短編「浮いた噂?」


 

 鹿頭家。
 元熾条宗家の分家であり、離反後に繁栄。
 「東の宗家」と名を馳せた退魔師一族である。
 鬼族掃討戦の指揮を執り、壊滅させた実績を持っていた。
 だが、その繁栄も昨年に終わる。
 鬼族の残党――というか、主力――の奇襲を受け、壊滅したのだ。
 そんな鹿頭本家の唯一の生き残りであり、熾条一哉の指導の下、一気に再生させたのが、鹿頭朝霞である。
 残党を率い、音川にて鬼族集団を迎え撃ち、見事撃退した。
 その最中に、長いこと冷戦状態であった熾条宗家と和睦する。
 以後、新旧戦争緒戦の決戦となった第二次鴫島事変では、熾条鈴音と共闘して一戦線を支えた。
 熾条一哉が陸綜家に属すると、共に陸綜家入りし、新設された<鉾衆>の主戦力となる。
 ひとりの武人としても、ひとりの指揮官としても持ちつつあった自信はしかし、煌燎城攻防戦で砕け散った。






「―――はぁ・・・・」

 鹿頭朝霞は家の縁側でため息をついた。
 周囲の人間から「一夜城」と呼ばれる鹿頭邸は、ひとつの大きな屋敷と道場、寺兼墓地で形成されている。
 大きな屋敷の一角には、渡り廊下で繋がっているものの、周囲からやや隔離された建物があった。
 その建物こそ、鹿頭家当主の区画である。
 朝霞がいるのはその区画だった。

「私、何をやっているのかしら・・・・」

 朝霞が落ち込んでいるのは、先日の煌燎城攻防戦のことである。
 奇襲攻撃のために、鹿頭家の部隊は連れず、単身で挑んだ。
 戦略上、御門宗家の陣代――穂村亜璃斗と共闘する。
 結果、不気味な装甲兵を二の丸に入れない戦果を上げた。だがしかし、謎の男の一撃で城門が粉砕された。

「不甲斐ない・・・・」

 ゴロンと縁側に寝転ぶ。
 鹿頭村を出てから、一撃でのされたことなどなかった。

「自信なくすなー、もう」

 幸いと言っていいのか、鹿頭家の死傷者はゼロ。
 ほぼ壊滅と言っていい<杜衆>に比べれば、無害だ。
 だが、その首領のプライドはガタガタだった。

「―――姫~、そろそろ時間・・・・ブッ」

 カラッとふすまが開けられ、少年が入ってくる。そして、部屋の光景――正確に言えば、部屋の向こうの縁側――に噴き出した。

「姫・・・・」
「あ・・・・」

 いつもキリッとしている鹿頭家当主の怠惰な姿を見た少年が、呆然とする。
 その光景を逆さまの視界で見た朝霞も呆然とした。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 沈黙が辺りを支配する中、いそいそと身を起こし、上座に座る朝霞。
 少年もそれを見届け、一礼してから下座に移動する。

「えっと、時間です」
「・・・・ああ」

 動き出した時間の中、朝霞はゆっくりと今日の予定を思い出した。
 本日は、この少年の初陣である。
 といっても、大規模な軍事作戦ではなく、退魔活動だ。
 この音川は結城宗家から特別に鹿頭家に治安維持が任されている。

「姫も行かれるんですよね?」

 少年の名前は長刃鳴耶(オサバ ナルヤ)。
 今年、統世学園中等部に入学した鹿頭家の術者だ。
 昨年の鹿頭村襲撃では、小学校の社会科見学のために村を離れていた。
 このために本人は無傷だったが、他の長刃家は全滅している。
 現在、彼が家督相続権を有しているが、相続自体を朝霞はまだ認めていなかった。
 人数の減った鹿頭家の分家を淘汰しようとしているのだ。
 実際に、養子縁組などで二家ほどが断絶している。

(でも、長刃家はなかなか切りにくいのよね・・・・)

