第六章「鏡、そして百合の花」/6


 

「―――あら?」

 轟音と共に滋野邸の門扉が吹き飛んだのを見た少女は、首を傾げた。

「姉様、どうして戦いが始まっているの?」
「さあ? 根津が下手を打ったんじゃない?」

 姉妹は結界内で首を傾げ続ける。
 他人事ではないが、あそこにいるSMOで、どうにかできるとは思えない。

「流れ弾とか危なそうだから・・・・」
「由利とかに連絡しとこ」
「―――ウフフ♪ 私はここにいるわよぉ?」
「「気持ち悪い」」

 姉妹の傍に降り立った男に、姉妹はユニゾンで言った。
 姉妹の頭上にあった枝に鎖が絡まっている。
 きっと木々の中、鎖を使って移動してきたに違いない。

「まあ、あちらも団体さんのようで」
「「? あ・・・・」」

 三人の視線は、夜陰を切り裂いて飛翔する、一機のヘリコプターに向いた。






穂村直政side

「―――穂村妹はこいつの護衛、義明さんと香里奈さんは奥へ避難」

 門扉が吹き飛んだすぐ後、朝霞は冷静に対応を命じていた。

「穂村は正面、私は迂回」

 端的な命令の下には、確かな状況判断とそれに基づいた戦術がある。

「的確ね」
「予想していたからね」

 朝霞は轟音と共に飛び起き、すぐに隣で寝ていた心優の首筋を叩いた。
 心優は覚醒する暇もなく、より深い闇へと落ちる。そして、着替えに手を伸ばして衣服を整えた。
 それを終えると、隣の部屋で寝ていた直政を呼びつけ、後退してきた義明と香里奈と合流。
 先程の指示を下したのだ。
 攻撃開始からわずか数分で対応策を提示する。
 それはSMOによる奇襲攻撃が、ほとんど意味をなさなかったことになる。

「行くわよ」

 圧倒的防御力を持つ直政で敵を封じ込め、攻撃力に特化した朝霞が側面奇襲を行う。
 奇襲を受けつつも敵を殲滅する、攻めの防衛戦術だった。




「撃て!」
「俺の顔を確認するなり、いきなり攻撃かよ!?」

 直政はいつの間にか決まった作戦を実行し、縁側に移動した瞬間に会敵した。
 敵の先頭と接触した直政は、土の壁を作りながら叫ぶ。

『だが、そんな豆鉄砲、ご主人様には効かないんだな!』

 個人に効かなくても、直政の背後の壁がズタズタになる。
 それは今まさに移動しようとしている朝霞に、弾丸が集中することを意味していた。

「ハンッ」
「それがどうした!」

 サブマシンガンを構えていた隊員ふたりが腰に手を回す。そして、それが引き抜かれた時には、その手に拳銃が握られていた。

『拳銃如きで―――げぼっ!?』
「ぐっ」

 "マグナム弾"の直撃を受け、直政は体勢を崩す。
 そこに残りの3人がナイフを引き抜いて迫ってきた。

「地術師相手には刃物が一番だ!」
『飛んで火にいる夏の虫! 御館様、奴らを串刺しに!』

 確かに地中から土の槍を繰り出せば、彼らは自らの勢いで貫かれるだろう。
 だが、そうなると、彼らは―――

「えっと、それだと死ぬんじゃね?」
『当然です! 殺してやりましょう!』

 愛らしい恰好で残酷なことを口にする。

「人殺しはちょっと・・・・」

 何より後始末をする人間が困る。

『ふん、ちょちょいと地中に穴掘って放り込んで埋めればいいんです』

 普通の人間ならば重労働だが、直政ならばものの数秒で終わる。

「・・・・とか問答しているうちに!?」

 複数の銀光が迫り、直政は必死に回避した。

『こやつら、対御館様の戦術を知っていますね』

 直政の物理攻撃に対する耐久性は、刃物には通用しない。
 刃物は打撃ではなく、切断の力を持っている。
 単純に接地面が小さいことによる突破能力ではなく、何らかの【力】を刃物は持っているのだ。
 直政が槍術を学んでいるのは、相手を攻撃するためだけではない。
 自分をしっかり守るためでもある。

