第四章「選挙、そして挙兵」/7
「―――全く"東洋の慧眼"もやってくれるなぁ」 「ええ、それについては同意します」 親子ほど見た目が離れたふたりが歩くのはとある病院の廊下だ。 「あそこはまさに相手の牙城。生半可な戦力では返り討ちに遭う」 「と、考えて僕たちが持つ戦力を計ろうと考えているんだよね~」 罠と分かって戦力を投入する以上、一定の戦闘力を示さねばならない。 逆に戦力を投入しなくては、せっかくの新旧戦争のバランスが崩れてしまう。しかし、投入してもSMO側にも自らの存在をひけらかすことになる。 どちらに転んでも、得をするのは"東洋の慧眼"だ。 「本当に、食えない」 投入するとして、その戦力の規模も考え物だ。 場所が異空間である以上、全戦力を投入して攻撃した場合、その空間ごと切り離されてしまえば全滅する。しかし、失って惜しくない戦力を送れば返り討ちに遭い、無駄に消耗するだけ。 となれば強大な戦力を送らざるを得ないが、敵が撤退を決意しないほどの戦力規模でなければならない。 ということは上級妖魔の詰め合わせ、という選択肢は危険。 相手が求めているのはこちらの情報であり、その情報を得る機会がないと判断した場合はやはり撤退するだろう。 「まあ、こちらもそのためのカードが存在するが」 「こんなに早く切るとはね~」 "東洋の慧眼"が待ち受けているのは理性を持つ、人間。 つまり、こちらの勢力では上位に位置する戦闘員を参戦させろと迫っているのだ。 「と、ここだね」 話していたふたりはとある病室で制止した。そして、ノックもなしにその部屋に踏みいる。 「―――ふぅー・・・・ふぅー・・・・」 部屋の中には痩身長躯の青年が黄金の長髪を振り乱した状態で、拘束されていた。 「相も変わらずのようだな、獅子噛」 「あはは。だって、ここ、精神病棟だよ?」 獅子噛と呼ばれた青年ではなく、子どもが答える。 子どもが答えずとも、拘束されている獅子噛は答えることができなかっただろうが。 「出番だよ、獅子噛」 無邪気な笑みを浮かべた子どもは虚空に手を伸ばす。 その動作に青年の血走った目は手の先を追った。 「さあ、一暴れしようか」 闇の中から一本の大剣を引き抜いた子どもは危なげなく一振りして肩に担ぐ。 「壊して潰して・・・・殺していいよ」 「お、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!!!!!!」 獅子噛の双眸が赤く染まり、拘束具が粉々に砕け散った。 「ふふ、楽しみだね、"宰相"」 「ええ、本当に」 壮年の男は大剣を手に肩で息をする青年を警戒しながら頷く。 「何より、あの男の計略を砕いたことが快感です」 こうして、"皇帝"以下第三勢力は狂戦士の投入を決定した。 作戦会議scene 「―――って、なんでおらんのやぁぁぁぁぁっ!?!?!?」 どかーんと比喩でも何でもなく、爆発が起きた。 場所は煌燎城二の丸の一角だ。 因みに二の丸唯一の櫓――第二鬼門櫓は健在であるが、あそこは三の丸から狙撃を受ける可能性があるため、作戦会議を行うには不適と椅央が判断していた。 さらにこの場所にもミサイルが飛んでくる可能性があるため、防御施設として亜璃斗が"幔幕"という術式を発動させている。 戦況は五分五分だ。 SMOは外郭のほぼ全てと内郭の三の丸以下をほぼ占領した。 本丸、二の丸以外で占領を免れているのは人質曲輪ただひとつだ。 空挺部隊であった装甲兵の部隊は増援の装甲兵が三の丸に展開するなり撤退していった。 結局、朝霞と亜璃斗が撃破できた装甲兵は1名に止まり、それもふたりがかりでコンボを決めた結果である。 自身の戦闘力に大きく疑問を持つ結果となった戦闘に亜璃斗はそれから無言だ。