通機関には攻撃を仕掛けないだろう。 「籠城戦、か・・・・」 明日にはSMOの増援部隊が来るだろう。 それを耐え切れば、勝ちだ。 「―――いいじゃん、やってやろうぜ」 「・・・・兄さん」 部屋の襖が開き、直政が入ってきた。 「相手がSMOでも、対軍に特化した地術師がふたりもいるんだぞ?」 「あんた、唯宮は?」 「眠いってさ」 「・・・・ふーん」 朝霞はすぐに興味をなくし、肩をすくめた。 「こっちの最大戦力がやる気なんじゃ、どうしようもない」 「じゃあ・・・・」 「そゆこと」 朝霞は頷き、義明に向き直る。 「とりあえず、明日の夜まではいます」 「ありがとう」 答えを聞き、義明は頭を下げて謝意を示した。 滋野義明side 「―――夜番とは、なんと古風な・・・・」 義明は居間に座り、お茶を飲んでいた。 時刻は午前1時。 義明が拉致されたことから、屋敷の警戒術式はSMOには効かないと分かっている。 だから、交代で警戒するのだ。 もっとも、鏡はここにないのだから、侵入されても意味はない。 だが、逆に危害を加えられる可能性がある。 義明と香里奈は、人数的な問題で駆り出されていた。しかし、この2時までなので、ちょっと夜更かしした程度に配慮されていた。 「ですが、効果的でしょう?」 隣に座った香里奈が微笑む。 「地術師がふたりもいるんですから」 「空から来られない限りは、ですね」 精霊術師の中で、最も索敵能力が高いのは、風術師だ。 しかし、地術師も地面の<土>から情報を得ることができる。 ただ空中の者はもちろん、建物内の動向までは分からない。 「それでもこの地域ならば有効です」 香里奈の言うとおり。 田舎であれば、土がむき出しの部分も多い。 また、この武家屋敷は丘に建っているため、周囲の建物よりは高い。 そうなれば、侵入するまでに土に絶対に触れる。 「12時より少し回った時間なら、たぶん来ないだろうしね」 義明はふっと微笑み、天井を見上げた。 「彼らは優しく、強いね」 自分の若い頃と比べると、平和な時代になったものだ。 そのため、あの年代の者たちはモラトリアムがある。 自分たちにはなかった、大人になるための猶予期間。 昔よりも勉強することが増え、社会構造が複雑になったことで生まれた期間。 周囲の外圧からではなく、自分の意志による大人化。 良い面もあり、悪い面もある。 「若様の時代とは違いますから」 「そうだね」 小さい頃から山野を駆け巡った。 その経験を活かし、父と共に大仕事もした。 「・・・・よくよく考えれば、彼らくらいの年だったかな」 「・・・・ですね」 外部からの敵を迎え撃ち、散々に痛めつけた。 「今回もそうできるといいね」 「・・・・若様」 少し弱気な声に、香里奈が反応する。 お膳を挟み、対面に座っていた体勢から立ち上がった。そして、義明の隣に座る。 「何ですか?」 「どんなことがあっても、必ず守りますから」 「・・・・うん」 今回の誘拐は、派遣された戦力を把握するために、ギリギリまで待った。 だが、今度は最初から全力で守る。 もしかしたら、彼らと戦いになるかもしれない。 穂村直政はそうではないが、穂村亜璃斗と鹿頭朝霞は何かを考えているようだ。 香里奈は一般的な大人たちの考え、「所詮は子ども」を否定する。 年齢など関係ない、やる必要に駆られた人間は、やるしかないのだ。 そういう状況において、できた人間だからこそ、彼女たちは生きているのだ。 戦国時代において、そのような過酷な状況に置かれた少年がいる。 「遅すぎた戦国大名」として有名な、独眼竜・伊達政宗。 政宗は、十八歳のころに反伊達勢力によって危機的状況に陥った。 世に言う「人取橋の戦い」だ。 父が死に、その弔い合戦として二本松城を攻撃した伊達家が、蘆名家を中心とした南奥州連合と常陸佐竹家を相手にした戦い。 兵力差三倍以上の、野戦である。 守り手が有利な籠城戦においても、寄せ手が勝つ指標とされる兵力差三倍。 それが野戦である。 また、伊達側の奇襲攻撃という戦略的優位でもなかった。 