第四章「選挙、そして挙兵」/5


 

 ―――カンカンカン、カンカンカン

 警鐘が城内に鳴り響く。
 守備隊は所定の位置に散り、指揮官たちは状況整理と戦術確認のために天守閣へと集う。
 天守閣からでも深い森に阻まれ、敵軍は見ることができない。しかし、敵は確実に転移していた。
 この城――煌燎城は鎮守家が威信を賭けて築き、熾条宗家が現代兵器を寄進している。
 中世の城塞の態をなしながらも、現代では捨て去られてしまった要塞の機能をしっかりと保っている。
 この箱庭のような空間では航空戦力などほぼ無意味。
 陸上戦力だけならば、対戦車を念頭に置かれた築城設計に阻まれるだろう。しかし、この城を攻めるのは現代軍隊ではない。
 また、守るのも現代軍隊ではない。
 共に裏に生きる人間たちが己の威信を賭けて激突するのだ。

(何て、考えているのは裏の中でも上層にいる奴らだけだろうな・・・・)

 一哉は緋を肩車した格好で天守閣から外郭を見下ろしていた。

「――― 一哉」
「あ・・・・」

 緋は声の主に向き直ると慌てて一哉の肩から飛び降りる。

「始まりましたね」

 一哉の隣で欄干に両肘をついた緝音は頬を両手で固定し、敵戦力の方を見遣った。
 当然、緝音も見ることはできないが、敵は各種センサーが無効化されつつ、強行軍と突撃しているらしい。

「しかし、物々しくなりましたね」

 本丸の櫓から吐き出された地対空ミサイル発射高機動車4輛を見下ろしながら、緝音は言った。
 八連装であるため、32本の対空ミサイルがあり、各櫓の天井には76mm単装速射砲が備え付けられ、脇には連装の対空ミサイルランチャーが装備されている。
 ふたりがいる天守閣の4階部には多数のミサイルランチャーが並び、外郭の外に展開する敵を射貫く準備は整っていた。
 これら全てが第二次鴫島事変の鹵獲品だ。

「さて、一哉、頼もしい装備ですが、敵は本気でしょう? あれだけで足りますか?」
「雨あられと降ってきたら対応できないが・・・・なあに、ここは現代兵器だけが鎬を削る表じゃない」

 一哉は緝音に流し目を送り、欄干から離れた。

「そのために、ここにいるんだろ?」
「当然」

 緝音は欄干に背中を預けながら指をパチリと弾く。
 それと同時に一斉に射出された敵ミサイルの一群が巨大な火の鳥に食い尽くされた。

「ぶしつけな金属の矢は私が叩き落とします。あなたはあなたのなすべきことをなさい」
「了解。頼りにするぞ」
「当然です。私はあなたのおばあちゃんなのですから」

 そうかっこつけた瞬間、天守閣からミサイルが射出される。

「おやおや、こちらが抱える矢も張り切っていますね」

 緝音は目を細め、一本数千万円の対地ミサイルを見送った。





穂村直政side

「―――よし、集まったね」

 直政たちが大広間に集ってから数分後、ようやく作戦会議が始まった。
 すでに戦端は開かれているようだが、まだ城門周辺までは押し寄せてきていないらしい。

(ってか、ミサイルの応酬って言う信じられない戦闘なんだけど・・・・)

 直政がそっと亜璃斗に視線を向けると、彼女も一緒なのか、肩をすくめて見せた。

「最初に、今日合流した御門直政、穂村亜璃斗両名に自己紹介しておく」

 上座に座り、声を響かせていた女性がふたりに向き直る。

「風御門飛依(カザゴモン ヒイ)ね。この煌燎城守備隊――杜衆の頭目を務めている」
『ほう、要塞守備隊長ですか。お若いのにたいしたものですね』

 刹が耳元で囁く。
 確かに風御門は二十代前半とおぼしき風体である。しかし、この女性はあの熾条緝音から守備を任されるほどの逸材なのだろう。

「風御門といえば、土御門家分家の中でも武闘派だったはず」
「ってことは陰陽師か・・・・」

 土御門家。
 本邦史上最高の陰陽師――安倍晴明を輩出した安部氏は後に姓を変えている。そして、その直系こそ土御門家だった。
 土御門本家は陰陽寮の役人を輩出する政治家だったが、その分家たちは本家の意向より武闘派と占術派に分かれている。
 風御門家はその武闘派として栄え、明治以降も東京へは移らず、京都を本拠として活動していた。しかし、年始の挨拶に他家に赴いていた当主をミサイルで失い、その後のどさくさでSMOより攻撃を受けて壊滅している。

