第七章「七不思議、そして七不思議」/5


 

 スカーフェイスは七不思議をネタに、夜の学園に忍び込む学生を増やそうとした。しかし、その策略を見抜いた一哉は、七不思議に関する発言を生徒会長から封じる。
 また、合宿と称して学外に学生が出ることを奨励させた。
 結果、夏休みに入った統世学園だが、夜に残ろうとする者はいない。
 故にわざわざ夜の学園にいる者は、何らかの用事があるということになる。
 思惑の外れたスカーフェイスは、SMOの北陸侵攻に合わせて再度作戦を開始した。
 SMOの本格侵攻に対し、"風神雷神"が出陣。
 スカーフェイスの特殊部隊の出撃を探知した一哉も、北陸へと向かう。
 このために手薄になった統世学園に対し、スカーフェイスが元監査局のエージェントを使って攻勢をかけた。
 本来ならば鎮守杪しかいないはずの学園。
 そして、本来ならばその事実が分からないはずの学園。
 それが分かるとすれば―――

 そんな高度な戦略的駆け引きが交わされる中、戦端が開かれた。
 守りにつく当事者が、何も知らない遭遇戦に近い形で。
 だが、ただひとり、ある程度を知り、ある程度の予想を下す者がいた。
 守り手のゴールキーパーたる鎮守杪である。






開演、七不思議scene 2

「―――来た」

 校内でふたつの七不思議が発動した時、生徒会棟にも侵入者が来た。
 それを感知した鎮守杪は、ゆっくりと立ち上がる。

(今度こそ、守る)

 音川には二重封印が施されていた。
 烽旗山の封印を守るために、東西南北に封印を配置。
 封印は千年を超える月日を数えたが、突破できた者はいない。

「これは、守らなければならない」

 昔過ぎて、何が封印されているかわからない。しかし、厳重な封印から、とんでもないものが封印されていると分かる。
 また、封印とは月日をかけて妖気を分解、無効化する緩やかな退魔術だった。
 かなり強力な封印が千年以上かけても分解できない妖気。
 それは歴史に残る妖魔のものだろう。

(それか、歴史に残すことすら躊躇われた代物か)

 所詮、歴史など時の施政者の気まぐれの産物である。
 都合の悪いものを削除することは簡単だった。
 なんにせよ、古代よりも退魔力が衰えた現代に甦れば、妖魔の存在が明るみに出る以前に、多数の死傷者が出るだろう。
 杪は体を、封印の要に向けた。
 そこには、直刃の剣が鞭によってがんじがらめにされている。

「援軍は・・・・無理」

 杪が知る戦力は対SMO戦で音川を離れていた。
 後輩たちがいるが、直接頼めるほど信頼関係があるわけではない。
 普通ならば、その戦力を預かる熾条一哉が手配しているのだろうが、事前の相談はなかった。
 まるで、相手を誘い込むかのような布陣。

(・・・・いや、きっとそう)

 これは一哉が最も得意とする戦略。
 だが、それは一定の犠牲を強いる。

(その犠牲が・・・・封印の破壊、かもしれない・・・・)

 ひとりの戦士として評価されている杪だが、巨大退魔組織・鎮守家の次期当主だ。
 標準以上の戦略眼は持ち合わせている。
 故に、ただひとりでも守りきる結界群を配置した。

(・・・・そんな結界が変質している)

 何かあれば展開するように設定していた結界が、何者かの介入によって変質した。
 まるで、何日も前から準備してきたかのような周到さだ。
 これを正すためには結界の要に行かねばならないが、今の杪はここから離れられない。
 ホームであるはずの統世学園が、今は完全に相手の土俵だった。

「魔術師、か」

 最初の、鵺の結界を破ったのは魔術師だと後の調査で分かっている。しかし、その後、石塚山系の結界を破った者の記憶はない。
 直接交戦したにも関わらずだ。

(あれは、精神系異能力者)