しかし、朝霞はそれどころではない。 自分たちが敵に対して大きな戦力になれない以上、戦略の転換を図る必要があったからだ。 そこで、朝霞は小康状態に陥ったことで鉾衆に善後策を練ろうと呼びかけた。 椅央は中央管制室から出られないため、ライブ中継することで会議に参加している。そして、【叢瀬】は央芒の他、央葉が参加。 その他、朝霞をはじめ、直政、亜璃斗、瀞とメンバーが増えていったが、肝心の頭目――熾条一哉の姿がなかった。 『どうやら、30分前に緊急用エレベータを使って外郭の外に向かったようだな』 椅央からカメラの報告を受け、一同は黙り込む。 逃げた、のではないだろうが、この場に現れることはなさそうだ。 「うがぁっ!? 肝心な時にいないのはあいつの仕様なのかしら!?」 因みに第二次鴫島事変でも深夜から昼近くまで戦闘に参加しなかったらしい。 「う、うーん、後夜祭の時もそうだったし・・・・」 一哉を一番よく知る瀞でさえ、朝霞の発言に反論できなかった。 「で、でも! 一哉のことだもん! きっと何か考えがあるんだよ!」 直政のじと目を感じたのか、慌てて一哉をフォローする。 その必死さが逆に直政の心に突き刺さった。 「ってか、何もなかった場合・・・・燃やす!」 「どうやって?」 素のツッコミに怯むことなく朝霞は宣言する。 「瀞さんが大量の氷で沈める!」 「それは低温火傷だ、燃えた結果と同じだが決して燃えてねえ!」 スパンとスナップをきかせた手と一緒に自然なツッコミが出た。 (ああ・・・・なんで俺はこんなにツッコミ体質になったんだ・・・・) いや、周りが悪い。 天然で自他共に認めるボケの心優。 冷静なツッコミもあるが、基本ボケの亜璃斗。 破天荒な唯宮使用人's。 最近では強力な央葉が加わった。 「ま、まあまあ。例え一哉がよく消えたとしても、それは朝霞ちゃんが来てからだよ」 「・・・・え?」 「ほ、ほら・・・・【渡辺】の時は・・・・消えたのは最後だったよ!」 (いや、そりゃ最後はいなくてもいいでしょ) どうやら、瀞もボケ組のようだ。 『それで、いつになったらその作戦会議とやらをするんだ?』 「う、ぅほん。―――そうね、いない人をとやかく言っても仕方ないわ。ここは私が司会進行するけど、いい?」 その問いは亜璃斗に向けられていた。 血筋を気にするのであれば、直系である瀞か直政だ。 「・・・・いい」 さすがの亜璃斗も血統云々は持ち出さなかった。 「では、敵の撃破方法、ね。とりあえず、何か策はある?」 「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」 実戦部隊の者たちは早速黙った。 「炎術、地術、兵器各種と投入しても撃破できた装甲兵は少ない。だが、問題は装甲兵ではないな」 「そうネ。脆弱だった戦闘ヘリは対空ミサイルの直撃に耐えて見せたシ・・・・」 「戦車も同じだ。ありゃ、味方で撃ち合っても倒せないだろうなぁ」 直政は接近戦でも容赦なく戦車砲を使った戦車隊を思い起こす。 『第二次鴫島事変では太平洋艦隊が装備していた装甲車は撃破できたのだな?』 「えエ。バーレットで撃ち抜いたワ」 『となると、SMO本部の精鋭部隊、ということか』 「兵器だシ、量産されたらたまらないわネ」 『それはないな。日本政府はすでにSMOに対して兵器供給は絶っている。よって、自衛隊の廃品を使った改良はできない。【熾条】のように重工業を傘下に置いているわけではないSMOは現有戦力をやりくりする必要がある』 「だから撤退して関東地方に集中させたんでしょ」 話を終わらせるように朝霞は言った。 「ん? どうした、のぶ?」 央芒だけでなく、全員から注目を集めることに成功した央葉はスケッチブックを全員に見えるように見せる。 