短編「WD記念」


 

 3月14日、ホワイトデー。
 バレンタインデーとは違い、そもそもの発祥が日本であるこのイベントは、巷をにぎわすお菓子業界のバレンタイン陰謀のそのものである。
 何せ、まさに「バレンタインのお返しにおかしを送ろう」というコンセプトでお菓子業界が始めたのだから。






穂村直政side

「―――クリスマス、お歳暮、バレンタイン、ホワイトデーと、12月から3月はお菓子業界の繁忙期だなぁ」

 繁忙期の締めくくりの前日、穂村直政はデパートの特設会場でお菓子を選んでいた。
 恰好が部屋着にエプロンなのは、ここに来るために払った代償だ。

「心優も亜璃斗もこういうことには鋭いからなぁ」

 商品片手に遠い目をする直政。
 夕食の支度中に調味料がなかったからとそのまま出かけてきたのだ。
 もちろん、本当に調味料はなかったし、この後買って帰るのだが。

(亜璃斗はなんでも喜ぶと思うし、心優に値段で張り合っても仕方ない)

 先月にくれたチョコレートも、きっとどこかの海外ブランドだったのだろう。
 何やら手作りっぽく梱包してあったが。

「悩むのはあいつだな・・・・」

 思い浮かべたのは鹿頭朝霞だ。
 クラスは違うが、バイト先の同僚で、裏稼業でも一緒に行動することが多い。
 彼女自身も直政に、というよりも知り合いにはとりあえず、というスタンスで配っていたに違いない。
 風呂敷を背負っていたのを見て、バイト先の店長が大爆笑していた。
 その後、飛んできた小さなチョコレートが口に入り、勢い余って喉奥に直撃、悶絶していた。

「あれだけ持ってたのに、手抜き感はなかったからなぁ」

 "働くお嬢様"とも呼ばれる朝霞の家は、見た目と違って意外と金がないらしい。
 また、金銭感覚がまともな朝霞は、心優のように高級ブランドに手を出さない。
 手作りで経費を抑え、工夫で安っぽく見せないセンスを窺わせた。

「・・・・まあ、無難に、一緒にしておこう、全部」

 下手に分けると、それを聞きつけた心優と亜璃斗がうるさそうだ。
 結局、日和見に走った直政は高すぎず、安過ぎずの値段で選び、レジへと歩き出した。






熾条一哉side

「―――よくもまあ、これだけのイベントにできるな」

 直政がお返しを選んでいた頃、熾条一哉もホワイトデー特設売り場にいた。
 一哉はホワイトデーの発祥は知らないが、昨年も経験したこの雰囲気にげんなりしていた。

(「全然お返しとかいいからね!」と言っていたが・・・・)

 一月前に同居人の渡辺瀞から、何故か学校でチョコレートをもらった。
 吟味する前に主にクラスメートで編成された討伐隊と激戦となったが。
 因みに一哉が逃げる時に見た瀞は、笑顔で手を振っていた。
 突然始まった激戦の結果は、鎮圧に出た担任教師がチョークの洗礼で全滅させて一人勝ち。
 その時のチョークは何故か茶色で、見ていたものから「チョコ弾の惨劇」と呼ばれているのだが、それは別の話だ。

(家で渡せばいいのに・・・・)

 今思えば瀞にも何らかの戦略があったのだろうが。
 今更聞ける雰囲気ではない。

「『お返しはいい』とか、どう考えても期待している、な」

 去年もそう言って、上げるとものすごく喜んだものだ。
 具体的に言えば、夕食が一品増えた。
 また、一哉は他にも友人などからチョコをもらってはいるが、適当に済ませた。
 わざわざ郵送までしてきた妹には同じものを緋が運搬している最中だ。
 きっと途中で腹を空かせた緋にいくつか食われていることだろう。

「ふむ・・・・」

 しかし、どうするか。
 昨年はお返しをしたというサプライズで喜んでもらえたと思う。
 今年は貰えるだろうと予想されているだけ、ハードルが上がるというものだ。
 下手に高価なものを買っていけば、家計を握る彼女は怒るかもしれない。

「勝手が違いすぎる・・・・」

 やや途方にくれながら、一哉はこの店全て燃やしてやろうかと現実逃避を始めた。
 そんな時、ひとつの製品が目に留まる。

「こういうのは直感か・・・・」

 どれも厳しい審査を潜り抜けてきた逸品だ。
 値札も外してもらえば問題ないはず。

「よし」

 理論武装が完了した一哉はそれを手に取ってレジへと歩き出した。






結城晴也side

「―――さてさて・・・・」

 一哉が現実逃避気味に商品棚を眺めていた時、結城晴也は買い物かごを持って特設会場を歩いていた。
 特に個数、値段を気にせずポンポンとかごに商品を入れる姿は、お返し選びではなく、この機に珍しいお菓子を買っちゃう、ちょっと空気の読めていない客である。
 しかし、晴也にとってこれらのお菓子は正真正銘のお返しだった。
 何せ両手では足りないほどもらったのだから。

(半分くらい部活のメンバーだけどな!)

