密会


 

 北アフリカ戦線。
 それは独伊枢軸国軍と英国連邦軍(イギリス、オーストラリア、ニュージーランド等)が激突した、スエズ運河攻防戦である。
 それに付随して、主要輸送路となる地中海制海権を巡るいくつもの海戦が勃発し、太平洋とは規模の大きさこそ違え、激戦が交わされた。
 ただ戦闘の主舞台は陸上であり、その戦局を左右したのは補給と戦車である。
 太平洋において、その趨勢を左右するまでに成長した航空母艦と同じく、戦車は欧州戦線にて戦局を左右する兵器だ。
 戦いの中で戦車は豆戦車や歩兵戦車、巡航戦車を生み出しつつも主力は中戦車に移行する。
 さらに中戦車から装甲と砲をより強大にした重戦車が生まれていた。
 彼らを撃破するために砲だけを強力にした自走砲まである。
 この北アフリカ戦線は戦車を中心に目まぐるしく戦線が移動した。
 だが、そんなシーソーゲームも1943年5月、枢軸国軍の降伏で幕を閉じる。
 これは精強なドイツ陸軍装甲部隊を連合軍が物量で打ち破った戦いだった。



 そんなひとつの戦線が整理されようとする5月1日、3人の海軍佐官が日本海軍軍令部第三部に集っていた。






高松嘉斗side

「―――陸軍はさすがに意気消沈していました」
「ドイツがイギリスを撃破し、欧州方面からこの大戦を終える、という筋書きはほぼ水泡に帰したからな」

 1943年5月1日、大日本帝国海軍軍令部第三部の一室で、高松嘉斗と源田実、そして、もうひとりの海軍中佐が向かい合っていた。
 それぞれが補佐として従兵を連れているが、会話に参加するのはこの3人だ。

「で、欧州戦線のことを聞かせるために俺を呼んだのか?」

 嘉斗と源田の会話を聞かされていたもうひとりの中佐が組んでいた腕をほどきながら言った。

 内藤雄。
 海兵52期で嘉斗や源田の同期。
 今は連合艦隊司令部の航空参謀を務めていた。
 前職は第三艦隊航空甲参謀であり、空母機動艦隊航空参謀として、源田の後任を担う。
 彼によって立案された作戦で、南太平洋海戦や第三次ソロモン海戦を戦い抜いた。
 ミッドウェー海戦の戦訓から索敵を重視する姿勢は高く評価されている。

「ふたりは俺が忙しいのは分かっているだろう? 無駄話をするのならば帰るぞ」
「もちろん、欧州戦線の状況も理解してもらおうと思っていました」

 にこりと笑って先程の会話が無駄話ではないと主張する。

「宮様、そういうところは変わらんな」

 ため息と共に内藤は席に座り直し、出された茶を口に含んだ。
 「話を聞く」というスタンスだ。

「さて、内藤も焦れたことだし、本題に入るか」
「やっぱり無駄話じゃないか」

 じろりと源田を睨みつける。

「全くの無駄ではないぞ」

 しれっと言い放ち、己の従兵から受け取った書類を内藤の前へと投げ放った。

「・・・・・・・・・・・・おい、『次期作戦への意見書』とか書かれているぞ」
「よかったな。貴様の目は正常のようだ。今からでも爆撃任務に就けるな」

 「戦闘機の源田」、「爆撃機の内藤」と呼ばれ、同期間では両機種戦術の第一人者だ。
 前任の連合艦隊航空参謀・樋端久利雄海軍大佐(戦死後、一階級特進)と共に海軍爆撃術の体系化に貢献している。

「昨年末から米軍の新型空母が就役を始めています」

 誰にでも一度は噛み付く源田の頭を叩き、嘉斗は話を続けた。

「今年中にもう一度叩いておかなければ来年はもう勝負になりません」
「・・・・つまり、これは敵空母撃滅作戦、ですか」
「ええ。い号作戦の折に出てくると思ったのですが、出てきませんでしたから」
「我々もそう想定していましたけどね」