「あなたが私たちの直属の上司、ですか?」
「いいえ、違うわ。私たちは主に守備隊・・・・持ち場についてその場所を守る部隊を指揮するため、組織的防衛戦術しか採れないわ。だから、一騎当千である君たちは遊撃隊に任命されているの」
「遊撃隊?」
「そ。実はそれについて説明するはずだったんだけど、時間がなくて、今になったのよ。ってわけで今から説明するけど、いい?」

 朝霞が風御門の言葉を引き継いだ。

「遊撃隊――鉾衆は文字通り、鉾となって相手を突く部隊で、集団で戦う杜衆と違って、少数精鋭主義よ」

 鉾衆に所属する者たちは朝霞率いる鹿頭家、椅央率いる【叢瀬】が所属している。
 鹿頭家は炎術師集団であり、ひとりひとりが上位の能力者だ。
 【叢瀬】に関しては数名が戦闘力を持っているが、大部分が子どもである。しかし、椅央を筆頭とした情報戦部隊は屋内戦闘では支援攻撃が可能だった。
 事実、現在干戈交えているミサイル部隊は椅央直属の子どもたちである。
 因みにもうひとつ、情報収集班として識衆というものが存在していた。
 杜衆、鉾衆、識衆の3つは陸綜家直轄部隊であり、他の綜家の命令を受けることはない。
 このため、新旧戦争において、裏に隠れる敵勢力との戦争にのみ投入することが可能なのだ。

「先輩・・・・とと、渡辺瀞さんも鉾衆ですか?」

 直政は末席――というか、会議参列者の列に加わらず、部屋の隅――で赤ん坊をあやしていた瀞に話を振った。
 そして、気になる。あの赤ん坊こそが目撃された子どもだろうか。

「え? うーん・・・・私は・・・・特別顧問?」
「「はい?」」
「私、鉾衆の頭目の命令でも無視できるんだよ。ま、基本的には異議申し立てはしないけど」

 直系となればかなりの地位にいられるということだろうか。

「というか、鉾衆の頭目は?」
『そうですね。風御門殿の左手に座られているのは杜衆の各指揮官殿とお見受けしますが・・・・』

 因みに右手に座っているのは鹿頭朝霞、叢瀬椅央、叢瀬央芒(ススキ)、穂村直政、穂村亜璃斗の4名だ。また、瀞はこちら側の隅に座っている。
 これが鉾衆の面々なのだろう。
 また、識衆は表だって戦う者たちではないらしく、緝音のサポートに徹するらしい。

「兄さん、ここにいない人物が頭目というならば、ひとりしかいない」
「・・・・やっぱり?」

 予想はしていたが、やはりそうなのだろう。

「―――遅くなった」

 そう思った時、まさにばっちりのタイミングで彼は現れた。

「風御門、緋の報告では装甲トラックが第二防衛線を突破したらしい。杜衆は全員持ち場に着くべきだ」
「分かったわ。私たちはとにかく守る。だから、勝利への道しるべはしっかりつけなさい」

 そう言うと風御門は立ち上がる。

「杜衆は持ち場へ。識衆の情報では装甲兵が主力になっているとのことだ。全員、一般隊員主力といえども気を抜かないように」
「「「はい!」」」

 見事に統率された杜衆は返事をするなり立ち上がり、我先に大広間から走り出した。

「瀞さん、娘をよろしく」
「はい、飛依さんも気をつけて」

 瀞が抱いていた赤ん坊――どうやら、風御門の娘――も母親に向かって笑いかける。
 そんな光景を見ていた直政の前を一哉が横切り、上座に胡座をかいた。

「さ、鉾衆の作戦会議といこうか」

 視線で椅央に発言を促す。

「まず、転移した敵戦力はSMOの再編された強襲部隊だ。最近、甲信及び東海方面へ出撃している部隊とはまた別の部隊と考えられる」
「つまり、それだけSMOの再編はなったと言うこと?」
「ああ、だろうな。となると、第二強襲部隊ということにしておく。そして、その主力は撤退してきた各地方戦力が根幹となっているだろう」

 一哉の話では一〇〇〇近い一般隊員と数百名の関係者が東北支部、中国支部から撤退しているらしい。
 因みに北陸支部が置かれた金沢は結城・山神連合軍に敗れ、近畿支部の大半は藤原秀胤率いる反SMOに取り込まれた。
 組織的な戦力を有し、また、戦意があるのは先の二支部のみであり、その再編が急がれていたことを察知していたという。