 豊富な戦闘知識で相手の能力を見抜いた杪はひそかに対策を練った。

―――ドゴンッ

「・・・・来た」

 杪は飲んでいたお茶の湯呑を脇に置き、短刀を握って立ち上がる。
 先程の轟音は、最後の罠が力押しで突破された音だろう。

<―――ガァッ>

 最後の扉をぶち破り、何かが杪向けて飛び掛かってきた。
 それに対し、杪は短刀を横薙ぎに振るう。
 その刃は飛び掛かったものが突出していた前足を斬り飛ばした。そして、杪はそれで止まらずに真正面から引き戻した短刀を相手の喉元に突き立てる。
 あとは簡単。
 敵は自らの勢いで体の前面を引き裂かれて絶命した。
 背後で虎型の妖魔だったものが倒れる音が聞きつつ、杪は右足を跳ね上げる。
 ちょうど切り飛ばした前足首から先が足の甲に当たり、破られた扉の奥へと弾丸のような速度で向かった。
 その奥で刃を振るう銀光が煌めく。

「―――驚いたね、そんな状態でその妖魔を瞬殺なんて」

 扉の向こうからそんな声がかかった。
 妖魔が侵入を果たし、この声がかかるまでわずか1秒程度。
 白兵戦能力が精霊術師以上と称される杪の戦闘能力だからこそ、可能とされる時間。

「対応できてる」

 賞賛した相手も、その速度についていき、攻撃と同時にされたとも言える反撃に対応して見せた。

「やっぱり、石塚山で戦った相手・・・・」

 かつて、自分が敗れた相手。

「へえ、ボクが精神系能力者だと見抜いた上での恰好ってわけだ」

 キラリとレイピアの切先が杪を捉える。

「でも、どちらかと言えば、包帯でぐるぐる巻きの方が、ボクは好きかな」

 そのまま瞳は笑っていない笑みを向けた。

「そんな耳なし芳一みたいな恰好よりは」

 「耳なし芳一」とは小泉八雲の「怪談」に取り上げられた、山口県下関市赤間神宮に伝わる怪談である。
 ようやくすれば、全身に般若心経を書き、怨霊に対抗した物語である。

「大方、ボクの能力が分からなくて、とりあえず、外界から隔離したんだろうけど・・・・」

 レイピアを構え、体勢をすっと低くした。

「そんな状態で、このボクと白兵戦できるのかなっ」

 鎮守杪は精霊術師を凌駕する白兵戦能力を持つ。
 だがしかし、彼女――ローレライもそれに匹敵する白兵戦能力を持つのだ。
 呪符で目鼻耳を封じられたように見える杪が、彼女を撃破できるはずがない。

「甘い」

 そう呟いた瞬間、杪の姿が掻き消えた。

「・・・・ッ!?」

 ローレライが咄嗟に突き出したレイピアに、火花が散る。

「ふっ、面白い!」

 彼女が不敵に笑い、レイピアを後ろに突き出した。
 再び火花が散り、背後に回っていた杪の短刀を押し返す。
 それからふたりの間に、無数の火花が散り始めた。
 ここに、七不思議がひとつ、「音楽室の歌声」が、ところを変えて始まった。




「―――ここ、か」

 カンナは周囲を圧するように立つ、高さ3メートルの壁を見上げていた。
 その壁には一枚のプレートがかけられている。
 それは「変電施設」と書かれている。

「ご苦労」

 カンナは手に持っていた磁石をポケットに仕舞った。
 その磁石こそ、結界の要を発見した九十九神だ。
 磁石は当然磁力に反応する。
 つまり、九十九神した磁石が、【力】に反応したのだ。

「変電施設・・・・目的は学園中に張り巡らされた電線、か」

 この変電施設から統世学園中に電線が走っており、それを媒介にして【力】が学園を覆う。
 少ない労力で巨大な結界を維持するための技術なのだろう。

(逆に、要を乗っ取られたことにより、容易に学園全てが陥落した、か)