 その分、敵基地や輸送船団に対する攻撃が不徹底だったことは否めない。

「現在、第三部が確認している敵空母は大型空母3隻、中型空母1隻、小型空母2隻です」

 開戦以来の歴戦大型空母「エンタープライズ」、主に大西洋で活躍する中型空母「レンジャー」以外は1942年末以降に就役した新造艦だ。
 エセックス級航空母艦である大型空母「エセックス」、「ヨークタウンⅡ」。
 建造中の巡洋艦を途中で空母化したインディペンデンス級空母の「プリンストン」、「ベロー・ウッド」。
 い号作戦の段階で太平洋側に実戦配備されていたのは大型空母2隻だけだったので、さすがに出られなかったのだろう。

「次の海戦では大型空母2乃至3、小型空母1乃至2が出てくる可能性があります」
「後は地中海の戦いも空母の必要がなくなったとすると、『レンジャー』を回してきてもおかしくない」

 源田がかぶせるように言った。

「・・・・? 地中海でどうして空母がいらないんだ? 北アフリカ戦線の後はマルタ島、シチリア島を攻略し、イタリア本土侵攻だろう?」

 上陸作戦支援に航空戦力は必至だ。

「マルタ島はドイツ軍の北アフリカ撤退後に放棄されるとのことです」

 マルタ島が枢軸国軍の手に落ちた後、北アフリカへの補給は随分楽になった。
 結果、枢軸国軍は何度も連合軍に襲い掛かり、連合軍はアメリカの補給やオセアニア軍を使って何とか戦線を維持し、両軍ともに大打撃を受けた。
 最後はトーチ作戦と呼ばれるアフリカ北西部への上陸で、チュニジアで枢軸国軍を挟み撃ちにした連合軍が勝ったが、マルタ島の航空支援を受けて多くの軍団が欧州へ撤退している。
 チュニジアに残っていたのは枢軸国軍5万ほどで、連合軍は枢軸国軍主力部隊の撃滅には失敗したと日本軍は考えていた。

「北アフリカへの補給を考えないのだとすれば、マルタ島はいりませんからね」
「よって、地中海の制空権争いはなくなり、連合軍にとって空母はいらないわけだ」

 正確に言えば、イギリス軍の空母で十分なのである。

「そこで北アフリカ戦線が関わってくるのか」

 内藤が納得したように頷いた。

「敵戦力が最大6隻となると・・・・・・・・」

 大型空母90~100機、中型空母70-80機、小型空母30~40機とすると、敵戦力は最大460機。

「今の第三艦隊は4個航空戦力ですから‥‥」

 第一航空戦隊:「翔鶴」、「瑞鶴」。
 第二航空戦隊:「雲龍」、「飛龍」。
 第三航空戦隊:「瑞鳳」、「龍鳳」。
 第六航空戦隊:「勢鳳」、「向鳳」(旧「伊勢」、「日向」)。

 大型4隻、中型2隻、小型2隻の計570機。
 敵戦力との差はおおよそ敵大型空母1隻分。

「意外と差がないな」
「まあ、こちらには第二航空機動艦隊や完熟訓練中の『清鳳』がいますが・・・・」

 「清鳳」は「龍鳳」と同じく潜水母艦からの改装であり、約30機の航空機を搭載できる小型空母だ。

「向こうにも護衛空母艦隊がいるからな」

 この両艦隊はガダルカナル島封鎖作戦で激突し、日本海軍が勝ちはしたが、封鎖を解かざるを得ない被害を受けた。

「敵の空母部隊を撃滅しなければならない理由は分かった」

 内藤が頷き、意見書を手に取る。
 開戦前は基地航空隊が充実しているから日本海軍は航空戦力で有利と言われていた。しかし、蓋を開けてみれば米陸軍航空隊が手ごわいことから思うように進んでいない。

