第九章「赤鬼、そして鎮魂歌」/


 

(―――変な人)

 心優は木に登り、枝に腰かけていた。
 木漏れ日に照らされた頬は軽く膨らんでおり、不満を露わにしている。
 彼女の視線の先で、隣家の子どもがまた不法侵入した。
 そういう輩を追い立てるはずのドーベルマンも彼には反応しない。
 なんでも先日リーダー格の犬を懐柔したのだとか。
 以後、ドーベルマンたちは彼に対して懐いてしまっていた。

(笑いながら言うことじゃないと思う)

 使用人たちも最近では本気で追い出そうとしていない。
 入ってはダメな場所や危ない場所からは追い出すが、基本的に自由にさせている。

(おじさんと向こうの人が仲良くなったから?)

 まだ「お父さん」とは呼べない、唯宮家当主。
 彼が隣家に赴き、翌朝までどんちゃん騒ぎをしたことは使用人から聞いていた。

『―――また来たな、貴様! 僕の妹に手を出す―――ふぎゅる!?』
『あ、ごめん。気が付かなかったー』

 彼を阻もうとした義兄が少年の飛び蹴りを食らって吹っ飛ぶ。
 中学生の従兄が幼児にのされる姿は痛快でもある。

(何よりうっとうしいのは同じ)

 従兄もあれこれと心優に構ってくるのである。

(ほっといて)

 そう切り捨てた心優は、木漏れ日に目を細めながら空を見上げる。
 そこには蒼穹の空と漂う白い雲があった。

「~♪」

 それを視界に収めながら、ゆっくりと謳い出す。
 先日行った神社で、もう一度返ってきた歌声。

「~♪」

 その神社で自分以外の家族は全ていなくなったとはっきり聞いた。
 覚悟はできていなかったが、それが事実だと知っていた。
 泣いたし、喚いたし、それに疲れて寝もした。

(でも、わたしにできることはもうない・・・・)

 だから、せめて取り戻した歌声で彼らに捧げる。

「~♪♪」


 凛藤宗家が生業とし、綿々と語り継がれてきた直系姫巫女の役目。
 "鎮魂の巫女"が紡ぐ、一族への鎮魂歌を。


「・・・・ふぅ」

 歌い終わった心優は一息ついた。
 【力】は使っていない。
 ただただ自己満足の歌だ。

「ヤになるな」


「―――え、そう? いい歌だと思うけど?」
「きゃっ―――ひゃああああああ!?!?!?」
「おおおおお!?!?!?」


 いきなりかけられた声に驚き、その拍子にいつの間にか同じ枝に座っていた少年を巻き込んで落下する。
 下敷きになったというのにピンピンしていた少年から逃げるため、心優は全力疾走で駆け出した。






会敵scene

「―――空気が変わりましたね」

 心優は空気――妖気の質が変わったことに気が付いた。

「そうなのか?」

 首を傾げるのは熾条一哉だ。
 炎術師である彼には、この微妙な変化に気付けないのだろう。

「まあ、変わったというならば変わったんだろう」

 一哉は手にした無線機をポケットに入れながら続けた。

「各地で鬼が現れ始めたらしい」

 これまでの霊体はただの兵士の霊だ。
 だが、この鬼は当時から鬼だった者に違いない。
 鬼の霊。
 それはただ単の霊体よりも強い妖気を放つはずである。

「大丈夫ですか?」
「何が?」

 そう言った一哉が右手のひらを虚空に向け、そこから炎弾を発射した。

「・・・・大丈夫そうですね」

 階段下でそれが着弾し、鬼の1体が焼滅している。

「あいにく、炎術師はこういうのが得意でな」

 一哉は腕時計を打刀に転じ、階段下を見下ろした。
 そこには十数体ほどの鬼が湧いている。

「ここは任せた」
「任されました!」

 いつの間にか心優の背後にいた者が声を返した。

「じゃ、行ってくる」

 彼女にそう言い、一哉は階段を駆け下りていく。

「・・・・あの、あなたは?」

 心優は警戒しながら振り返った。
 そこには緋色の着物を着た少女が敬礼で一哉を見送っている。

「緋? 緋は緋だよ?」

 全く説明になっていない言葉を聞きながら、心優は考えた。

「さあ、こっちだよ」

 手を引かれ、それについていきながら記憶を思い起こす。

(この娘、何回か見たことがあります)