 思考しながら、蝶番の壊れた扉を開いた。

「―――フフ、ようこそ」

 変電施設の重要な機械と壁の間には大きな空間がある。
 そんな空間に、ひとりの少年が立っていた。

「魔術師か」
「ええ、その通り。あなたは"封印の巫女"神代カンナさんですね?」

 カンナは答えず、変電設備を見遣った。
 そこには複雑に絡み合う結界の要と、それを変革させる魔術の要が見える。

「貴様らの目的は?」

 校内を歩いていた時、いくつかの戦闘音を聞いた。
 だから、魔術師に仲間がいることは分かっている。

「フフ、神代家次期当主ともあろう方が、この統世学園の価値を知っていないと?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 嘲弄に対し、カンナは熟考した。

「ヒントは神馬」
「・・・・・・・・なるほど」

 現在では弱小と言われる神代家。
 だがしかし、その歴史は平安初期にまで遡ることができる。そして、それは陸綜家の前身・捌綜家が誕生したのと、同年代だ。
 神代家の誕生に関係したのが、結城宗家と鎮守家である。
 結城宗家は親族として、鎮守家は武器源として。
 神代家の初代は、結城宗家初代宗主の娘と伝えられている。
 精霊術師の突然変異ではなく、元々管理の能力を持っていた娘が初代宗主に嫁いだのだ。
 彼女は白髪に赤い瞳を持つ、"管理の巫女"。
 神代の時代から伝わる曰く付きのモノたちと戯れた。
 これが「神代家」の由来だ。
 そんな神代家が現在の場所に本拠を構えた時、鎮守家から管理を任されたのが、神馬である。

「神代と鎮守の関係性を知り、神馬を知る。そして、統世学園」

 カンナは腕組みし、魔術師を睨みつけた。
 大の大人が怯む視線を受けても、魔術師の不気味な笑みは消えない。

「目的は・・・・音川封印群の破壊、か」
「そうです。まあ、破壊した後に何が起こるかは知りませんがね、フフ」

(こいつも使われているのか)

 カンナの脳裏に、いとも簡単に神馬の封印を破壊した子どもの姿が浮かんだ。
 相対して分かる。
 魔術師よりも、あの子どもの方が格上だ。

「ですが、これだけの精霊術師が揃った要塞、何かあるに違いありません」
「その通りだが、これだけのことをして、その結果を知りたくないのか?」
「そうですね、フフ。気になりますとも・・・・今後の僕の立場とかね」

(こいつを動かすのは出世欲か・・・・)