「それで、これを俺に見せる理由は?」

 内藤の視線は源田に向いていたが、内藤の問いに答えたのは嘉斗だった。

「それはまだ作戦を担当する軍令部第一部への提出段階ですが、実行する場合、現実的な段階に落とし込むのは内藤ですからね」
「出す前に意見が欲しい」
「情報の機密性としてどうなんだ」
「僕は情報の専門家ですけど?」
「・・・・だからどうなんだよ・・・・」

 ため息と共に意見書を読み始めるあたり、嘉斗のそういうところは諦めているらしい。

「・・・・単刀直入に言っていいか?」

 まだ簡単な意見書なので、5分もしない内に読み終わった内藤は困惑した表情で言った。
 骨子は以下の通りだ。

 目的:ソロモン戦線における戦力逆転の阻止
 目標:米空母部隊の撃滅
 概要:ソロモン諸島に上陸した敵部隊及び来援する米空母艦隊を第三艦隊で叩く
 時期:昭和18年6中旬~7月上旬

「どうぞ」
「まず―――」

 内藤は意見書の一文を指差す。

「『ソロモン諸島侵攻作戦が6月中旬~7月上旬』とあるが、根拠は?」
「米軍の戦力移動状況とい号作戦の戦果からだ」

 米軍は明らかに南方にシフトしており、中部太平洋への侵攻作戦の兆候は今のところない。
 ハワイは攻勢起点ではなく、輸送中継点となっていた。

「い号作戦は成功だろう?」

 い号作戦の目的はソロモンおよびニューギニア方面において、敵部隊撃滅による攻勢遅延と同方面に対する補給だ。

「成功したのは補給だけと見るべきだ」

 源田の言う通り、山本五十六元帥(戦死後、昇進)のこともあり、敵部隊撃滅に失敗したのは確実と言える。

「だが、補給成功ということは敵軍も攻勢作戦を練り直すのでは?」
「当初そういう意見も出ていた」

 増援成功と敵輸送船撃沈などで敵の攻勢は早くとも8月以降と判断する、という大本営の結論だった。
 だが、軍令部第三部による諜報活動および第一部による戦果再検討によって、今ではそれは誤りだと判断している。

「第三部では早ければ6月、遅くとも7月中旬までに中部ソロモンへの侵攻作戦が発動されると考えています」
「第一部ではそれに呼応してニューギニア方面でもラエ・サラモアへの侵攻が本格化すると考えている」
「二正面作戦か・・・・」

 嘉斗と源田の分析に、内藤が呻き声を上げるように呟いた。

「作戦担当分けでニューギニア方面は陸軍、ソロモン方面は海軍と決定しています」

 「まずは海軍がソロモンに集中するということでの作戦です」と続けた嘉斗は視線を源田にやる。
 後は任すということだ。

「内藤が次に気になっているのは作戦発動時期だろう?」
「ああ、なぜ『上陸した敵部隊』とあるのか?」

 「上陸前に叩くことが常識だろう?」と内藤が首を傾げる。

「お前の頭にはミッドウェーがあるのだろう」

 ミッドウェーの戦いは日本軍がミッドウェー島上陸のための爆撃中に奇襲された。
 日本海軍はミッドウェー島の航空戦力と戦っており、新手に対しての兵装転換中に叩かれたのだ。
 ソロモンの戦いではこれを逆に米軍に強いると良いのでは? と内藤は言っているのだ。

「米空母部隊だけを叩くのならばそれでいい」
「それが目標だろう?」
「少し欲を見たいじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・」