 長刃家は特殊な炎術を使う。
 別に家が統合しようとその術は消えないのだが、なんとなく切りにくいのだ。

「えっと・・・・姫?」
「え、あ、ごめん、何?」

 考え事をして、彼の話を聞いていなかった。

「えっと、そろそろ初陣の時間ですけど・・・・」
「あ、ああ、はいはい。初陣ね、初陣」
「う、軽い・・・・」

 朝霞の反応にややショックを受けたようだ。

「しっかし、香西も思い切ったことをするわね」

 中一で初陣は早い。
 確かに鳴耶は年の割には術が安定しており、戦力になる。だが、現在の鹿頭家は妖魔ではなく、人間を相手にすることが多い。
 人殺しをさせるには、中一は精神的に未熟であると言えよう。

(まあ、私もできる限り殺したくないから、殺さないんだけどねー)

 手をかける覚悟が決まっているのは、鬼族だけだ。

「えっと・・・・」

 一向に腰を上げない朝霞に、鳴耶は不安そうな声を出した。
 「まさか土壇場で初陣が取り消されるのでは?」と考えていたのだ。

「ああほら、不安そうな顔しない。行く準備ができているなら、とっとと行くわよ」

 自分の悩みで家の者を不安にさせてはいけないと奮い立ち、朝霞は勢いをつけて立ち上がった。



「―――車使わないんですか?」

 玄関から歩き出した朝霞に鳴耶が質問した。

「できうる限り歩くことにしているの。・・・・使いたい?」
「えっと、これ、目立ちません?」

 鳴耶が背負った長い棒を示す。

「目立つ。・・・・普通の町ならね」

 ここは音川町だ。
 統制学園関係者に見られれば、たとえ日本刀を持っていても目立たない。
 もちろん、日本刀が本物であれば警察が飛んでくるのだが。

「刃もないただの棒に構うほど、警察は暇じゃないわ」
「・・・・分かりました」

 「そういうことじゃないんだけどなー」とやや恥ずかしそうに頬を赤くする。

「さ、行くわよ。別に時間の約束はしていないけど、先方の性格だと待っていそう」
「・・・・出発が遅れたのは姫のせいじゃ―――」
「ん?」

 笑顔と共に右耳のイヤリングを触った。

「すみませんでした!」

 ガバッと頭を下げた鳴耶の目はやや潤んでいる。
 ちょっと灸が効き過ぎたらしい。

「それにしても・・・・」
「何?」

 テクテクとふたりで道を歩く。
 旧市街地とも呼ばれる鹿頭邸の周りは、静かだ。
 大きな道も少し離れており、自動車は少ない。そして、建ち並ぶ家には木々が植えられており、夏でも空気が少し冷たい。

「姫、ずいぶん高等部に進んでから変わりましたよね?」
「・・・・そう?」

 自覚がない。

「ええ、何というか、いい感じに力が抜けたというか・・・・」
「まあ、音川に来てから2月までは忙しかったから」

 鬼族迎撃から第二次鴫島事変まで一息つく暇がなかった。

「陸綜家に所属してから、頼りがいが出ましたし」
「・・・・あいつの教育方針が合っていたって言うのが癪かしらね」
「は?」

 ポツリと呟いた言葉は聞こえなかったようだ。

(放任主義がいい教育方針とか思いたくないけど)

「いいのよ、別に。いい方向に変わったってことでしょ?」
「はい。余裕が出てます。もう誰も『若いから』とか言いませんよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 その評価はちょっと嬉しい。
 だが、素直に表現するには、相手が幼すぎた。

「わかったような口聞いちゃって」

 照れ隠しにぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。
 女子にしては長身の部類に入る朝霞なら、如何に成長期に入ったとはいえ、まだ中一の少年の頭を撫でることくらい造作もない。

「ん?」

 それでも違和感を抱いた。

「鳴耶、あなた身長はいくつになったのかしら?」

 意外に頭の位置が高い。

「え? 4月以降測ってませんけど、4月は162cmです」

(私は168cmよ)