『撃破、できるよ?』 「『却下』」 「「なるほど」」 四者二様の反応があり、別反応を示した者たちを彼らは見た。 「いや、だって、戦車を一撃で無効化したぞ?」 「攻撃ヘリモ」 『却下だ、却下。のぶは戦闘行動に耐えられる状態じゃない』 「そうよ。いつ背中を撃ち抜かれるか分かったものじゃない」 央葉の暴走による被害は、両軍にとって大きい。 SMOは戦車1輛、攻撃ヘリ1機を失い、これが唯一の兵器損失である。 対して、煌燎城は本丸の乾櫓に配置された単装速射砲の弾薬庫が貫かれて爆発し、櫓自体が倒壊、さらに天守閣の一部を削り取った。 乾櫓の損失は外郭に展開するであろう敵砲兵部隊に対する有効な対抗手段を喪失したに等しく、戦略的損失は煌燎城側の方が大きい。 『今回の暴走は軽微だったが、次暴走すれば、央葉の体自体吹っ飛んでもおかしくはないのだぞ?』 (え、そこまで?) 直政はぎょっとして央葉を見たが、央葉は無表情でスケッチブックに文字を書いた。 『このままでは負ける』 「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」 央葉の言葉に誰も反論できなかった。 装甲兵の手応えとしては負けない戦いはできるだろう。しかし、兵器面に関しては乾杯と言える。 熾条一哉ならば兵器の欠陥をついて撃破できるかもしれないが、ここにいるものは彼のように兵器に精通しているわけではないのだ。 <―――ならば、そいつを戦えるようにすればいいだろ> 「「「「『――っ!?』」」」」 亜璃斗が反応し、すぐさま声の方向にある土壁をどける。 「神代さん・・・・」 そこにいたのは鞍をつけた神馬にまたがる神代カンナだ。 声の主であった神馬は開かれた土壁の間を歩いて幔幕内に入ってきた。 <この娘が我に乗れている理由を使えば、この者の過ぎたる【力】を抑えることもできるはずだ> 『本当か?』 間髪入れずに確認したのは椅央だ。 冷静な判断を得意とするが、誰よりも仲間想いであることは誰もが分かっている。 <みな、不思議に思っていたろう? 精霊術師宗家に結界士総本山と並ぶ、神代家とは何なのか> 「「「「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』」」」」 瀞以外は興味津々にカンナを見た。 戦況の打破を握る少女の能力とは何なのか。 「我が神代家の能力は管理の能力と呼ばれる」 緊張した雰囲気を貫くような声でカンナは話し出す。 「古来より曰く付きの、ようは九十九神と呼ばれる代物を手懐けてきた歴史を持つ」 九十九神とは、物や動物が年月を経て【力】を持ったもののことだ。 動物の例で言えば、猫又、物で言えば、髪が伸びる日本人形だろうか。 その神格にもピンからキリまであり、高位中の高位は九尾の狐がいる。また、少し違うが、妖刀・村正も仲間に入るだろう。 とにかく、こうした曰く付きの物品から暴走する【力】を奪い、己の制御下に置くことができる、というのが神代家の能力だ。 いわば、一種の遺伝型異能力であり、特異性においては精霊術を上回るだろう。 「まあ、簡単に言えば、能力を制御するコンピュータがふたつになるということだ」 それは能力に必要な処理能力を外部に依存することで、自身に余る【力】を有することができる、ということだ。 「しかし、それはあなたの体に影響が出るのデハ?」 神代家が持つ多くの曰く付きの物はその歴史に比例するだろう。 となれば、誰かが亡くなるごとにそれだけの物品が【力】を取り戻し、また管理の能力を持つ者が担当しなければならない。 現在、神代家はふたりだ。 ふたりで数百年、下手をすれば千数百年の間にたまった物品を処理していることになる。 