 源田の作戦は米空母部隊撃滅という戦術的勝利より、米軍のソロモン侵攻とん挫という戦略的勝利を狙っていた。

「米軍がこちらの守備する島に上陸して戦闘している中、その支援艦隊である米空母を撃滅。さらに上陸中の輸送船団および海岸に展開する敵兵を水上艦にて撃滅する」

 敵前上陸が可能な戦力は如何に米軍とはいえ限りがある。
 この機会に叩いておこうというのだ。

「だが、それでは基地航空隊が消耗してしまう。各個撃破される可能性がある」

 敵軍が上陸してくるということは、同地の制空権を奪われているということ。
 それはすなわち、同地の味方航空戦力の壊滅を意味する。
 そんな状況下で第三艦隊が攻撃を仕掛け、敗北してしまっては同戦線の巻き返しなど不可能だ。
 投機的、とまではいかないが、1943年中にソロモン戦線自体が消滅しかねない。

「そうだな。第三艦隊と基地航空部隊との緊密な連携が鍵となる」
「・・・・・・・・・・・・それを俺にしろと・・・・?」

 母艦航空隊と基地航空隊はそれぞれがそれぞれの指揮系統で動いている。
 連携を取るには統一作戦司令部が必要だった。
 それを編制しないのならば指導するのは連合艦隊司令部だ。

「さすがに佐官では無理だ」
「と、思っていますので、副参謀長を入れることにしました」
「・・・・福留中将の補佐は小林少将が来る予定だが・・・・?」
「今の司令部に航空屋はいませんから」

 新連合艦隊司令部の将官は以下の通りだ。
 連合艦隊司令長官、古賀峯一大将。
 参謀長、福留繁中将。
 副参謀長、小林謙五少将(内定、6月より)。
 砲術・水雷が中心であり、航空作戦に精通している人材はいない。

「こうした人材が上では通る作戦も通らないでしょう?」
「福留中将の後任となる中澤少将も不安がっていた」
「中澤少将は自分が判を押したんだろうに・・・・」

 福留の前職は軍令部第一部長であり、その後任に決定している中澤佑(現海軍省人事局長)も連合艦隊司令部の偏重を気にしていた。

「と、いうわけで生粋の航空屋を用意しました。―――どうぞ」
「―――そう言われての登場はやりにくいぞ」

 嘉斗の従兵が扉を開けると、その向こうからひとりの海軍将官が脱帽しながら入ってくる。

「加来少将・・・・」

 男の容貌を見て内藤が呟いた。

「内藤とは第三艦隊発足時の顔合わせ以来か」
「ハッ。結局、共に戦場に赴くことが叶わず、残念な限りです」

 加来止男。
 空母「飛龍」の前艦長であり、大佐として臨んだミッドウェー海戦では山口少将と共に最後まで戦った。
 第三艦隊編制後、「飛龍」を降り、基地航空隊司令として内地勤務、同部隊の中国戦線投入によって中国戦線で指揮を執った。
 話は逸れるが、加来が指揮した基地航空隊は霊式艦上戦闘機、一式陸上攻撃機、九九式双発軽爆撃機と一般的な航空機の他、九九式艦上爆撃機も扱っている。
 これは急降下爆撃の威力と単発固定脚が不整地の前線に合っていたからだ。
 陸軍でも運用が始まっており、主にビルマ戦線で戦果を挙げているらしい。

「加来少将には小林少将と共に副参謀長として司令部入りし、主に航空作戦を担当してもらいます」

 小林と海兵同期ならばほぼ互角(防衛大は1期下)だが、小林の方が少将として先任であり、序列としては下となる。
 だが、「航空担当」として送り込めば、基地航空隊と母艦航空隊の調整を担当することになる。

「加来少将は艦隊空母戦も基地航空戦も両方を経験されています。これ以上ない人材です」

 嘉斗の言う通り、何も知らない後方指揮官ではない。

「とはいえ、時間が残されていないのも事実だ」
「山本元帥の遺命で、ソロモン方面への航空戦力拡充が前倒しで推進されているのが助かりましたね」

 展開する部隊番号は変わっていないが、搭乗員の大規模入れ替えや消耗した戦力の拡充が行われている。
 数的主力であった零戦二一型もようやく三二型に入れ替えた。
 これによって開戦時の主力であった二一型は南方戦線から姿を消し、内南洋や中国戦線、後方部隊に配備されるようになっている。
 また、今は空母部隊に二二型、基地航空隊に三二型となっているが、それらを統一した機能拡張版として五二型が採用間近だった。