 何の説明もないが、一哉の傍で幾度も見ていた。
 彼に懐いているのはよく分かるが、彼女の存在が分からない。

「あなたは・・・・"何"ですか?」
「・・・・あは♪」

 緋が先程と同じようで違う笑みを浮かべた。
 何が違うのか。

(瞳が・・・・)

「緋は龍だよ」
「龍・・・・」

 爬虫類のように縦に走る虹彩。
 それが先程と違う点だ。

「守護獣・・・・」
「当たり!」

 納得いった。
 警戒心の強い一哉が心優を任せる存在。
 いつ恐怖に負けて逃げ出してもおかしくない自分を押さえつけていられるもの。
 主人の命令には絶対服従の強力な術者だ。

(でも、どうして彼女を下に行かせないのでしょう?)

 一哉は指揮官タイプの人間だ。
 自ら武器を取って戦うのは最終手段のはず。

(なら、今が最終手段・・・・?)

「・・・・まさか!?」

 幼女の手を振り払い、もう一度階段下が見える場所まで走る。そして、眼下を見下ろした。

「あ・・・・」

 そこには鬼を蹴散らした一哉と―――

「政、くん・・・・」

 朱色の鎧兜に馬に乗った、幼馴染がいた。

「どう、して・・・・」

 眠らせたはずだ。
 ここに来ないよう、眠らせたはずだ。
 如何に亜璃斗が優れた術者であろうとも、相性がある。
 心優の術を破ることは不可能なはずだった。
 だから、絶対に、ここには現れないはずだった。

「ど、どうし―――」
「何もしなくていいよ」

 ガシッと強く手首を掴まれる。

「何もしなくていいんだよ」

 にっこりと笑みを浮かべる幼女が強く心優の手首を握っていた。

「全部、ぜーんぶ、一哉が解決してくれるから」
「それって・・・・」

 縦長い虹彩の視線にすくんだが、幼女の言葉で再び声が出る。だが、その声が紡ごうとした質問に対し、音となる前に答えが返された。



―――ドドンッ!!!!!!!!



「―――すげぇ・・・・」
【うむ、これぞ炎術師、といった戦い方だ】

 直政は朝霞によって亜璃斗たちが阻まれたことに気付いていたが、止まることなく駆け抜けた。
 亜璃斗たちを助けるために戦う時間がもったいないし、あの感じの朝霞ならば御門の術者が戦死することもないだろう、と判断したのだ。

「あいつって強くないんだよな?」
『少なくとも評価されているのは戦略面です。一騎当千の強者、というイメージはありません』

 『御館様は壁としてのイメージが強いですが』と続けた刹を払い落とす。

<あ>

 絶妙なタイミングで神馬がそれを蹴った。

『こ、恋路を邪魔した覚えはないのですが・・・・』

 ぐったりと地面に伏した刹を無視し、直政は守護神に話し掛ける。

「熾条宗家の直系、耐えられますか?」
【やってみないと分からん、と言いたいが、術式ならば無理だろう】

 絶対防御を掲げているのに確約できないことが悔しいのか、守護神の声が苦々しかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 いつも直政が転がり落ち、いくつかの部活に迷惑をかけたグラウンドが目の前にある。そして、そこに発生した鬼たちは取りつく島もなく、絶対的な暴力の前に消滅した。
 それは直政の知る戦いではなかった。
 強大な炎術師はポケットに手を入れたまま業火を操って殲滅したのである。

(こんな【力】を持っているんだったら!)