「ああ、それについては心配ない」 カンナが心配ないと言えば、本当に心配ないと思えるのだから不思議だ。 <時間がない、始めようぞ> カンナが頷き、央葉を見る。 自然と央葉の背筋が伸び、指示を待つようにその顔を見上げた。 「まずは上を脱げ」 「え?」 『どうかしましたか、御館様』 「い、いやなにも・・・・」 目の前では央葉がボタンを外している。 (な、なぜだ!? 鼓動が早い・・・ッ!?) シュルッと布ずれの音と共にシャツが地面に落ち、央葉の上半身が露わになった。 華奢な見た目通り、薄い上半身は真白い肌で、真っ平らな胸の先には小さな乳首が見えている。 「なに顔を赤くしてるのかしら?」 「兄さん?」 顔を赤らめ、顔を手で覆った直政に朝霞と亜璃斗が怪訝な視線を送った。 (だ、大丈夫だ、大丈夫。俺は―――ッ!?) 意を決して手をどけ、央葉を見る。 「?」 かわいらしく小首を傾げた央葉を見て、鼓動がはねた。 (ぐ、はぁっ!?) 己のダメッぷりに錯乱状態に陥った直政に朝霞と亜璃斗は疑惑の視線を向ける。 だから、次の行動があまりに自然に行われたために反応が遅れた。 「では、失礼するぞ」 シュルッともうひとつの布ずれの音が幔幕内に響く。 「な!?」 「え!?」 「・・・・ッ」 巫女装束の白衣を躊躇なくはだけたカンナは恥ずかしげもなく、その上半身の前部分をさらした。 意外なほどの膨らみと十代特有の瑞々しい肌をそのまま背中を向けた央葉に接触させる。そして、両手を央葉の胸に回して、抱擁した。 少し斜めから見ていた直政はその膨らみが央葉の背中で潰れ、大きく形を変えるのを目撃する。 「・・・・ッ!?」 先程とは別の意味で鼓動がはね、頭に血が上った。 「フブッ!?」 慌てて顔を背けると、その顔面と後頭部にふたりの少女によって放たれた拳が命中する。 「見ない」 「動けばどうなるか、分かるわよね?」 ふたりの少女は直政をそのまま抑え込み、抵抗できないように腕を抱えて関節を極めた。 「それにしても・・・・大きい」 「私、負けてるわ。身長では勝ってるのに・・・・」 呟くふたりの向こうでは央芒が自らの胸をペタペタと触っている。 関節技の痛みに耐えながら、直政は絶対に口に出さないようにしながらひとつのことを思った。 (ああ、確かに・・・・) 腕から伝わる感触は心地いいが、残念ながらカンナのものには負けるだろう。 『言いましょうか、御館様』 (黙れ、喋るな、舌を噛み切れ) 『嫌に決まってるだろ、馬鹿野郎・・・・です』 (最後に敬語をつければ暴言内容も敬うように変わると思うなよ、小動物!) 「―――ん、よし」 馬鹿なやりとりで痛みをごまかしていた直政の耳にカンナの満足そうな声が聞こえた。 「もういいぞ」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ」」 「あだだだだだ!? もういいって言われたろ!?」 何を見たのか、急に力を入れたふたりに直政は悲鳴を上げる。 「さて、朝霞ちゃん」 「・・・・はい?」 この場の女性陣で唯一、カンナの局部に反応を示さなかった瀞に、朝霞は顔を上げることで見た。 因みにその動作で思い切り直政の左腕が引きつる。 「反攻作戦、どうしようか」 「「「「『―――っ!?』」」」」 ギョッとして皆が瀞を見遣った。 当然だ。 迎撃作戦について協議していたというのに、瀞は反攻作戦を問うたのだ。 「一哉が出て行ったのは・・・・朝霞ちゃんがいるからだよ」 視線に晒されても瀞は全く動じない。 「・・・・そうですね」 朝霞は直政と央葉、そして、神馬を見て、瀞に向き直る。 「んー、瀞さん、少し力を貸してくれませんか?」 