 カンナからすれば呆れる理由だが、己の地位向上だけに心血を注ぐ者は珍しくない。

「その立場、私が決めてやろう」

 カンナはズボンのポケットからがま口財布を取り出した。
 今のカンナは私服姿で、術式補助が入った巫女装束ではない。
 だが、そんなことで尻込みするカンナではない。

「これだけの魔術を維持しながら戦えるか?」
「そういうあなたこそ、元々武闘派ではないのでは?」

 魔術師は片膝をつき、足下に置いていた鞄に手を入れた。

「それに・・・・魔術は使えませんが・・・・」

 ぐにゃりと魔術師の顔が歪む。

「・・・・悪趣味な」
「フフ、褒め言葉ですね」

 いつもなら不敵な笑みが似合う「顔」が、陰湿な笑みを浮かべた。

「大好きな先輩を辱められ、怒りましたか?」
「不愉快にはなったな」

 尊敬すべき兄弟子――結城晴也の顔で、魔術師はさらに笑みを象る。

「しかし、なるほど。校内で騒がれていたドッペルゲンガー・・・・」
「フフ。ええ、僕ですよ!」

 魔術師は鞄からサブマシンガン――FN P90――を取り出し、発砲した。
 ここに、七不思議がひとつ、「ドッペルゲンガー」が始まった。




「―――いつつ・・・・」

 直政は地面の大穴で、頬を抑えて体を起こした。
 その大穴は、自分自身が掘ったものであるが、物理的破壊力は別の人間がもたらしたものである。

「頑丈でも、硬いわけじゃねーんだな」

 金髪碧眼の少年が、直政の頬を殴り飛ばした右手をひらひらさせながら言った。

「まあ、それを突き破る展開ってのに、燃えるけどな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 直政はゆっくり立ち上がる。
 すでに戦闘が始まって数分が経過しているが、その手に<絳庵>はなかった。
 相手が素手だから手加減しているわけではない。

「・・・・来須川先輩」
「あん?」
「先輩は・・・・何なんですか?」

 目の前にいるのは、不死身と名高い統世学園2年A組在籍の来須川吾郎だ。
 本人は「クリス」と呼ぶことを好む、イギリス人とのクォーターである。

「何、か・・・・。なかなか哲学的な問いをする奴だぜ」

 クリスが肩をすくめた。
 そこは、直政が見たことがあるクリスの姿と全く変わらない。
 あの時、傍では熾条一哉と結城晴也が一緒に笑っていた。

「とりあえず、テメェの敵だぜ?」

 ニヤッと笑い、腰を落として拳を握る。

「だから、テメェも武器を出せヤッ」

 裂帛の気合いと共に、クリスが地を蹴った。

「くっ」

 瞬く間に懐に入られた直政は、至近距離でクリスの目を見る。
 多少血走っているが、正気と思える双眸。
 それが意味することは―――

「手加減できる立場かァッ!」
「グフッ!?」

 戦車砲の直撃を思わせる衝撃がみぞおちに突き刺さる。そして、その衝撃が抜けきらぬうちに頬を裏拳でぶっ叩かれた。

「オラオラオラッ!!!」

 その後に数コンボを決められ、再び直政は宙を舞う。

「何で!?」

 今度は足から着地し、<土>に呼びかける形で急制動した。

「何で先輩が・・・・」

 直政は地術師だ。
 だから、この校庭の<土>を全て支配下に置いている。
 別の校庭に設置された用具置き場に亜璃斗や心優、凪葉が籠城し、その周囲を蛇の大群が囲んでいることも分かっていた。
 しかし、とある一点のみ、<土>の反応が鈍い場所がある。
 それは何者かが<土>に干渉しているということ。

「何で先輩が<土>を支配下に置いているんですか!?」
「その答えは、テメェが一番知っているんだろう?」

 大地を踏み締め、砂塵が舞った。そして、その砂塵が急速に形となる。
 砂塵の集合体は1体の騎馬となり、一気に直政に迫った。

「"乗崩"・・・・」

 御門流術式「騎馬」第三位"乗崩"。

「<絳庵>!」

 思わず大身槍を召喚し、横薙ぎに振るう。
 直政の干渉を無視して構成された術式だ。
 直政の防御力――<土>の加護――を貫通する可能性があった。

(我ながらいい判断!)

 よく分からないことが多すぎる。
 これまでのように、わかりやすい勢力図ではない。

(まずは話を―――)

「ラァッ!」
「・・・・ッ!?」

 術式の影に隠れて接近していたクリスの拳を顔面に受け、直政の意識が一瞬飛んだ。
 それは、朝霞が賞賛した武器を手放さない執念すら吹き飛ばす。
 直政の手を離れた<絳庵>が甲高い音を立てて地面に転がった。