「陸軍航空部隊も追加投入されるし、どうにか6月には戦力の再建がなされるだろう」
「米海軍の空母戦力に優越し、かつこちらの戦力がどうにか整うのが6月ということは分かりました。そして、その時に米軍が攻勢に出てくる可能性があるということも分かりました」

 目上の人間――加来――がいるので言葉遣いを改めた内藤は作戦時期について納得したように頷いた。

「ただ、それでも敵の出方を待つのは希望的観測であり、作戦の主導権を譲ることになります」

 「敵の攻勢が分かっているのであれば、その集結点に奇襲攻撃を仕掛ける方がよいのでは?」と続けた。

「敵の集結点はガダルカナルやツラギ島だ。敵の勢力圏への攻撃は危険すぎる」

 真珠湾攻撃をやってのけた源田が言うと重みがある。

「すでにこちらが強襲できるほどの戦力優位はありません」

 嘉斗が言う通り、今の日米戦力差はよく言えば拮抗している。
 悪い言い方をすれば逆転されつつある。

「この中部ソロモンで米軍の戦力をそぎ落とす」
「それがこの作戦というわけだ」

 内藤は手元の作戦案を見下ろして呟いた。

「半途討つ、か」

 川を渡ろうとする敵軍を川の手前で迎撃するのではなく、一部が川を渡り切るもしくは渡っている途中で攻撃する戦法だ。
 川の手前で迎撃する場合、敵は止まって落ち着いて対応できる。しかし、渡河途中での攻撃は身動きが取れないため大戦果が期待できるというものだ。

「で、どうでしょう?」

 嘉斗の問いに内藤は少し悩んで見せたが、やがて決意を浮かべた眸で頷いた。

「細かい修正は必要でしょうが、概ね納得です」
「ヨシッ。おい、早い内にその修正点を教えろ。第一部で詰める」
「源田。先に発起してから第一部と連合艦隊と合同で詰めた方が早い。準備期間が短いのだからな」

 内藤の承諾に源田と加来が勢いづいて今後について話し出す。

「では第三部は敵の動きの詳細調査を進めるとともに、こんなものを提示します」

 嘉斗は脇に置いていた封筒から書類を取り出した。
 『米豪軍のダーウィン地区使用状況について』と記された書類を加来に渡した。

「どう使うかは連合艦隊次第です」
「・・・・・・・・ほぼほぼ作戦立案に必要な情報は揃っているな」

 加来が内容を読んで言う。
 加来の肩口から覗き込むようにして書類を読んでいた源田と内藤が呆れを含むため息をついた。






「―――で?」
「ちょっと落ち着きましょう!?」

 秘密会議の晩、嘉斗は懇親会を断って自宅の玄関に立っていた。
 因みにまだ敷居を跨がず、扉を開けた段階である。
 門の向こうには運転手や護衛の海兵が固唾を呑んで状況を見守っていた。

「何か言い残すことは?」
「遺言!? いや、その前に何で僕は銃を突きつけられているので?」

 嘉斗を出迎えた亀が持つのは陸軍制式採用の九九式短小銃だ。
 引き金が引かれれば嘉斗だけでなく、後ろにいる護衛陣もズタズタになるだろう。

「ひろ様が刀は止めろって言うから」
「だから銃ですか。・・・・あれ? ということは今の状況は刀が突き付けられているいつもの状況と変わらないということですか?」

 後ろで若い海兵が「いつも!?」と叫んでいるが、無視である。
 その海兵の肩に手を置いて「諦めろ」と首を振っている宮内省職員には「何をだ」と問い詰めたいが、返事が怖いのでこれも無視することにする。