 晴也が所属する弓道部は男子部員より女子部員の方が多く、この手のイベントに手を抜かないことが伝統だ。
 何せ渡し方が矢に括り付けて相手を射る。
 プレゼントの重みで弾道計算が変わるなど、学べることは多々あった。
 数人の男子部員が負傷するのも毎年のことだ。
 また、晴也はどんな小さなチョコでも必ずお返しすることから、部員以外の女子から上げておいて得な人と認識されていた。
 選び方は無造作だが、決して安くないものを手に取っており、この辺りはさすが良家の子息である。

「・・・・後は、綾香か・・・・」

 晴也は前髪をかき上げ、やや物憂げなため息をついた。
 山神綾香からもらったチョコレートは、手作りである。
 話を聞けば、瀞と共に作ったそうだ。

「ここで俺が手作りチョコを渡せば・・・・・・・・・・・・ダメだ、愉快な未来しか想像できない」

 「それもいいな!」と手作り用コーナーへ足を運びかけたが、思いとどまった。

「調理途中で飽きるに決まってるぜ」

 飽きた結果、渡す物がなければ怒りはしないが、拗ねるに違いない。

(あいつの拗ね方はネチネチしてて精神的に打撃が大きいかんな)

 この考えが綾香に伝われば物理的な打撃を喰らうことになるだろう。

「・・・・まあ、ここは数と種類で勝負だ」

 意外と好みがわからなかった晴也は、多種多様なチョコの詰め合わせを手に取った。






3人scene

「あ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「お?」

 レジ待ちの列に並んだ直政、一哉、晴也は三者三様の反応を見せた。
 おのずと視線は彼らが持つ商品に向く。

「・・・・晴也、買い物かご満杯とは、ひとりで食うには多すぎないか? 寂しい奴だな」
「ちっげぇよ! 全部お返しだっつぅの!」

 晴也が一哉の言葉を全力で否定した。

「それはそれで、嫌味な奴だな」

 続く一哉の言葉に直政が無言で頷いている。
 因みに直政と晴也は面識があった。
 御門宗主と結城宗家当代直系三子としての関係ではなく、学園の先輩後輩――というか、心優関連で、である。

「おめえこそ、有名お菓子詰め合わせとかどんなセンスだ。ご丁寧に食玩までついて」
「あいつのことだ。どうせ緋と一緒に食うに決まっている」
「だから、あのちびっこの好みってか?」

 晴也が額に手を当てて天を仰ぐ。

「カーッ。若い身空で父親の気分を満喫ってか。いいパパだこと」
「確かに。お返しなのに子供基準って・・・・」

 一哉の無意識な子煩悩チョイスに、晴也と直政が割と本気で引いていた。

「お前こそ、全部同じとか・・・・・・・・」
「日和ったな」
「うぐっ」

 ふたりから手に抱えたチョコを指摘され、直政が呻く。

「しかも、エプロンって・・・・・・・・手作りに失敗したか?」
「・・・・料理関連でお前には言われたくねえだろ、歩く爆弾魔」
「うちには初見殺しもいるぞ」

 一哉の壊滅的料理――そもそも料理が完成しない――と瀞の初めての料理だけ失敗する特性を知らない直政が首を傾げるが、そもそも自分の話だったと思い出して否定した。

「いやいや。妹と幼馴染にばれないように抜け出すためのカモフラージュだし」
「・・・・あの嬢ちゃんのことだ。尾行でもついているんじゃねえか?」

 晴也が何気なく周囲を見回す。

「大丈夫です。ちゃんと"確認"していますから」
「なるほどなるほど」

 直政の含みを理解した晴也がわざとらしく頷いた。

「でも、あの嬢ちゃん、ハッカー雇って店の監視カメラハッキングとかも普通にしそうだしなぁ」
「・・・・ッ」

 それは考えていなかった、とばかりに直政が慌てて監視カメラの位置を確かめる。しかし、外から見ただけではハッキングされているかは分からない。

「一哉、お前こういうの詳しいだろ?」
「ん? まあな」

 会話の外にいた一哉が首肯した。

「ただ、ハッキングするより店の警備員を買収する方がはるかに確実だろ」
「そうだな」
「・・・・なんだ、この先輩たち」

 "裏"の能力以外は"一般人"である直政が、学園の精鋭学級を率いる彼らに戦慄する。


「―――とりあえず、お客様?」
「―――とっとと商品をレジに通して」
「―――くれませんかねぇ!?」


 いつの間にか最前列になっていたレジ列の前で、店員×3がこめかみに青筋を浮かべながら妬ましげな視線を放っていた。

「す、すみません」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 直政が謝りつつ、他2名は無言でレジ台に商品を置く。

「「100万円になります」」

 バーコードを通さずに店員はのたまった。

「ついでに粗品です」

 ひとりが直政に手渡したのは目覚まし時計付の箱だ。

「って、時限爆弾かい!?」
「「「はっはっは! 爆発するがいい!」」」
「さすが統世学園2年生、よく分かっている」
「って、先輩か!?」

 直政がツッコミを入れ、晴也が満足そうに頷き、一哉が代金(正しい)をおく。

「じゃあな」
「おい、待てよ」

 晴也が懐から封筒を取り出し、中に入っていた小切手に0を6書いて0の左に1を書いた。そして、封筒に入れて店員に渡す。

「「「「え?」」」」

 慌てて封筒の中身を確認する直政と店員を置いてふたりは歩き去った。

「「「「って、子供銀行小切手じゃねえか!?」」」」

 4人のツッコミを聞いた晴也が爽やかな笑みと共に親指を立てる。
 因みに、封筒には小切手の他にチョコ代がぴったり入っていた。

「「「貴様は払えよ、100万」」」
「・・・・どうしてこうなった・・・・」

 さりげなくフェードアウトした先輩2人に残された直政が、店員に捕獲される。
 直政が解放されたのは、モテない3人の愚痴が、喉が涸れることで止まった頃だった。









Homeへ