 だが、よく見れば目線が同じ位置にあるような気がする。

「伸びたのかしらね」

 思わずなでなでと手の勢いを緩めた。そして、それがいけなかったと朝霞は猛省することになる。

「―――これはもしかしなくてもスクープなのではないのでしょうか!?」

 数メートル向こうから、聞き知った声がした。

「・・・・・・・・・・・・ッ」
「うが!?」

 聴覚をそれが刺激した瞬間、朝霞は手を振り下ろす。
 もちろん、頭に手を置かれた鳴耶の頭を下方へ圧迫することになった。
 そのため、彼は小さな悲鳴を上げる。

「・・・・なぜ、新市街地のあなたがここに?」

 嫌だが、誤解を解かねばならない。
 となれば、会話しかない。
 そう考えた朝霞は声の主に向き直った。

「散歩です」
「ありえない。運動神経ゼロどころかマイナスまで踏み込んでいるあんたが散歩なんて」
「私は歩くことすら否定されるんですか!?」

 朝霞の物言いに戦慄する心優。
 しかし、そんなことで誤魔化されるほどかわいい性格はしていない。

「それで、そちらの男の子はどなた?」

 にっこりとほほ笑まれた鳴耶は、頬を染めた。
 普段の言動はともかく、見た目は麗しい心優だ。
 中一の少年が恥ずかしがらないはずがない。

「えっと・・・・」

 鳴耶は困った視線を朝霞に向けた。

「どうしたらいいですか、姫?」
「姫!?」
「あーもう、黙って」

 朝霞がめんどくさそうにイヤリングをいじりながら言う。

「こいつは親戚よ。それで一緒の屋敷に住んでいるの」
「ひとつ屋根の下ですか」
「屋敷だっつーの。私の家とは別よ」

 実際には廊下がつながっているのだが。

「にしては、仲がいいです」
「悪い? 私の家は私より年下が2人しかいないの。もうひとりは赤ん坊だしね」
「なるほど。年の近い従姉弟みたいな感覚ですか」

 納得した心優の言葉に対し、朝霞は首を傾げた。

「・・・・私たち、従姉弟だっけ」
「えーっと少なくとも又従姉弟以内ではないはずですよ」
「・・・・ずいぶん遠い親戚ですね」

 率直な感想を言った心優は、思い出したように時計を見る。

「おっと、凪葉を待たせてしまいます。それでは!」

 急いだ風に言い、歩き出す心優。

「走らないのかしら?」
「転ぶから走っちゃダメ、と政くんが・・・・」

 拗ねるように口をとがらせる。

「さすがあんたと言うべきね。転ぶということいいと穂村のいうことを聞くことといい」
「前者は甚だ不本意ですが、後者は当たり前と言っておきましょう」

 本当に時間がないのか、それ以上会話を続けることなく、心優は一礼して去って行った。




「―――さて、着いたわけだけど」

 朝霞と鳴耶が到着した場所は同じ旧市街地に位置する神代神社だ。

「どうして待っていられたのか、聞いていい?」

 鳥居の下で仁王立ちしていた神代カンナに問いかける。
 因みにその威圧感に鳴耶は若干怯えていた。

「当ててみるか?」
「その返答ですでに確信したわ、何があったのか」

 ため息をつき、残り数段を上がって境内に入る。

「『あの女がみょうれいの少年をはべらして町を徘徊しています』とメールが来た」
「あの娘、国語もダメか」

 「みょうれい」→「妙齢」とは普通は女性に対して使うものだ。

「というか私の名前が入っていないのに、どうして分かったの?」
「心優が初めから敵対心むき出しの知人はお前だけだ」
「なるほど」
「納得できるお前もお前だと思うがな」
「知らないわよ。向こうが勝手に突っかかってくるんじゃないかしら?」
「その通りだな」