「因みに言っておきますけど、反動が大きいのであなたの体格とその姿勢ですと、発砲と共に後ろへ吹っ飛びますよ」
「・・・・・・・・・・・・霞耶」
「はい、母様」

 亀の言葉に娘の霞耶が亀の足にしがみつく。

「いや、意味ないやろそれ」

 家の中でこの光景を見ていた高山富奈がツッコミを入れるが、母娘は大真面目だ。
 なお、彼女たちの後ろでは息子がプルプルと震えながら壁を支えに立っていた。
 震えているのはバランスが不安定なためで、母と姉の凶行(?)に対する恐怖からではない。
 息子の視線は玄関に向いておらず、全く気にしていないようだった。
 我関せずを貫くところ、幼くして高松家で生き抜く術を習得している。

(できれば助けてほしいですが)

 齢1才の息子には酷な願いだろうか。

「しかし、今はそう間を開けずに家に帰っていると思うんですけど・・・・」

 両手を上げながらおずおずと切り出した。
 出張にも時には同行させており、家族の時間は取っていると思っている。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 そんな疑問を抱きつつ、長い時が過ぎた。
 それは小銃を持つ亀の手が震え出したことでも分かる。
 小銃プラス弾丸重量で筋力的に厳しいのだ。

(おや? と、いうことは?)

 見れば引き金にかかっている指も震えている。
 さらに何気なく振り返った嘉斗は、後ろにいた者たちが車の陰に隠れていたのも確認した。
 彼らはご丁寧に車体に魔力障壁を展開している。

「つまり―――」

 嘉斗は恥も外聞もなく体を横っ飛びさせた。
 瞬間、腹に響く発砲音と金属がひしゃげる音がする。
 亀の持つ小銃から弾丸が発射され、嘉斗が一瞬前までいた空間を引き裂いて背後の車に命中したのだ。
 至近距離と言っていい距離から放たれた弾丸は魔力障壁を貫通し、車体に食い込んで止まった。
 魔力障壁がなければ車体も貫通していただろう。

「・・・・殿下、如何に一般軍人として移動されるとはいえ、さすがに最低限の装甲を施した方がよいのでは?」

 傍に寄ってきた高山がそう言った。

「ええ、そうですね。そうしましょう」

 威力の高い小銃弾だったとはいえ、たやすく貫通されるような車で移動したくない。

「いやはや、単発でよかった。半自動小銃とかだと反動でブレた照準で殿下の魔力障壁も弾け飛んでいたかもしれません」
「魔術師が現代戦闘で真正面から兵士と戦えないわけですね」

 高山がため息をつきながら未だに地面に寝転がっていた嘉斗を引っ張り起こす。そして、同じく転がっていた小銃を拾った。
 それは発砲と共に亀が放り出したものだ。
 亀と霞耶も発砲の反動でひっくり返っていた。

「結局、なんで怒っていたのでしょう?」
「亀曰く『余興』って言ってたで」
「ただの悪戯ですか!?」

 富奈の言葉にツッコミを入れ、騒動の割に中身のない結果にため息をついた。

「本気なら刀出すやろ、亀」
「冗談の方が事が大事になるのはなぜでしょうね」

 「発砲音が聞こえたと連絡が!」とやってきた警官隊に元警官でもある高山が言い訳している。

「亀やからやろ」
「・・・・なるほど」

 嘉斗以上に濃い付き合いの富奈が言うならばそうなのだろう。
 決して考えることを放棄したのではないが、嘉斗はそれ以上このことについて言及するのを避けた。

「ですが、家に帰ることは成功したので、次の作戦も成功間違いなしですね」
「戦争と帰宅を同じ物差しで話すなんて・・・・ホンマに皇室は別格やわ」

 富奈が肩をすくめる。









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