「チィッ」

 一度、術者の体術で距離を離した直政は、<絳庵>を顕現させた。

「手加減できないかもしれないぞ!」
「手加減など無用!」
「無能力で前線に立つ俺たちの意地を見ろ!」

 威勢のいいことを言った彼らは、再び距離を詰めてくる。
 2.5mの<絳庵>とせいぜい20cmのナイフでは、リーチが違いすぎる。
 それでも直政は攻めあぐねた。

『この馬鹿者! 殺せ! 殺せ!』
「無茶、言うな! っていうか、まず当たらねえ!」

 SMOの一般隊員は無能力で退魔を行う。
 しかし、重火器の取り扱いから接近戦までこなす戦闘員は、下手な軍人を凌ぐ戦闘力を持っている。
 いや、昨今の軍人がハイテク兵器を使いこなすための端末であるのと違い、弾丸が一撃必殺ではない白兵戦に興じる一般隊員の方が個人戦闘力は上だろう。
 極限まで高められた白兵戦能力は、術に頼りがちな異能者を狩ることすらあり得た。
 逆に、直政が対抗できているのは、術者の身体能力のおかげだろう。

「今!」
「「「・・・・ッ」」」

 声に反応し、白兵戦を行っていた3人が飛びのいた。

『えー』
「うげっ」

 開けた視界の向こうには、ロケットランチャーを構えた隊員がいる。
 それを視認した瞬間、土手っ腹に弾頭が命中した。

―――ドォッ

 爆発力によって、直政は屋敷に突っ込む。
 縁側の廊下を破壊し、障子や畳をボロボロにして室内を転がった。

「成形炸薬弾が効かない!?」

 成形炸薬弾。
 モンロー効果により、貫通力に優れた弾頭。
 対戦車弾頭として使用されることが有名だ。

『はっ、おおかた、御館様の物理防御力を戦車装甲に例えたのだろうが、甘いわ!』
「なんでお前が偉そうなんだよ!」
「むぎゅっ」

 畳の上でふんぞり返っていた刹を鷲掴みにし、直政は立ち上がった。

(といっても、俺個人の防御力じゃないんだけどな・・・・)

 何も直政とて生身で戦っていたわけではない。
 煌燎城の戦いで、SMOが容易ならざる敵と知ったことで、直政は守護神に教えを請うたのだ。
 その結果、教えてもらったのが、対重火器個人用防御術式・"当世具足"。
 当世具足は、戦国時代に対火縄銃として発展した具足だ。
 それ以前の甲冑は、大鎧と呼ばれ、対弓のものだ。
 革や紙を紐で結び合わせた大鎧は、火縄銃の貫通力に対抗できなかった。
 だから、いくつもの鉄板を重ね合わせた当世具足が生まれた。
 御門宗家も発展する重火器に対抗するため、大正時代に生み出したものらしい。
 航空隊が発達し、地術師の索敵外から攻撃される時代に開発された。

(効果は幾十もの障壁を身に纏う)

 貫通力に優れた攻撃は、ひとつ貫通すると、途端に威力を減じる。
 城壁も漆喰の向こうには砂利を入れるなど、異なる材質を組み合わせることによって、大砲の直撃に耐えうる防御力を保有した。
 成形炸薬弾も、対抗策として本来の装甲前に障害物を配備し、貫通力を軽減させるものがあった。
 "当世具足"はそれと同じだ。
 尤も、"気"の消費量が激しく、直系レベルでしか展開したままの戦闘が不可能である。
 また、関節部分を守ることができないので、やはり刃物による攻撃は致命傷になり得る。

(だが、そんなもん教えてやるかよ・・・・ッ)

 防御しきれなかった熱による火傷に、顔をしかめる。

(チィッ、もしあいつと戦うことになったら・・・・これは課題だな)

 関節部の火傷、爆音による三半規管の麻痺など、もしこれがロボットならば、各種状況はレッドを示していただろう。
 直政の防御力は破壊力抜群の現代兵器を前にすれば、万能ではないのだ。

(だけど、この奥には、心優がいる・・・・)

 亜璃斗が守っているが、対兵器の武器を駆使する一般隊員を相手に、どこまで戦えるか。

「偶然だ! 偶然に違いない!」

 一般隊員たちは己を鼓舞し、再び襲いかかろうとした。
 しかし、ここに乱入者が現れる。

「・・・・いやいや・・・・」

 突如響き渡る爆音。
 それを見上げた一般隊員たちは、強風にあおられながら退避していく。
 音が急に聞こえたのは、それが結界外から乱入したからだろう。そして、勇ましい一般隊員が慌てて逃げたのは、その翼や腹に抱えた兵器群の巻き添えを避けたかったからだろう。