「手加減すんなっつったよな?」
「ぐ、ぐぐ・・・・」

 ダメージが通り、這いつくばっていた直政の傍に着地したクリスは、直政の髪を掴んで無理矢理顔を上げさせる。

「なら、教えてやるよ」

 クリスの目は、ぞっとするほど冷たかった。

「俺が御門宗家を滅ぼした」
「・・・・な、あ?」

 あまりに突拍子もない一言に、直政の思考が停止する。

「鉄壁を誇る御門宗家が、一方的に攻められて滅亡。どうしてだと思う?」

 そう。
 御門宗家の滅亡には謎が多い。
 攻撃されるまで索敵能力に優れた地術師たちが気が付かなかった。そして、一方的な攻撃にさらされ、わずか一晩で壊滅したのだ。

「どんな要塞でも、内側からは弱い」
「うち、がわ・・・・?」

 これまでの戦いで、クリスが地術師であり、諸家とは思えないほどの実力者だと分かっている。
 それと今の発言で、直政はひとつの可能性に行きついた。

「まさか・・・・」
「そのまさかだゼ」

 獰猛な笑みと冷徹な眸を直政に向ける。

「当時、御門宗家にいたオレは、敵戦力を引き入れ、御門守備隊を崩壊させた」
「・・・・ッ!?」


―――ドクンッ


 不自然な鼓動が胸板を痛いぐらいに押し上げた。

『―――貴様か!?』

 転がった<絳庵>の傍に、刹が降臨する。
 刹はクリスの初撃でどこかに吹き飛んでいた。
 おそらく、教室に置き去りにされたのだろうが、クリスの一言を聞き、<絳庵>の傍に転移したのだろう。

「貴様が御門を・・・・ッ」

 全身の背を逆立て、クリスを睨む刹。

「狂気の武器が・・・・ッ」

 その齧歯類を見下ろし、クリスは吐き捨てた。

「覚えておけ」
「え?」

 ドクドクと嫌な鼓動を繰り返す胸を抑えた直政は、クリスの言葉に再び顔を上げる。

「<絳庵>が赤いのは、吸った血のせいだ。元々、地術は対軍に特化しているからな」
「なにを・・・・?」
「たとえば、富士川の戦い」

 富士川の戦い。
 平安時代後期に行われた源平合戦の一戦だ。
 治承四年十月二十日(1180年11月9日)、駿河国富士川に源頼朝・武田信義率いる四万騎と平維盛率いる二〇〇〇騎が向かい合った。

「けど、戦いらしい戦いが起きなかったと・・・・?」

 圧倒的兵力差を前に、戦意喪失していた平氏は水鳥が飛び立つ音に驚いて潰走したという。

「『歴史』では、な」

 クリスの視線は刹から外れていた。しかし、戦闘力がない刹に、直政を助けることができない。

「おかしいとは思わないか? 平氏の討伐軍は七万とされたが、実際に富士川に布陣したのは二〇〇〇」

 それは兵糧不足による士気低下の結果、逃散が相次いだからと伝えられる。

「兵力損耗率は九割を超える」

 逆に言えば、そんな状況で二〇〇〇騎を掌握できた方がおかしい。

「本当はもっと大軍で・・・・頼朝の方が少なかった。故に頼朝、実際には武田信義が増援を要求した」

 それが当時から富士樹海に本拠を敷いていた御門宗家だった。
 御門宗家は当時から中央における平家の専横に憤っており、源氏側に参戦する。
 頼朝本隊と武田勢が合流する前に、平家は武田勢を撃破すると決めた。
 駿河国目代・橘遠茂三〇〇〇騎が出陣する。そして、鉢田にて両軍は激突する。
 山岳戦となったこの戦いで、平家は一方的な敗北を喫した。
 この戦いに御門が参加していたからだ。

「御門はそのまま源氏の先鋒となり、富士川にて獅子奮迅の働きを見せて平家を殲滅した。だが、そんなことを歴史に残すわけにはいかない」

 平安時代は比較的、文書として裏が残っている時代だ。しかし、時代の趨勢を左右する重要な戦いに関わっていたという事実は隠さねばならなかった。
 まさに一騎当千の働きを見せた御門の戦功は隠された。
 平氏の大軍は兵糧不足によって逃散し、源氏の兵が戦う前に軍勢が瓦解した原因を水鳥に求めた。

「時の権力に利用され、危険視された御門家はいくつもの対軍戦闘を行ってきた」

 その最前線に立ったのが、神宝<絳庵>だ。

「奴が吸った血の数は数万を超える。・・・・故に狂った」
「狂った?」

 直政の視線が、刹へ向く。
 刹は否定しない。
 ただただ敵意をクリスに向けていた。

(なんだ・・・・?)