「ふふ、おやすいご用だよ」 そうして、戦闘に参加していなかった強大な直系水術師はにっこりと笑った。 「―――よし、こんなものか」 SMO第二即応集団司令官――築山陸翔は展開した部隊を見て満足そうに頷いた。 SMOはスカーフェイス部隊の突撃によって敵部隊を分離し、外郭における効果的な反撃を無効化し、その占領域を増やしている。 さらに装甲兵は旧組織部隊に対して有効であり、損害もこれまでの戦闘に比べればたいしたことない。 ただ、ミサイル攻撃を完璧に対応されたことは誤算だった。 これで多くの戦費を消費したことになる。 「司令! マイクの準備整いました」 副官が報告してきた。 その報告は軍隊式を採用されている。 築山はSMOの最精鋭――第一特務隊出身であり、新旧戦争勃発時は東北支部において、東北支部特務隊隊長を務めていた。 その時の名残だ。 「はぁ・・・・面倒だ」 築山はマイクを受け取り、敵の城を見る。 胸に入っている無線機の主――スカーフェイスの部隊は二の丸に侵攻することができず、攻めあぐねた。そして、これから築山の部隊が攻めるのが、その二の丸である。しかし、まずはしなければならないことがある。 SMOが決して非常な集団ではないことを示すと共に、自分たちの損害を最小限に抑えることを、だ。 「あ、あー・・・・」 小さく発声練習をした築山は大きく息を吸い込み、用意していた言葉を本丸、天守閣向けて放った。 「こちらSMO第二即応集団司令・築山陸翔だ。聞こえているならば、何らかの方法で返答してほしい」 そう言い、築山はマイクを下ろす。 すると、天守の方から白い何かが飛んできた。 『こちら煌燎城守備隊・杜衆頭目の風御門飛依よ』 飛んできたのは陰陽師がよく使う式神だ。 「ほう、『風御門』に連なる陰陽師が相手だったのか」 『ふん、まさかSMO監査局長・功刀宗源の側近が相手だったとはね』 双方が皮肉を交わし、本題へと入る。 「外郭及び三の丸は完全に制圧した。一連の戦闘で、我々は貴軍の死傷者を計39名収容した。対してこちらの損害は7名に止まっている」 74式戦車の乗員が4名、攻撃ヘリの乗員が2名、スカーフェイス部隊の撃破された者が1名、の計7名だった。 つまり、主力である歩兵部隊の損害はゼロなのだ。 「戦力差はいかんともしがたく、貴軍に勝機はない。我々は無駄な殺生を好まず、武装放棄の末、降伏せよ」 降伏勧告だ。 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 式神は沈黙した。 「どうします?」 風御門は天守閣の最上階にいた。 風御門の格好ははちまきをして、十字で埋め尽くした深紅の特攻服を羽織っている。 腰には鍔が異様に長い西洋剣を持ち、全身で十字をアピールしていた。 これは風御門の戦術が早九字を利用するものであるからだ。 戦闘力においては、本家の者を凌駕したと謳われる風御門は判断を仰ぐように背後を見た。 「好きになさい」 そこにいたのは、総大将の地位にいる緝音だ。 戦闘初期こそミサイルを撃墜していた女傑だが、敵ミサイル以外の防御には手を貸していなかった。 戦略家である彼女はいざ戦闘が始まれば、部下に行動の自由を与えて暴れさせるのが常である。 「それでは・・・・」 欄干に立てかけてあった狙撃銃――H&K MSG-90を手に取り、欄干の縁を支えにして構えた。そして、スコープに写る十字の中心をとあるものに合わせる。 「築山、返答するわ」 『聞こう』 「貴様らが撃破した者たちは確かに私の指揮下にある連中よ。でも、ここにどういう奴らがいるか、分からずに攻撃しているわけではないでしょう?」 