第六章「鏡、そして百合の花」/2


 

「―――ふむ、典型的な田舎ですね」

 心優は古ぼけたコンビニを見上げながら言った。
 夕方で空が茜色に染まり、カラスが鳴いている光景など、のどかそのものである。
 そんな町にも有名ブランドではないが、コンビニはあった。
 その看板には営業時間が書かれている。
 つまりは24時間営業ではないのだ。
 因みに場所は屋敷のすぐ麓だったりする。

「ニーズに合ってていいじゃないか」

 あれから直政は心優を連れて屋敷の外に出ていた。
 心優も嬉しそうに周囲を探検したものである。
 周辺確認も兼ねているが、本当は心優を話し合いの場所から遠ざけることが目的だった。

「心優はここまでどうやってきたんだ?」

 自分たちが乗ってきた電車以外の時間はなかったはずだ。
 まさか昼の便で到着していたとは思えない。

「まさかヘリか!? ヘリなのか!?」

 つい先日、唯宮家が保有するヘリで拉致されたばかりだ。

「ヘリって・・・・そんなわけないじゃないですか」

 直政の言葉に驚いた心優は、人差し指を振りながら言う。

「いいですか、政くん。航空機には航続距離と言うものがあるんです」

 ヘリコプターは固定翼機ほど航続距離は長くない。

「音川からここまでいったい何キロあると思っているんですか?」
「うっ」

 兵器関連に関しては、心優は異常な知識を持つ。
 その心優に言われれば不可能な気がしてきた。

(うーん、こいつなら途中で給油とかしそうな気がするけどなぁ・・・・)

「もしかすれば、流氷アイスがあるかもしれません!」
「いや、ねえだろ」

 ツッコミも聞かず、心優は脇にあったコンビニに突撃する。

「信州だから、氷河はあるかも」

 ちょっと興味が惹かれ、心優の後に続こうと扉に手をかけた時、声がかかった。


「―――へぇ、この田舎に若いのが来るんだー」


 若干間延びした、それでもよく通る声。
 振り向けば、郵便局員と思しき男が立っている。

「まあ、滋野さん家のお客さんでしょ?」
「はい、そうですけど・・・・」

 どうしてわかったのだろうか。

「やっぱりね。あの人、職業柄お客さんがいっぱい来るんだよ」

 「キミもいいとこの息子さんだったりするのかな」と呟きながら、カバンの中を漁る。

「あったあった」

 一枚の封筒を手にした彼は、それを直政に差し出した。

「これ、滋野さんに届けてくれるかな?」
「え? でも、いいんですか?」

 他人への郵便物を他人に預けることに対する問い。

「ああ、いいのいいの。俺気にしないし」
「いや、コンプライアンス的にどうよ?」

 直政のツッコミを無視し、郵便局員は封筒を押し付ける。

「じゃあ、よろしく~」
「軽いな、おい!」
「ろうふぃまふぃた(どうしました)?」

 コンビニからアイスを加えた心優が出てきた。

「残念ながら流氷アイスも氷河アイスもありませんでした」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 自分があるかもしれないと思っていた氷河アイスのことを言われ、呆れてしまう。
 幼馴染だからって思考が似すぎだ。

「・・・・あ」

 手元には一通の封筒。
 郵便局員は数十メートル向こう。

「はぁ・・・・」

(もう三十分ほど経ってるし、亜璃斗がいるから大丈夫だよな?)

 きっと亜璃斗ならば、直政の気配を感じてくれるはずだ。

「心優、一度戻ろう」
「分かりました。さすがの政くんでもその封筒を食べようとしませんでしたね」
「食うかよ! 俺は黒ヤギか!」
「赤ヤギかもしれませんね」
「怖ぇよ!」

 ツッコミを入れつつ、直政は武家屋敷へと歩き始めた。






鹿頭朝霞side

「―――で、状況は?」

 朝霞は居間に腰を落ち着けるなり、そう切り出した。
 義明は内線で家政婦に電話し、お茶を持ってくるように指示を出している。しかし、それを飲んでゆっくりする暇もなく、本題に入ろうとした。
 部下に戦況報告を行わせる指揮官のようだ、と他の者は思うだろう。

(・・・・まるであいつね。ちょっと自己嫌悪・・・・)

 朝霞には一哉の姿が浮かんだ。

「ええ、説明いたしましょう」

 事の発端は、10日前だ。
 この地の古い地域から、鏡が見つかったのだ。
 鏡は古代のような銅鐸でもなく、現代のものでもなかった。
 義明の見立てでは戦国時代から江戸時代初期にかけて作られたものである。しかし、問題は鏡が入っていた木箱が、呪符によってぐるぐる巻きにされていたことだ。
 長い年月を経て、その呪符はボロボロになっていた。
 このため、発掘者である義明が鏡を取り出してしまったのだ。

