短編「兄妹」


 

「―――せぇぃッ」

 ボロボロの煌燎城に響く烈破の声。
 しかし、それは込められた気合いをはるかに上回る無音の呼気の下、敗北した。

「だー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んぎゃ!?
「ふぅ・・・・」

 稽古相手――穂村直政を定番となった階段落ちに処した鹿頭朝霞は一息つく。そして、かつて城門があった場所に座り、タオルで汗を拭った。

「ボロボロ・・・・」

 擱座した戦車、倒壊した櫓は現在進行形で撤去されつつある。だが、守備隊の多くが死傷したため、純粋に人手が足りない。
 精神操作系の能力者がいれば、業者を入れて終了と同時に記憶改ざんができるのだが。

(SMOはやっていたらしいけど・・・・)

「さ、そろそろ戻って―――ゲホッ」

 ちょくちょく直政が帰ってくるまでの間、朝霞は休憩しているが、もう三時間もぶっ通しだ。
 おまけに撤去作業で砂塵が生じている。
 喉に粘度の高いつばが絡んでもおかしくなった。

「ン、ンンッ」

 喉に手を当て、舌を口内で動かし、潤いを戻す。

「ほら、さっさと戻ってこい」
「無茶言うなッ」
『思うに、これは槍の稽古ではなく、体力トレーニングでは』
「悪かったな!」
(あながち間違ってないんじゃないのかしら、体力馬鹿)

 と思いつつ、振り返る。そして、放物線を描かずに飛んできたペットボトルを咄嗟に受け取った。

「ふん、精が出ますの」

 着物をたすき掛けにしてまでしてペットボトルを投擲した彼女――熾条鈴音は自分のそれに口につけながら寄ってくる。
 その手にもうひとつあるところ、差し入れに来たようだ。

「ありがと」
「いいえ。努力する人を応援するのは当然ですのよ」

 ぽいっと頭が見えた直政に今度は緩やかな放物線を描かせてそれを放った。

「お? と、ほ―――あ」
「「あ?」」
「あああああああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 突然現れた物に気を取られ、お手玉し、階段を踏み外したようだ。

「あら、これが有名な階段落ち? 狙ってできるものではないと言うことですのね」

 下手人は悪びれず、珍しそうに呟く。

「狙ったこと、あるのかしら?」
「ええ、ちょっと」

 「聞きたいですの?」という問いには首を振った。

「さて、思いがけず、時間が空いたようで」
「あんたのおかげでね」

 嫌みはさらっと無視。
 兄妹揃っていい性格だ。

「あの人、生きてます?」

 あの人、とは当然、彼女の兄――熾条一哉のことだった。






熾条一哉side

「―――さて、困った」

 熾条一哉はマンションの台所で唸りを上げた。

「瀞がないとこんなに困るのか・・・・」

 最低限の家事(一部除く)はどうにかなる。だが、料理だけは別だった。

「コンビニ弁当がこんなにも味気ないとは・・・・」

 一回なら別に気にならない。だが、それが毎日となると、辛い。
 瀞が入院して一週間、一哉は絶望に包まれつつあった。

「外食も・・・・なぁ・・・・」

 一哉はなかなかの高給取りのバイトをしていたが、最近止めた。
 全て陸綜家の職務に集中するためである。
 煌燎城改築のために、資金を渡されていたが、それもほとんど使い切った。
 というか、公費であるために自由にできない。
 だが、実はそれとは別に、祖母である熾条緝音からお小遣いと称して、毎月かなりの額をもらっていた。

(だが、その通帳、瀞が持っているんだよなー)

 よりにもよって、緝音は直接瀞に渡したのだ。
 しかも、一哉の顔を見て、悩んで見せてからである。

―――ピンポーン

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――ピンポーン

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――ピンポーン

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

―――ガチャッ

「―――なんだ、いるんじゃないですの」

「っておい!?」

 勝手に鍵を開けて入ってきた人物を見て、鍵を持っていたことに納得した。
 いや、鍵を渡したわけではないのだが。

「あら、そんなものを食べているですの?」

 やってきた鈴音は荷物を椅子に置き、食べかけのコンビニ弁当に手を出した。

「・・・・・・・・・・・・おい」

 跡形もなく、机にひとつの焦げ跡も残さずに消失させる。

「ここに来た理由は、料理に作りに来ましたの」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・できるの?」
「ええ、焼き料理限定ですか」
「炎術師らしいといえばらしい、のか?」

 一哉の疑問に答えず、鈴音はたすき掛けをして台所に立った。

「まずは米ですね」
「前回、煌燎城二の丸―三の丸階段で俺に階段落ちを試みさせようとした奴が普通に台所に立つな」
「殺されそうになった人間にしては、落ち着きすぎではなくて?」
「といいつつ、逆手に包丁を持つな! いい代物なんだぞ、それ」
「ええ、見たら分かりますの。関物ですの」