「緋の話ではトラックに満載された一般隊員は皆、装甲に身を包んでいたという」
「遅かったのかしら、高雄は」
「ま、結果的にそういうことだな」

 ポンポンと一哉と椅央、朝霞の間で言葉が交わされ、直政と亜璃斗には全く理解ができない。

「亜璃斗・・・・」
「高雄とは前に兄さんが戦った高雄研究所のこと。そして、そこできっとSMO一般隊員用の装甲が開発された」

 亜璃斗の推理はこうだ。
 SMOは新旧戦争勃発以後、戦力の再編と集中を果たすために中国地方と東北地方より撤退を開始した。しかし、中国地方の開発部が持つ高雄研究所は今後の戦況を左右しかねない大事な兵器が開発されていた。
 それが一般隊員用の装甲である。
 退魔や犯罪者を取り締まる戦闘で、一番被害が大きいのが一般隊員である。
 一般隊員は銃器しか戦う術がなく、その方面での攻撃力は向上していた。しかし、防御力に関しては全く触れられることなく、一度崩れ立てば、一気に数十名が殉職するなどざらであった。
 一哉以下鉾衆はその情報を受け、直ちに高雄研究所を攻撃したが、作戦がばれていたらしく、手痛い反撃に遭った。さらにせっかく制圧しても、研究員の大半は撤収していたのだ。

「ああ、あの戦い・・・・そんな背景があったのか・・・・」
『というか、聞いただけでよくそんな推理ができましたね』
「私、新聞部」
「『いや、それだけで納得できない』」
「これくらいじゃないと記事を書かせてもらえない」
『いっそ、部活のまま本邦防諜機関に任命されればいい』

 やけくそ気味に言い放った刹は直政の胸ポケットに収まった。
 因みに会議はふたりをよそに続けられており、結論に向かいつつある。

「敵は必ず武装ヘリを展開するはずだ。あのばあちゃんも天守閣を守るので手いっぱいというところだろう」

 事実、外郭はかなり叩かれ、倒壊している櫓もある。
 というか、マッハを超えるミサイル数発を視認して撃墜する技術は能力者という範疇を超えている。

「天守閣にいる間は安全だが、戦地に出た場合、頭には気をつけろ」
「武装ヘリは私が狙撃するワ」
「もちろん、央芒には邪魔な航空戦力を撃破してもらう。朝霞には―――」
『てきはたいほーをうってきました』

 どうやら野戦砲の隊列が外郭周辺に作られ、次々と砲撃を開始したらしい。

『いっぱいとばくはつし・・・・・・・・・・・・って、え!?』

 通信に驚きの声が混じり、報告していた【叢瀬】はやや興奮気味に言った。

『たいほうからそーこーへーがうちだされ、じょうないにしんにゅー』

 拙い発音だが、言っていることは分かる。

「空挺部隊の運用法を・・・・特殊装甲の防御力を当てにして榴弾砲から撃ち出したか」
「に、人間大砲・・・・」

 直政は口元を引きつらせながらつぶやいた。

「って、人が砲口に収まるわけないじゃない。どれだけ大きい砲弾を飛ばす気よ」
「装甲兵を飛ばすための特殊砲塔だろうな」

 一哉は立ち上がる。

「そんな装甲兵が一般隊員なわけがない。杜衆には荷が重すぎる」
『えぇ!? お姉様! 大変です!』
『外郭に侵入した装甲兵は三の丸の城壁を登り始めました!』
『脇からの掃射を担当する機銃座は榴弾砲の直撃で沈黙!』

 椅央の護衛を兼ねる3人娘からの報告を受け、鉾衆の首脳陣は頷き交わした。
 まず、椅央が座っていた畳がそのまま沈み、エレベータのようの下へ向かっていく。そして、朝霞は脇に置いていた漆黒の鉾を手にして立ち上がった。