「知り合いの退魔師に呪符を見せたところ、封印だったらしく・・・・」
「曰くつきの物品。ただし、裏、と分かったわけね」
「・・・・鎮守家に訊けば?」

 封印と分かっているのならば、鎮守家に訊くのが早い。

「それはそうなのですが・・・・その前に賊が押し入りまして・・・・」
「まずは防備を固めようってのね」

 ここはSMOの勢力圏だ。
 下手に動けば、SMOが介入しかねない。
 彼らも戦争中とはいえ、退魔は行っている。
 曰くつきの封印とあらば、必ず調査部隊を送ってくるはずだ。
 これらに対抗するためにも護衛部隊は少数精鋭が望ましい。

「・・・・鏡を移動させちゃダメなの?」

 亜璃斗の問いは尤もだった。
 ここがSMO勢力圏ならば旧組織勢力圏まで移動させればいい。
 木箱に入っていたサイズならば、持ち運びできるはずだ。

「それは・・・・」

 義明が困ったような顔をした。
 封印がなんであるにせよ、彼が発掘したのである。
 相応の対価をもらわなければ、商売ができない。

「・・・・結界師の鑑定を待つ必要がある、ということかしら」
「みたい」

 現在、東北もSMOの大攻勢にさらされている。
 白河の関を超えたSMOの大部隊は二本松まで侵攻していた。
 鎮守家は戦闘系の能力者を二手に分け、主力を福島に、別働隊を会津若松に展開させている。
 そのような状況で、こちらに結界師を派遣してもらえるとは思えない。

「結局、こっちで襲撃者を撃破するしかないってことか」

 最初からそのつもりだったので、朝霞に文句はない。

「じゃ、賊について教えて」
「は、はぁ・・・・」

 淡々と進めていく少女に違和感を抱いたのだろう。
 だが、朝霞はただの少女ではない。
 滅亡寸前、一家離散を経験した鹿頭家を立て直したカリスマ。
 一哉を欠いて行われた第二次鴫島事変でも存在感を示した指導者。
 陸綜家の攻撃部隊<鉾衆>の主力部隊長。
 血筋だけではない、確かな実力と経験で裏打ちされた議事進行能力だ。

「襲撃があったのは、7日前です」

 数名の侵入者が武家屋敷に侵攻。
 蔵などの収蔵スペースを荒らされたらしい。しかし、母屋に突入する前に鎮守家建設御手製の警報装置が作動。
 式神を中心にした無人迎撃システムと小規模な戦闘後、撤退したらしい。
 最後には、門の前に銭をいくつか投げたそうだ。

「「銭?」」

 小銭のことか。

「いいえ、永禄年間に使われていた正真正銘の銭です」
「・・・・えっと、荒らしてごめんなさい?」
「とんでもない! 確かに古いものですが、全国にごまんと溢れているものです! それに引き替え、蔵に収蔵されていたのは一品物ばかりだったのですよ!?」

 義明が机を叩いて大声を出した。
 その様に朝霞と亜璃斗が目を見張ったことで、彼は冷静さを取り戻す。

「申し訳ありません」

 咳払いと共に手をテーブルに伸ばし、

「・・・・そういえば、家政婦さんに頼んだお茶、まだ来てませんね」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 頼んでから30分以上経っている。

「まさか、何かあった」


「―――きゃああああ!?」


「「―――っ!?」」

 悲鳴にふたりは立ち上がり、慌てて廊下に出た。

「・・・・って、えー」

 そこにはお茶菓子とお茶を盛大にぶちまけた家政婦らしき若い女性が倒れている。
 滑ったのか、スリッパが明後日の方向に転がっていた。

「ああ、またですか」

 一緒に廊下を覗いた義明が呟く。

「うう~、すみません・・・・」

 主人の言葉を聞き、項垂れる家政婦。

「紹介します。彼女の名前は雲野香里奈。ここでお手伝いをしてもらっています」
「ど、どうも。雲野です」

 彼女は片付ける手を止め、恭しく頭を下げる。

「見ての通り、そそっかしい人ですが、家事スキルは高いですよ」
「・・・・喜んでいいのか落ち込んでいいのかわかりません」

 主人の評価に複雑な表情を浮かべた。

「ああ、そうそう。義明さん、もうおふたりのお客様も戻られました」

 朝霞が廊下の向こうに視線を向ければ、直政と心優が歩いている。

「それで、このような手紙が来たらしいのですが・・・・」

 そう言い、封筒を義明に差し出した。
 そこには六枚の銭が描かれている。

「「・・・・ッ」」

 朝霞と亜璃斗が息を飲み、義明が表情を固まらせた。

「・・・・読みましょう」

 義明が封筒を開け、中から一枚の手紙を取り出す。
 そこには、達筆な字が書かれていた。


『2日後18時、鏡を貰い受ける』


「くっ、兄さん!」
「え?」

 いきなり呼ばれた直政が変な顔をする。

「これはどこで?」
「さっき、郵便屋さんから貰ったそうですよ」
「アホ!」

 朝霞の行動は早かった。
 香里奈の脇を通り抜けると、直政の腕を掴んで玄関へと走り始めたのだ。
 亜璃斗も後を追おうと思ったが、これが陽動なのだとしたら、能力者全員が屋敷を空けるのはまずい。
 朝霞もそう考えていたのか、振り返った時に踏みとどまった亜璃斗を見て頷いた。