 ポンポンと会話をこなす様は端から見れば兄妹らしい。だが、内容がちょっと特殊すぎた。

「本日、階段落ちを見ましたの。落ちた方はピンピンしていたので、お兄様も意外と生き残るかもしれません」
「落ちたのは穂村直政だろう? 奴なら生きていて当然だ」

 戦車砲を受けても戦闘可能な戦士だ。

「階段落ちくらいなんでもないさ」

 一哉が鈴音に襲われたのは、陸綜家に所属することを決め、初めて煌燎城に訪れた時だ。
 階段の上を通る回廊から打ち下ろされた炎弾に吹き飛ばされた。だが、階段落ちは免れた。
 瀞が咄嗟に水球で受け止めてくれたからだ。

「あの日、どうして俺を襲った」
「私が説得しても宗家に戻らず、御婆様が言ったらあっさり陸綜家に入ったことにムカついたからです」
「今時の若者かよ」
「今時の若者ですが・・・・」

 準備を終え、タオルで手を拭きながら戻ってきた鈴音が言った。

「今でも反省していません」
「最悪だな、オイ・・・・」

 ツッコミに疲れたのか、一哉が机に突っ伏す。

「で、何が食べたいです?」
「・・・・肉?」
「・・・・・・・・いくら焼くからって、安直な・・・・」
「いや、お前のおごりならいい肉食えそうだと思って」
「まあ、妥協するつもりはありませんが」

 そう言い、袂に手を入れ、次に引き抜いた時には携帯電話が握られていた。

「お前の袂はどうなっているのだ?」
「武器庫です」

 さらりと言ってのけ、鈴音は登録してある番号に電話する。

「あ、時衡ですの? ええ、今、お兄様の部屋にいるのですが、特上焼き肉セットを買ってきてください。あなたのおごりで」
『ちょっ!?』

 悲鳴が聞こえたが、容赦なく彼女は通話を終了した。

「3分で買ってくるそうですの」
「焼きそばパンかよ」
「それ、元ネタはなんですの?」
「知らん」


 と、割とどうでもいい会話で3分経過


「ぜひーぜひー・・・・買ってきました」
「ホントに3分で来るとは・・・・お約束を守る人ですね」
「はい、これ、領収書です」

 彼――旗杜時衡から渡された領収書を一瞥。

「へー、確かに高級です」
「ええ、ですから経費で―――」
「ふ」
「あああ!? 燃やした!?」

 一瞬で炭化したそれをパンパンと払う芝居までする鈴音に、彼は崩れ落ちた。

「で、どうやって食べるんだ?」
「焼きます」
「ああ、だろうな」

 「何事もなかったように話を続けるんですね・・・・」と壁により掛かり、疲れた表情でため息をつく時衡。

「道具はいりませんよ。ああ、タレを入れる皿と焼けた料理を乗せる皿、その他諸々の食べるための道具はいりますけど」
「ほいほい」

 いい肉を前にしたのだ。
 一哉は食器棚から言われた物を取り出す。

「自分の分も出してくれた一哉様が天使に見えます」
「やめれ、気色悪い」

 寄ってきた時衡を足蹴にし、準備完了と視線で告げた。

「では、いざ」

―――ジュ~






後日談scene
「へえ、そんなことが・・・・」

 翌日、朝霞が一哉の家を訪れていた。

「まあ、知ってたんだけど。知ってたから来たんだけど」
「何か問題あったのか?」

 一哉が首を傾げる。

「はぁ、まあ、ずっとこの中にいる人は気付かないと言うしね」

 朝霞は一向に部屋に入ろうとしなかった。
 だから、一哉はドアを支えたまま、動くに動けない。

「はっきり言え。手が疲れる」
「じゃあ、言うけど・・・・」

 朝霞はリボンをいじりながら言った。

「焼き肉くさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 絶句した一哉に朝霞は言葉を重ねる。

「どうせ、何の対策もせずにやったんでしょ」

 ということは、匂いは家具や壁に染みついているだろうし、床に至っては油で滑るだろう。

「瀞さんが帰ってきた時、泣くんじゃないかしら?」
「うっ」
「はぁ・・・・というか、焼き肉って料理? セット買ってきて焼いただけじゃない。っていうか、正規の手順も踏まずに」

 カップ麺を作るより少し上の段階なだけだ。

「って、電話口で言ってやったら、『しまったぁっ!?』って叫んでた」
「なんだかんだ、仲がいいのな」

 そう言いながら、鼻をひくつかせる一哉。

「部屋全体を炎で殺菌するか」
「止めたほうがいいんじゃないかしら? 鈴音ならともかく、あんたは全焼させかねないわ」
「・・・・可能性は、大きいな」
「というか、あんたら兄妹は精霊を便利に使いすぎなのよ。少しは一般人の感覚で物を考えなさい」
「んー」

 やる気のない返事を返した。

「なんっでこう、あんたらふたりはどこか似ているのよ・・・・」

 両方をよく知る朝霞はがっくりと肩を落とす。
 離れて育ち、今でも離れて暮らしているというのに、少々ものぐさなところは似てしまったようだった。









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