正々堂々とした、真正面からの一大決戦である。 この過酷な状況で、政宗は自らも太刀を振るい、八〇〇〇の兵を指揮し続けた。 彼はやらなければならない状況で、それができたからこそ生き残ったのである。 「これから、ここにはSMOの大軍が集いましょう」 それを相手にできる者たちがここにいる。 だが、だからこそ、それができない者たちからすればここは死地である。 「あなたは英雄ですが、表と裏がはっきり分かれたこの世界では、無力です」 「・・・・情けないことにね」 「ですが、"私たち"がいます」 「頼りにしている」 「ええ」 香里奈はそう頷き、義明の手を握った。 その瞬間、ふたりから弱い【力】が放出される。 ふたりにとっては軽い儀式。 それを屋敷にいた能力者たちには感知できなかった。 だが、屋敷外にいた者に、感知できる者がいた。 SMOside 「―――屋敷内より異能反応!」 屋敷内をスキャンしていた異能者が声を上げた。 これに副長と諜報員が驚く。 「まさか、鏡か?」 大久保の言葉に、異能者は首を振った。 「分かりません。しかし、反応はそう大きなものではありません」 「・・・・確認するが、その反応と言うのは、精霊術師のものではないのだな」 「はい。彼らの【力】が放射されれば、もっと大きな【力】となります」 返答を受け、大久保は考え込んだ。 「班長、鏡に封印されているものではないでしょう」 「封印? どういうことだ?」 副長の言葉に疑問を示す。 「諜報員の報告では、鏡の所有者は封印物として旧組織に報告しているそうです」 「ふむ・・・・」 鏡に封印されていたものでもなく、精霊術師のものでもない。 そこから考えられるのは、ふたつである。 (精霊術師や家政婦以外の異能者がいること) それは別におかしくない。 旧組織をまとめる陸綜家なるものは、数多くの異能者を取り込んでいるとのこと。 (もうひとつは、『真田十勇士』とかいう輩が攻め込んでいるということ) 大久保としては、後者が強いと思う。 何せ屋敷内で平時的に異能を使う事態が訪れるとは思えないからだ。 精霊術師と真田十勇士が戦っている。 敵が一堂に会している今、自分たちは何をすべきだろうか。 「うむ、今が好機、というやつだろうな」 まさに一網打尽だ。 「・・・・ちっとマズイことになっちまったぞ」 何やら副長が焦った様子で呟いているが、それを無視して大久保は無線機に言い放つ。 「総員、突撃!」 命令と共に懐から取り出した呪符を放り投げた。 展開されるのは、一般的な中位結界。 周囲に音を漏らさない効果もあるので、この場では十分すぎる。 何せ、自分たちの主力武器は重火器なのだから。 「おかしな仕掛けはあるだろうが、表の暴力には無力だろう」 表の暴力が強力なのではない。 裏の仕掛けと言うのは表に反応しないものだ。 例えば、罠でも起動条件が【力】の感知であれば、重火器は無視できる。 ミサイルの信管が、着発式なのか時限式なのかの違いだ。 もっとも簡単に言うならば、「裏の罠」という人物は表の攻撃を認識できない。 だから、行動を起こすことができないのだ。 「・・・・抜いたか」 案の定、門扉は携帯式グレネード弾の着弾を受けて傾いた。そして、次弾で崩れ落ちる。 一応、対鉄砲用に鉄板を挟んであったようだが、グレネード弾の前には無力だ。 「突入し、滋野義明氏を確保! 邪魔するものは蹴散らせ!」 「「「おおう!」」」 一般隊員たちは銃を手に、次々と門扉の残骸を飛び越えた。 「精霊術師が相手ですよ?」 「なあに、この世で最も組織的に対精霊術師戦術を研究したのは、我々だぞ?」 副長の言葉にニヤリと笑みを浮かべる。 SMOは退魔が本業だが、裏の社会を守るために暴走した能力者を狩る仕事もあった。 精霊術師が暴走した場合、当然精霊術師一族も動くが、それを待っていられない。 だから、SMOが狩るのだ。 「地術師のガキめ。すでにその能力は暴かれているのだ」 すでに大久保の頭には、鏡の破壊は二の次になっている。 ここで、地術師を討つことは、大久保の昇進を意味していたのだ。 |