『マズイですよ!?』

 対戦車ミサイル・トウ(TOW)と70ミリロケット弾、3銃身20ミリ機関砲。
 これらの兵器が、直政へ、いや、屋敷へと向く。

「―――っ!?」

 20ミリ機関砲が咆哮した。
 それらは瓦や漆喰を砕き、その中身すらズタボロにしていく。
 そして、その貫通力の暴力で、直政の"当世具足"もズタズタにした。

「げふっ」

 ただ物理攻撃故に、持ち前の頑丈さで皮膚を傷つけることはない。だが、衝撃はどうしようもなく、ゴロゴロと屋敷の奥に追いやられた。
 いや、破壊力で屋敷を壊しているため、どれだけ奥に行っても、直政の頭上には星空が広がっている。

『転がっている場合ではないですよ!』

 全身がばらばらになりそうで、意識が点滅する中、直政は見た。
 新手の敵――攻撃ヘリから対戦車ミサイルが発射されたのだ。
 目標は、直政ではないが、それでも十分に威力を被るところにいた。

「しま―――」

 "当世具足"は解けており、間違いなく致命傷になる。
 また、他の防御手段を講じる時間はない。

「・・・・ッ!?」

 直政が諦めた時間で、対戦車ミサイルが爆発した。
 それは直政よりもずっと手前で、というか、攻撃ヘリのすぐ傍で爆発する。

『・・・・狙撃?』

 爆音に隠れ、一発の銃声が響いた。

「・・・・あれは・・・・ッ!?」

 爆発の衝撃で、一時コントロールを失った攻撃ヘリが照明を辺りにまき散らす。
 そんな中、木の枝に立った狙撃手が浮かび上がった。

「へ、地術師。元気そうじゃねえか」

 木の枝から飛び降り、今し方発砲したばかりの大鉄砲を肩に担ぐ。

「俺の名前は、推理できているんだろ?」
『筧十蔵!』
「・・・・ん? 喋るリス?」

 筧は首を傾げたが、すぐに気を取り直して発砲した。
 それは直政にではなく、態勢を立て直したSMO向けて、だ。
 甲高い音を立ててナイフが折れ、その衝撃に隊員が手を押さえて蹲る。

「おいおい、百匁弾をそんなあっさり・・・・」

 匁とは3.75gである。
 百匁は375gとなる。
 5.56×45mm NATO弾の重量は、約4g。
 百倍の重量差がある。
 黒式火薬と無煙火薬、銃身材質の違いによる速度が違うが、それでも拳銃弾とは比べものにならない衝撃がある。

(というか、大鉄砲は対人兵器でなく、攻城兵器だ!)

 筧の攻撃は、現代風に言えば、重機関銃で人を撃つようなものだ。
 つまりは、陸戦法規違反である。

「はっ、世界の法なんぞ知らんし」

 単発先込式である故に、連射できない火縄銃を駆使し、次々と一般隊員の近接武器を奪う。

「『人』には当てんから安心しぃ」
『・・・・昨日、思い切り御館様を狙撃しませんでしたか?』
「おっと、これは失礼」

 おどけた仕草だが、重火器の扱いに優れた一般隊員を、単身で封じ込めたのは見事の一声だ。

『『『うぎゃぁ!?』』』

 瓦礫の向こうで悲鳴が上がった。
 そこは、筧に追い立てられた隊員たちが避難した一角である。

「うふふ♪ なかなかにいい悲鳴♪」

 気色悪い裏声が聞こえ、直政と刹は思わず背筋を震わせた。
 きっと、隊員たちの悲鳴は攻撃されたことではないのだろう。

「筧、侵入した敵は片付いたわよ」

 そして、瓦礫の向こうから出てきたのは、案の定、女装した男であった。
 幸いなのは、見目は麗しかったことであろう。

「由利鎌之介よ♪」

 ウインクと共に自己紹介。
 直政と刹は背筋を震わせるだけで、何も答えられなかった。

「SMOってこんなもん?」

 新手が押し寄せてこないことに、由利が首を傾げる。
 その疑問に答えるかのように、戦闘離脱していた攻撃ヘリが帰ってきた。
 軍事用に静音性に優れたそれは、完全に筧と由利の死角をつく。
 70ミリロケット弾が発射され、肉片ひとつ残さないような暴力が襲いかかった。

「「―――っ!?」」

 機関砲と違い、面制圧もできるロケット弾の攻撃に、筧と由利の反応が遅れる。
 それは致命的となり、ふたりの超絶技巧でも捌ききれない数の猛威で押し潰―――

―――ドォッ!!!!