「行くわ。穂村も準備いいかしら?」

 鉾を肩に立てかけ、ポニーテールのリボンを結び直す朝霞が問う。

「あ、ああ。でも、どこへ?」
「迎撃」

 素早く眼鏡を外した亜璃斗はトンファーへと転じさせ、一哉を見た。

「三の丸から二の丸に至るまでに大階段があったろう? あそこで敵を迎撃する」

 一哉はそう言うと、すぐに無線機を取り出して指示を始める。
 それは直政たちが派遣される区域の守備隊を撤退させろ、という内容だった。

「悪いけど、ここからは臨機応変の実戦よ。しばらく私の指揮下に入って」

 キュッと結び終えたリボンから手を離し、朝霞は鋭い視線を直政に向ける。
 それは家柄などを無視した、実力主義の判断だ。

「分かった」

 こうして、直政は高雄研究所と同様に、なし崩しに戦闘に巻き込まれていった。




「―――ひどい・・・・」

 朝霞が大階段に到達した時、三の丸からはいくつもの火の手が上がっていた。また、砲弾の着弾と共に黒煙を上げる外郭が見える。
 本丸を守っていた火の鳥はその防衛範囲を天守閣だけに縮小しているらしく、他の櫓からは迎撃のミサイルなどが発射されていた。

「全く、非常識な戦いだこと」

 <嫩草(ワカクサ)>を一振りしながら呟く。
 ミサイルが飛び交う戦場など、第二次鴫島事変くらいだと思っていた。しかし、事実、この戦いでも両勢は現代兵器を駆使してお互いの出鼻を挫こうとしている。
 本物の戦争と違うのは、その兵器だけでなく、結局は白兵戦にもつれ込むことだろう。
 当然、機関銃の掃射なども行われるので、そう頻度はないだろうが、この城の改修計画で、射撃戦をできるだけ抑える設計になっていた。

「来たわね」

 眼下――はるか下に十数名の人影が見える。
 いや、人影と言っていいのか分からないほど巨体が、階段の段差をものともせずに駆け上がってきた。

「さて、穂村さん、作戦は分かってるかしら?」

 朝霞は横にいる亜璃斗に囁く。

「分かってる。兄さんが敵を引きつけ、私たちが奇襲する」

 ふたりがいるのは大階段ではない。
 二の丸から大階段上を通過する回廊の屋根である。
 大階段まで7メートル以上の高低差があるが、精霊術師の身体能力なら問題ない。
 問題があると言えば、少しでも着地をミスすると、段差で脚を破壊しかねないことだった。

「信じていいのね」
「大丈夫。兄さんは丈夫だし、磁力操作は間違えない」

 この作戦を立案したのは朝霞だが、その生命線を握っているのは穂村兄弟に他ならない。

『さあ、夷敵よ! ここにおわすは御門宗家宗主、逃げも隠れもせぬ故、思う存分武威を揮うがいいわ!』
「って、お前が名乗り上げてどうすんだよ!?」

 城門の真ん前に陣取った直政が名乗りを上げた。
 それは事前に決めていた作戦開始の合図だ。
 装甲兵の動きは滑らかだった。
 数名の兵が軍用タガーを引き抜き、驚異的なスピードで直政に迫り、踏みとどまった数名が味方撃ちの危険を全く考えていない動作で短機関銃を撃ち放つ。
 おまけにグレネードを放つ輩までおり、オーバーキルもいいところだった。

「だらぁっ!」

 グレネードの爆発で巻き上がった砂塵の中から深紅の輪が広がり、飛びかかっていた装甲兵を跳ね飛ばす。
 それと同時に朝霞と亜璃斗は屋根から身を投げた。
 階段に撒いておいた砂鉄と靴裏につけておいた砂鉄が引き合い、ふたりは予定の位置に着地する。
 それは踏みとどまった装甲兵のすぐ傍だ。

「「・・・・ッ」」

 そして、彼らが反応するよりも早く、精霊術を重火器向けて叩きつけた。
 朝霞が放った熱波で、銃身が溶解する。
 亜璃斗が放った砂鉄が引き金を固定させる。
 これで、銃器は使えない。

「はぁっ」

 朝霞が振り回した鉾に叩かれたふたりの装甲兵が大階段を転がり落ちた。しかし、致命傷にはならないだろう。だがそれでも、朝霞は神業とも思える鉾捌きで、装甲兵を跳ね飛ばした。

「次ッ」

 足裏を爆発させるという熾条鈴音から学んだ近接戦闘術でタガーを引き抜いていた装甲兵に肉薄した朝霞はそのままの勢いでひとりの首を掴む。

「うひょ!?」

 彼は直政の傍を通過し、石段を破壊して地面にめり込んだ。しかし、通常なら意識を飛ばしてもおかしくない衝撃を受けても装甲兵は止まらない。
 両手で階段を握りしめ、力尽くで起き上がった。

「・・・・ッ」

 それと同時に振るわれたタガーの鋒を紙一重で避けた朝霞は周囲の装甲兵諸共爆炎付きの鉾旋回で跳ね飛ばす。しかし、ひとりだけ跳ね飛ばされずに踏みとどまった。

「くっ」

 長柄武器は旋回させた場合、元に引き戻すことが難しく、どうしても時間がかかってしまう。
 それを見越した鉾捌きを見せればいいのだが、大技で次を考えていなかった朝霞の行動に連動性はなかった。
 つまり、装甲兵の攻撃を回避することは―――

―――ドゴンッ!!