 煌燎城の戦いで一哉が正面に立って戦っていれば、犠牲者は大きく減っただろう。
 装甲兵は耐火能力を持つと言うが、それでも直系の術式を耐えられるとは思えない。

(戦況を変えられる存在が・・・・ッ)

<お? よいのか?>

 直政は神馬から降り、刹を拾い上げてグラウンドへ足を進めた。

「おい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・朝霞を突破した、というより通したのか」

 一哉は直政の存在に気付いていなかったようで、やや驚いた顔をする。しかし、すぐにここに至った経緯に気付いたようだ。

「後で小言をもらうんだろうな・・・・」

 少し遠い目をした一哉は、完全武装の直政を前にしても自然体だ。
 だが、それは彼の戦闘スタイルなのだろう。

「お前の目的は鬼退治だろ? 間違っても心優を殺すことじゃねえよな?」
「その通りだ」

 一哉は頷き、視線をやや透けている程度まで復活した鬼に向けた。

「古代に国を滅ぼしかけた鬼。当時の日本が総力を挙げて封印した鬼」

 「それが復活すればこの音川は焦土だ」と続けた一哉は掌に小さい炎を灯す。

「もちろん、陸綜家だけでなく、自衛隊も戦うだろうが・・・・」
「現代社会が崩壊する・・・・」

 表と裏に分かれていたものが一体化した時、それは混乱の時代の始まりだ。

「ただ勝つだけならば、長い封印で【力】が減じている鬼を倒すことはできるだろう」

 だがしかし、その代償が大きすぎる。

「ことを穏便に済ますには、あの娘に散ってもらうしかない」

 必要な犠牲。
 一哉が言うのはそれだ。

「・・・・・・・・第三者なら正論だ、と思うかもしれねえけどな」

 直政は槍を強く握り締める。
 それに応じ、刹の瞳が昏く濁っていくが、直政は気にしない。

「俺にはそんな正論関係ないんだよ!」
「ほう? ここで散るあの娘が可哀想だとか?」
「違ぇっ」

 直政は槍を構え、殺気交じりの視線を一哉に向けた。

「ただ単に"俺自身のため"だ!」

 "気"が高まり、<地>が喜びにざわめく。

「俺が心優に死んで欲しくないだけなんだよ!」
『行け! ぶっ殺せ!』
「おうよ!」

 いつもより増大した【力】に応じ、いくつもの石槍が足元から立ち上った。
 それは雪崩のように一哉目がけて殺到する。


―――ドドンッ!!!!!!!!


 そして、一哉は腕の一振りでそれらを焼き払った。

「でりゃぁっ!」
「―――っ!?」

 地術が効かないことなど分かり切っている。
 だから、それを隠れ蓑にして一気に距離を詰めた。
 術者と戦うには、まず距離を詰めて術の発動タイミングを与えないことだ。

「くっ」

 <土>の助けを借りた突進を一哉は何とか躱すが、長物は使い方次第では刀よりも取り回しが容易だ。
 しかも、直政は"気"を纏った強力を発揮しており、素手の一哉が阻めるものではない。

「せいっ」

 左手を引き戻し、右手を前に出すことで、石突が下から跳ね上がるように一哉に向かった。

「・・・・ッ」

 かろうじて両腕を交差して防御したが、轟音と共に一哉の体が宙を舞う。しかし、倒してはいない。

『追撃を!』
「分かってらぁ!」

 牽制に石礫を放ち、先程と同じ方法で距離を詰めた。
 一哉は腕が痺れているのか、両腕をだらりと下げている。だが、しっかりと足で立っているところを見ると、思ったよりダメージを受けていないのかもしれない。

「いきなり奇襲とは卑怯だな」
「お前に言われたくないわぁー!」

 槍の間合いに入った瞬間、意表をついて石槍を放った。
 それは躱されてしまったが、こちらの突進に対応する時間をさらに短くする。

【・・・・ッ!? いかん!?】
「ぐふっ」

 直政の意志に反して、体が後ろに跳ね飛んだ。
 直後、直政がいた部分に火柱が立つ。
 熱波が頬を打つが、熱さとは違う理由で汗が噴き出した。

(あのまま進んでいれば・・・・あの中に・・・・)