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・精霊術師』 苦虫を噛み潰すように吐き捨てる築山は、蛮勇を持ち合わせた血気盛んな指揮官ではないようだ。 敵の切り札の戦力を正しく理解している証拠である、その怯えは風御門に力を与える。 「貴様らが二の丸の大地を踏むことはない。そして―――」 スコープの向こうで築山が右手を掲げた。 「その砲弾も届かない」 「―――っ!?」 攻撃命令を下そうとしたその瞬間、天守閣の一角で何かが光ったと思うと、展開していた自走砲の正面装甲が撃ち抜かれた。 「なっ!?」 戦車ほどではないとはいえ、SMO式の自走砲は狙撃銃如きで撃破されるほどおとなしくはない。 「―――っ!?」 咄嗟に前面に能力を発動。 磁力に弾道を歪められた弾丸は築山を逸れ、戦車前面装甲に弾かれた。 「自走砲を下げろ! 戦車は前面に展開し、砲撃開始! 歩兵部隊も突撃を開始しろ!」 そう言い、撃破された自走砲から転がってきた部品を磁力で引き上げ、反発力で射出する。しかし、それは途中で真っ二つに切断された。 「早九字、か・・・・ッ」 ―――ドォッ!!! 「な、ぁっ!?」 突然、内郭を取り囲んでいた水堀の水が動く。 正確に言えば、大瀑布のごとく本丸と二の丸の間から流れ落ちていた水が素直に堀へと落ちず、外郭の大地へと流れ落ちた。そして、それは瞬く間に凍りつく。 不穏に思ったのか、1輛の戦車が主砲をその氷に向けた。 撃ち放つのは徹甲弾か、榴弾か分からないが、たかが氷如き一撃で粉砕できるだろう。しかし、戦車の砲門が咆哮することはなかった。 それより先に氷から黄金色の光が伸び、戦車の正面装甲に風穴を開けて見せたのだ。 「撃て、撃てぇ!」 動揺が走る中、築山の前面に展開した歩兵分隊は横並びで小銃を撃ち放った。しかし、 小銃の射撃音が響き渡るが、その音を上回る轟音にて彼らは大きく吹き飛んだ。 「チィッ、マジかよ!?」 いきなり人垣がなくなり、開けた視界にいたのは、報告にあった地術師と戦車及び攻撃ヘリを撃墜した能力者だ。 「―――いた! 敵大将!」 『川中島よろしく推参なりぃ~!』 地術師が叫び、石礫を撃ち込んでくる。 「はっ、なるほど! 我慢比べというわけだ!」 自走砲の装甲板でそれを防ぎ、粉々になった金属を磁力で引き合わせて鋭い刃を作った。 「地術師の防御力は半端ないが、刃物に関してはそれから外れるらしいからな」 『む、御館様、あやつなかなかの地術師通ですぞ! いやぁ、我々も人気者ですね!』 「アホか、お前は!? ってか、チッ、一度加工された金属だから俺の言うことは聞きゃしねえか」 『というか、あれ、合金ですからね。自然界にない素材まではさすがに<土>の領域とは言え、無理です』 アホな掛け合いをしたふたりは巨馬から下り、構えをとる。 「央葉は適当に乗り回して周囲を攪乱してくれ」 『了解』 スケッチブックを小脇に抱えた能力者は戸惑う自走砲や戦車にその視線を向けた。 「応戦だ! 応戦しろ!」 優位な状況を見事にひっくり返され、混乱していた装甲兵たちは築山直々の命令に素直に動く。 こういう時に訓練の成果が出るものだ。 「で、俺の相手はあんたがやるのか?」 「当然だ。精霊術師を相手にできる能力者はあいにく前線に配置しているんでね」 築山は能力を発動させる。 強力な磁力に身につけていた電子機器は軒並み使用不可能になったが、仕方ない。 出し惜しみしては死ぬのだから。 「さあ、始めよう。天守閣が陥落するのが先か」 『貴様が倒れるのが先か! ですね!』 「おい、いいとこ取りするなよ!」 「しまらねえなぁ。まあ、そんなこと言ってても攻撃するんだけどよぉ」 「『―――っ!?』」 瞬間、擱座した自走砲から砲弾が飛び出した。 |