 そのガラス玉のような眸に、ぞっとする。

「その狂気は、やがて使用者をも狂気に染め上げるようになった」
「な、何を言ってるんですか?」
「覚えはないか? 貴様の祖父は・・・・有名な狂戦士ではなかったか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 クリスの言葉に嘘はない。
 <絳庵>の使い手だった祖父は、太平洋戦争に出陣。
 槍は置いて行ったが、とある島で、絶対的に劣勢だった日本軍に置いて米軍と交戦。
 屍の山を築いたと伝えられている。
 あまりに強すぎたため、米軍はその島の攻略を諦め、迂回した。
 戦争終了後、その危険性を排除するために戦車を含む有力な米軍が樹海に進んだが、御門宗家は頑強に抵抗する。
 結果、壊滅的打撃を受けた米軍は御門宗家の攻略を諦めた。
 これが遠因となり、国際退魔組織の日本駐留が延期されることとなる。

「戦いこそ、<絳庵>の存在意義。故にそれは戦いへと使用者を誘う」

 クリスは嫌悪感を出し、刹を睨んだ。

「・・・・・・・・・・・・そんな、馬鹿な・・・・」

 と、否定しようとした直政だったが、ひとつ、心当たりがある。
 高雄研究所での戦いでは、血を浴びた瞬間に直政の頭が真っ白になった。そして、刹の言葉に押されるままに槍を振るい続けた。
 その猛攻で、敵を倒すことができたのだが。

(あれが・・・・?)

『戯言はその程度か?』

 刹は二本足で立ち上がり、前足を腕組みのように組んだ。

『ならば、そろそろ敵討ちの時間ですね、御館様』

 そのまま姿が<絳庵>と共に掻き消え、<絳庵>だけが直政の傍に突き立つ。

「そうやって持ち主を侵食し、敵討ちの道具にするつもりか?」
『あなたには関係のないことですね』

 直政の肩に移動した刹はクリスを睥睨する。
 狂気の武器と評されたことを意に反さず、さらには否定しなかった。

『我々が気にするのは、ここであなたを討ち、同胞の無念を晴らせるかどうか、です』

 瞳孔が開き切り、殺気を漂わせる刹。

(ダメだ。こいつ、怒りで頭が飛んでやがる)

 幼かった直政と違い、滅亡を目の当たりにした刹には、思うことがあるのだろう。

『さあ、御館様、<絳庵>をお握りください!』
「あ、ああ」

 直政は立ち上がるために、槍の柄に手を伸ばした。

『さあ、殺しましょう』

 直政が握った瞬間、刹が昏い笑みを浮かべる。

「・・・・ッ!?」

 途端に流れ込む憎悪。
 それに裏打ちされた強大な【力】が直政を包み込んだ。

「こ、これは・・・・くっ」

 暴走しようとする【力】を抑え込む。だがしかし、その制御を超えていくつもの術式が発動した。
 それはまるで、膨大な【力】を持つ<絳庵>が、直政という地術師を媒介にして地術を発動しているようだ。

「ああ、だから言わんこっちゃねえ」

 髪を掻き上げたクリスは展開する槍、弓、騎馬、鉄砲の術式を前に、余裕の態度を崩さない。

「だが・・・・」

 高位地術師である直政の攻撃は、クリスを飲み込むには十分だ。

「これで存分に暴れられるぜ」

 拳を叩き合わせた後、来襲した第三位騎馬術式・"乗崩"を思い切り殴り飛ばした。









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