「お、外したか」

 一哉は両腕を振り、しびれが取れたことを確認して腕時計を外す。

「奇襲には待ち伏せ、ってな」

 その腕時計を一振りの打刀に転じ、鞘をベルトに吊るした。そして、周囲に火の玉を遊ばせながら直政を迂回するように歩く。

「てっきり銃器とかを扱うのかと思った」
「扱えなくもないが、お前には効かないだろ?」

 一哉は再び階段を背にしてこちらに向き直った。

「正直、接近戦は得意じゃないんだが・・・・」

 一哉は打刀を引き抜きながら言う。

「<土>に愛された地術師と遠距離で戦うなど無理な話か」
「熾条宗家は忍びの一族で、接近戦に長けてたんじゃねえのか?」
「小さい頃に家出してな。そういう戦闘術は学んでいないんだ」
『それは好都合です! あんな刀、一息にへし折ってやります!』

 刹が肩で毛を逆立てながら叫ぶ。

「それは無理じゃないか? こいつは結構な業物だぞ」

 そう言って刀に炎を纏わせた。

「こうしても、融けやしない」

 確かに紅蓮の炎を纏う刀の輪郭ははっきりしている。

「炎術師は燃やしたい対象以外を燃やさない技術を修められるが、なかなか集中力が必要でな」

 「息をするようにそれができるほど制御が巧みではない」と一哉は言う。

「まあ、当たれば敵を倒せるんだ。細かな炎術の技術よりも戦略を磨いた方が早い」
『御館様とは全く逆のタイプですね』

 確かにそうだ。
 直政は己を磨くことで戦場を生きていくと決めている。しかし、一哉はその時利用できるものは利用し、最低限の労力で物事を推し進める。
 その根源にあるのは圧倒的なまでの大火力だ。
 絶対的なその【力】は当たったらほぼ確実に敵を倒せる代物である。

「・・・・軍艦も沈められそうだな」
「さすがに戦闘行動中は無理だ。・・・・沈めた奴は知っているが」
『沈めたんですか・・・・』

 第二次鴫島事変の戦略目的は、SMO太平洋艦隊の撃滅だ。
 攻撃側も軍艦を出したが、この男の一味は生身で軍艦を沈めたらしい。

「それだけの【力】があってなんで鬼を倒そうとか思わないんだよ!?」

 一哉ならば復活した鬼に大火力をぶち込んで倒すこともできるかもしれない。
 統世学園には人払いがなされており、敷地も広大だ。
 結界師が張っている結界も強固で、ちょっとやそっとじゃ壊れない。
 戦場の選択は完璧。
 さらに遭遇戦ではないのだから、彼ならばいくらでも撃破する術を思いつくだろう。

「理由はさっき言ったが?」
『この方法以外にもあなたならば事態を解決する術を持っているはずだ、と御館様は申しております』
「あるだろうが、この地の最大戦力である"風神雷神"は北陸へ、瀞も入院しているしな」
「お前がいるだろうが!」

 熾条宗家の直系で個人戦闘力はおそらくこの学園に集った中でも最高峰だろう。

「あんなに大きい鬼相手に剣技とかが通用するとは思えねえ。こんな時こそお前の火力だろ!」

 駆逐艦を潰すのに戦艦の主砲はいらないが、戦艦を潰すには戦艦が一番手っ取り早い。
 航空機で潰すには数十機が必要で、しかも、犠牲を伴う。

「だから、効果抜群の魚雷を用意したんだけどな」

 一撃必殺。
 それが心優だというのだろう。

「・・・・何をどうしても心優を殺すというんだな?」

 直政は穂先を一哉に向ける。

「その他大勢を生かすために、な」

 一哉も刀を鞘に納め、居合切りの要領で腰を落とした。

「リーチが長い相手に居合とか、ふざけてるのか?」

 居合の特徴は初速の速さと間合いの掴めなさだ。
 だが、一哉はすでに刀を抜いていたし、初速が速かろうと刀と槍のリーチが違いすぎる。

『死ねやぁっ!!!』
「―――っ!?」

 刹の殺気に反応し、直政は動くために一歩踏み込んだ。


「総条夢幻流・<砲>ッ」


「カハッ」

 肺が圧迫され、無理矢理に酸素を吐き出させられる。

(なに、が・・・・ッ)