 胸元まで迫った鋒が勢いよく横にスライドし、装甲兵の姿がかき消える。
 その代わりに亜璃斗が立っていた。

「油断、大敵」
「分かってるわ」

 トンファーをくるりと回して敵に向き直る亜璃斗の隣で朝霞も鉾を構える。
 階段を転がっていった装甲兵たちは起き上がり、訓練された動きで武器を構え直していた。
 総勢十七名。
 銃器を失ったことで、全員が軍用タガーを手にしている。
 主な攻撃手段が刺突である以上、リーチの差はそのまま戦況に影響すると考えられた。
 特に朝霞たち三人は防御に重点を置くことが可能な武器だ。
 また、人数に関しては階段という戦場がかなりの補正を与えている。
 階段という容易に包囲できない狭さと足場の悪さ、そして、弾き返されれば落差による間合いの延長など、防御に徹する限り、かなり有利な戦場だ。
 最も、装甲兵の体力に付いていかなければならないのだが、それは精霊術師であることでだいたいはクリアできている。

「いい、穂村。相手を斃そうとは考えないこと。とりあえず、堅実に相手を捌きなさい。慣れてきたら反撃していいから」

 朝霞は穂先に熱波を纏わせながら言った。

「分かったかしら?」
「はいはい。部活で耳ダコになってる」

 長物部での教えは、基本的に棒術にある。
 これは間合いを計るのに最適であり、各流派を取り入れて、または派生させて発展してきた武術である以上、他の武術に対する適応力に優れているからだ。
 また、体作りに際しても優れており、朝霞も小さい頃から鉾ではなく、棒を使ってきた。
 棒術の生まれは薙刀など刃がついた武器が、折れることによって刃を失った状態で、戦闘を続けたことにあると言われている。
 戦場にありながら敵にトドメを刺す刃なく、如何に生き残るか。
 その模索の末に生まれたことを重視し、統世学園長物部の信条は武闘派部活にしては珍しく、防衛戦術なのである。

「来る!」

 装甲兵たちが一斉に地を蹴り、再び階段を駆け上ってきた。しかし、その脚は再び止められることとなる。
 轟音と共に飛来した一発の銃弾は先頭の装甲兵胸部に吸い込まれ、わずかな破片を散らした。だが、衝撃力は吸収しきれなかったらしく、数人を巻き込んで転がり落ちていく。
 さらに着弾した対地爆弾は階段ごと破壊する勢いで爆発し、後続を弾き飛ばした。

「・・・・やりすぎだろ・・・・・・・・・・・・」

 思わず直政が呟く。
 朝霞もそう思ったが、砂塵の向こうで敵がむくりと体を起こす姿を見て戦慄した。

「借りるワヨ!」
「うげっ」

 だというのに、直政が急降下してきた央芒によって持ち上げられる。

「鉾衆トップからの伝言。『装甲兵をあやすのに術者3人も不要。現時点で最も防御力の高い御門直政はさらなる内郭侵入を阻むため、外郭へ投下スル』ヨ」
「ちょっと待て! 投下って何だぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」

 あっという間に数十メートルまで上昇した央芒は外郭上空で直政を手放し、本当に投下した。

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?!?!?!?」

 悲鳴を上げる人影が高い石垣に囲まれた内郭の向こうへと消える。

「に、兄さん・・・・」
「待ちなさい。死にたいのかしら?」

 思わず駆け出そうとした亜璃斗の肩を掴んだ。

「単身突撃で突破できるほど、奴らは甘くないわ。下手すると、青木ヶ原で戦ったあの騎兵よりも手強いわよ」

 何せ、あちらは撃破できる。だが、正直、あの装甲兵を無効化する方法は現状のところ思いつかない。

「関係ない。全部ぶっ飛ばす」
「やれやれ。血は繋がってなくてもやっぱ兄妹か」

 肩から手を離し、朝霞は無挙動で敵に炎を叩き込んだ。そして、それは連鎖的に爆発して炎の華を咲かせる。

「ま、そういう考え方は嫌いじゃないかしら」

 そう言い残し、我先にと炎の壁を突き破って進軍してきた装甲兵へと身を躍らせた。









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