「よろしく!」

 一応声をかけ、朝霞は靴を履き始める。

「何がどうなってるんだ?」

 惰性でもう一度靴を履く直政が訊いた。
 頭の上にいくつもの「?」が飛んでいる。

「あの封筒には切手がなかったわ」
「・・・・・・・・はぁ」
「~~ッ、察しが悪いわね! 切手を貼っていない封筒が宛先に届くわけないでしょ!」
「・・・・あ!」

 ようやく合点がいったのか、掌を叩き合わせる直政。

「ということは、その郵便局員は差出人本人か、関係者よ」

 靴を履き、玄関から飛び出すふたり。
 直政が手紙を受け取ってから、時間が経っている。しかし、ここにいるのは、最高峰の地術師だ。

「追えるかしら?」
「任せろ」

 すぐに<土>に働きかけ、郵便局員を探す。

「見つけた」

 幸い、そう遠くないようだ。

「結界の呪符は持ってるのか?」
「常備してるわよ」

 ならば準備完了。
 朝霞はまっすぐに、直政は迂回して郵便局員を追った。

「・・・・・・・・小難しいことしなくて良かったかしら・・・・」

 結界の中に取り込み、戦闘態勢で臨んだ朝霞は、郵便局員の姿を見て呟く。

「いいえ、まさかこんなに早く見つかるとは」

 彼はバス停のベンチに腰掛け、たばこを吸っていたのだ。

「余裕ね」
「当然、こんな役目をもらうほどには、武勇に自信があるんでね」

 「よっこらしょ」の掛け声とともにベンチの裏から布でぐるぐる巻きにした長い物を取り出す。

「十文字槍・・・・」

 布が取り払われて出てきたのは、穂先部分が十字になった槍だった。
 十文字槍は突いてもよし、切り払ってもよし、絡めてもよし、と万能な穂先だ。
 問題があるとすれば、まっすぐ突いた時に直交する刃のおかげで貫通力がいまいちということくらいだ。

「よかったわね、穂村。腕試しができるわよ」
「・・・・戦わないつもりかよ」
「そんなこと言ってないわ」

 右耳のイヤリングを外し、<嫩草>を顕現させる。

「さっさととっ捕まえるわよ!」
『よっしゃー。いったれー』
「適当な声援だな、おい!」
「はーはっ、久しぶりだな、戦いは!」

 動いたのは同時だったが、郵便局員が最初に襲い掛かったのは直政だった。

「死ねや」

 容赦なく突き出された十文字槍に、直政は大身槍――穂先の形状から直槍――を叩きつける。
 術者の膂力で叩きつけられて敵の顔が歪むが、そこに笑みが浮かんだ。

「馬鹿! 相手は十文字―――」

 最後まで言うことができず、直政は大きく跳ね飛ばされる。
 敵は十文字槍を回し、柄と直交する部分で<絳庵>を絡め捕り、その機先を逸らした。そして、空いた懐に思い切り石突を叩き込んだのだ。

「長物は刀じゃないのよ!」

 多種多様な穂先の形こそ、長物の真骨頂とも言える。

「はぁっ」

 鉾を横薙ぎに振るう。
 柄で敵の胴を狙ったものだ。だが、敵は一歩下がることで穂先を避け、逆にこちらに一歩踏み込みがら空きの胴を―――

「げばらっ!?」

 胸に炎の直撃を受けて吹き飛んだ。

「ずっけぇ!」
「うっさい!」

 向こうで直政が叫んでいるが、これは試合ではないのだ。
 能力を使って何が悪い。

「はは、これは炎術師とは驚いた。九州にいるんじゃないのか?」
「あいにく、熾条宗家とは絶縁状態でね」

 鉾を肩に担ぎ、睥睨する。
 能力者最強と謳われる精霊術師を前に笑っていられる度胸は見事といったところか。

「でも、どうして俺を焼き殺さなかったんだ?」
「死人に口なし、でしょ? 情報が欲しいんだから殺したら手に入らないんじゃないかしら?」
「なるほど。では、敵わないこちらとしては、逃げの一手を打たせていただこうかな」

 にへらと締まらない笑みを浮かべた郵便局員は、一転して逃亡に移った。
 だが、その正面には直政がいる。

『素直に逃がすと思うか!』
「お前が言うな!」

 技量で直政は下回るが、地術師の探査能力がある。

『地の果てまで―――どぅわっ!?』
「げふっ」

 直政の胸の真ん中に何かが着弾した。
 遅れて発砲音が響くあたり、銃撃されたようだ。

「仲間!?」

 すぐに全身を炎で包み、防御態勢に入る。
 直政は無視だ。
 どうせ死んでいない。

「はっは! 最後に名乗りだけ上げておこう!」

 木の上に飛び乗った郵便局員の声が響く。

「我が名は真田幸村! 必ずや我が悲願の鏡を取り戻さん!」

 本名なわけがない。
 その名はこの地にとって重要で、さらには日本中で有名な戦国武将のなのだから。









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