 一歩踏み込んだ瞬間、直政は宙を舞っていた。
 全身が衝撃波に引っぱたかれたかのように痙攣している。
 物理攻撃だが、直接体の内側を揺らすような攻撃には耐えられない。

『グベッ』

 刹と共に数メートル後ろに墜落した。

「なるほど。いくら防御力が高かろうと、三半規管などまでには至っていない、と」

 一哉は刀を振り抜いた姿で呟く。

【・・・・"気"だ】

 守護神も呆気にとられたのか、やや悔しそうに言った。

【膨大な"気"を圧縮し、それを刀に乗せて放ったのだ】
「ご名答」

 炎術の出力が強大ならば、その燃料たる"気"も膨大だということか。

【しかし、貴様。それは精霊術師の技と言うよりも―――】
「古武術ってか?」
【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 守護神は黙って肯定する。

「なあに、俺は去年まで炎術を知らなくてな。この"気"だけを武器に戦ってきた」
『なっ!?』

 刹が素っ頓狂な声を上げた。
 これだけ強大な炎術師と言うのに、わずか一年程度の経験しかないなんて。

(いや、だから出力に任せた戦い方なのか?)

 直政は一哉の戦略重視の一端に気が付いたが、深くは考えない。

「中国で"気"と<気>の使い方は教わったんでな」
「気功使い・・・・」
「そこまでの才能はなかった。ただ、制御を覚えただけだ」
『力が有り余った駄々っ子ですか』

 言いえて妙だ。

「ま、その師匠も俺が戦場に出る作戦で、俺がしくじったおかげで死んだんだけどな」
「―――っ!?」

 口調は軽かった。しかし、その言葉を紡いだ時、一哉の背後に黒いドロドロしたものが見えた気がした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 思わず一歩下がってしまう。
 どす黒い何かに支配された一哉は、しかし、何故か中身が空虚に見えた。

(こ、これが・・・・こいつが自分で前に出ない理由?)

 戦略家にとって不確定要素はできるだけ排除したい。そして、一哉は自分の戦闘能力を信頼していない。
 だから、どんなに強大な力を持っていても、自分を核にした戦略を立てないのだ。

「・・・・ふざけんな」
『御館様?』

 槍の柄を力一杯握り締める。
 荒ぶる気持ちに<土>が反応し、グラウンドの所々で地面がめくれ上がった。

「大きいことをたいそう並べてくれるがなぁ・・・・」

 <土>が直政の意志を受け、徐々に騎馬武者の姿を象っていく。
 それに警戒し、一哉は後ろに何回か飛んで距離を取った。
 炎術師に有利な距離まで逃げられたが、直政は気にしない。
 大きく息を吸い、煌燎城の戦いで感じた違和感の正体を口にした。



「―――ただ単に自分に自信がないだけだろ!」



 煌燎城の戦いで一哉が言った、犬死の数を減らす、という言葉。
 今ではひとつの考え方だとも思えるが、それでも一哉が戦場に立たなかった理由にはならない。
 一哉は恐れている。
 自分が戦場に立つことで、自分が考えた戦略が大きく崩れることを。
 戦局を左右するほどの力を持つということは、戦局を悪い方に持っていく可能性もあるということだ。
 敵味方の戦力を測り、戦力を割り振る。
 勝てる御膳立てをする。
 そこまでできるのに、自分は戦わない。
 簡単に勝てる相手とは戦うだろう。
 だがしかし、ここ一番の勝負の時には別の誰かを当てるのだ。

「そんなに負けるのが怖いか!?」
「・・・・負けたら喪うからな」

 一哉の返事が遅れた。
 直政の言葉が一哉の心を抉ったらしい。

「勝って喪わせようとしているお前が言うな!」

 言葉で一哉を追い詰めたというのに、その返答に激昂した直政は、<土>を使った震脚で一気に一哉へ肉薄した。









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