 カンナは話を終わらせ、鳴耶に視線を向けた。

「こいつか」
「ええ。そして、アレが?」

 朝霞は境内の中央に置かれた猫の置物に目を向ける。

「では、早速」

 カンナは持っていた弓に矢を番え、その猫に向けて射った。
 それと同時に結界が展開する。

「ね、猫又?」

 カンナの矢を置物が動いて回避した。

「そういうことだ。もう奴は私の言うことを聞かん。殺れ」
「だってさ」
「はい!」

 棒から布を取っ払い、鳴耶は猫又に走って行く。
 鳴耶の"気"が高まった時、棒の先から青白い炎が出て、穂先を作り出した。
 これが長刃家の特徴だ。

(この妖気だと・・・・落ち着けば楽勝。・・・・でも、落ち着けるかどうかが戦闘で問題)



 戦闘自体、十分もかからずに終わった。
 元々、場所が限定されていたことにより、両者の戦闘力の勝負だったからだ。



「いてて・・・・」
「ほら、大人しくしなさい」

 朝霞が擦り傷や打ち身を負った鳴耶の傍に持ってきていた救急箱を持って座る。

「染みるわよ」
「はい、いちち」

 猫又は素早く、鳴耶の攻撃はほとんど当たらなかった。
 体当たりやひっかきで次々と攻撃する猫又に、鳴耶が勝ったのは一計を彼が案じたからである。
 炎でできた穂先を紙一重で躱すようになった猫又に対し、"穂先を伸ばす"ことで対応。
 一撃で猫又に致命傷を与えた。

「訓練通りにできたようね」
「な、何とか・・・・」

 熾条宗家のように、何気ない炎で退魔をなせる炎術師は少ない。
 故にとあるものに特化した形で退魔を行ってきたのが、諸家と呼ばれる者たちである。
 鹿頭家は熾条家を出奔した折に反熾条の諸家を掻き集めて発展した。

「長刃家の家督襲名を許可するわ」
「ホントですか!?」

 鳴耶が目を輝かせる。
 増えた家門の整理をしてきた朝霞が存続を認めた家は三家しかない。
 鹿頭家家裁を務める香西家。
 生き残り最年長で社会経験に長けた当主を持つ久埜家
 実働部隊副班長の茅場家。
 香西家のみ、鹿頭家の分家であり、残りは諸家出身である。
 そこに長刃家が加われば、四家。

「鹿頭四天王―――アテ!?」
「馬鹿なこと言わないの」

 中学生らしい発想に頭を叩く。

「ま、よく頑張った」

 そのまま頭を撫でた。

「へへ・・・・」

 くすぐったそうに、照れくさそうに笑う鳴耶。
 優しく撫でる手が、固まった。

「―――本当に見たの?」
「そーなんです! というわけでメールしたのに返事がないカンナさんに突撃・・・・ってあれ?」

 騒がしい声と共に階段を上がってきたのは心優と水瀬凪葉だ。
 いつの間にか結界が解かれていたのか、階段を上ってきたふたりが朝霞と鳴耶を見て止まった。

「ほら、凪葉。言ったとおりだったでしょ」
「・・・・本当だね、意外」

 ほぁーと感心しながら頷く凪葉。

「これで鹿頭朝霞の疑惑も確信に変わりましたね」

 心優が腕組みしながら睥睨する。

「鹿頭朝霞はズバリ! ショタ―――もがもが!?」
「それを言っちゃダメ!」

 絶妙なタイミングで凪葉が心優の口を塞ぐが、彼女はしなくてもいい墓穴も掘ってしまった。

「そこで口を塞げるということは、あんたもそのセリフの意味を知っていたし、思ってもいたのね」
「あぅ」

 鋭い視線を受けて怯む。

「えーっと・・・・?」

 ただひとりだけ、鳴耶は訳が分からずに首を傾げた。
 因みにカンナは後片付けのためにすでにいない。
 事態の収拾をつけられる第三者は、存在しなかった。









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