 ロケット弾は広範囲に広げられた土壁を粉砕することで、その猛威を散らせた。

『御館様、何故敵を助けるので!?』
「ええい、この際、敵の敵は味方という理論だ!」
『何も考えずに助けたのかーっ!?』

 バンバンと直政の肩を叩く刹。
 だが、直政はそれどころではない。
 真田十勇士のふたりは、ロケット弾の直撃を受けなかったが、爆発の衝撃で体勢を崩していた。
 あのままでは効果的な反撃ができない。

「間に合うか・・・・ッ」

 ロケット弾の代わりに、機関砲が筧へと向いていた。
 見るからに飛び道具を持っている彼から倒そうというのだろう。

「くっ」

 直政が土壁を筧の前に形成し始めた時、

「「「え?」」」

 攻撃ヘリのローター部分が遠方からの攻撃で消滅した。





「―――ふぅ、とりあえず、邪魔者は先に潰すのが鉄則」

 少女が放った雷撃は、百メートルほどを飛翔して攻撃ヘリに命中した。
 ローターを失った攻撃ヘリが墜落して爆発する。
 最近のSMOパイロットは装甲兵であることが多く、あの程度で死にはしないだろう。

「あっちは大丈夫でしょ」

 彼女はドチャッと鎖を地面に落とす。
 手には大鎌が握られていた。
 その様に、攻撃を受けて集まってきたSMOが一歩退く。

「大鎖鎌の・・・・」
「雷術師・・・・」

 銃を持っているが、完全に腰が引けていた。

「ふうん? 自慢の装甲兵はまだ到着していないの」

 面倒くさそうに髪を掻き上げ、集まった一般隊員を睥睨する。

「貴様、"風神雷神"の、山神綾香か?」

 リーダー格の男が声をかけた。
 立ち振る舞いは一般隊員同様に鍛え上げられているが、銃器だけではない自信が見える。

(異能者ね)

 綾香の前に立ったのは、大久保だった。
 ついさっき到着した増援を掌握しようとしていた矢先だったのだ。

「そう。まあ、今日はあんたたちとやり合う気はないから、退いてくれない?」

 この数を相手にしても、綾香は負ける気がしない。
 だが、さすがに時間がかかる。
 その間に屋敷が陥落してしまうだろう。
 一方で、SMO側にとって部隊の壊滅と引き替えに屋敷を陥落させる意味はない。

「・・・・あっさり見逃すのだな」
「こっちにも事情ってものがあるのよ。面倒なことね」

 綾香が肩をすくめた。
 一見、隙だらけだが、先程の攻撃速度と威力を見せられた一般隊員は銃口を向けようとしない。
 向けた瞬間、自分に風穴が空いているかもしれないのだ。

「とりあえず、退けて。あんたたちの相手は明日してあげる」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』

 大久保の合図に、SMOたちは撤退準備を始めた。
 その手際は見事で、5分も経たずして自動車の列が消え始める。

「出てきたら?」

 綾香はそれを見送りつつ、茂みに声をかけた。

「―――やっぱり、"風神"もいるんですか?」

 茂みを揺らして現れたのは、朝霞である。
 彼女は屋敷を脱出して迂回、SMO本陣を奇襲するところだったのだ。
 そこにふらりと現れ、遠方の攻撃ヘリを撃墜したのが、綾香である。

「いないわ。あいつは京都の本邸にいるでしょ」
「じゃあ、どうして私がここにいるって?」

 最後の車両を見送り、綾香は朝霞を見た。

「勘」

「・・・・本気?」
「大マジよ」

 思わず顔を凝視した朝霞に、綾香は頷いてみせる。

「さすが"死神"」
「・・・・その評価と繋げるのは、ちょっと違うんじゃない?」

 微妙にズレた発言は、彼女の後見人である熾条一哉にそっくりだ。
 そう思った綾香は、そっとため息をついた。









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