第六章「鏡、そして百合の花」/1


 

「・・・・こっち」

 夏休みを目前とした時期、神代カンナは第三宝物庫の整理をしていたひろに呼び出された。
 彼女は金色の耳と尻尾を揺らしながら宝物庫を歩いて行く。

「・・・・これか・・・・」
「・・・・うん」

 件の物品の下に辿り着き、カンナはため息をついた。
 その隣で、ビクビクと体を震わせながら、ひろは涙目でカンナを見上げる。

「・・・・よい、この辺りはもうほとんど【力】を使い果たしているからな」

 古くなった床板の溝に躓いたのだろう。
 宝物庫には宝具が散乱していた。

「ここは主に戦国末期から江戸初期にかけて九十九神化したとされる物品が眠っていてな」

 散らばっているのは当時の家財道具や戦道具ばかりだ。
 おかげで棚などがすっぱりと切り裂かれてもいる。

「・・・・これ」
「ん?」

 ひろが拾い上げたのは、槍の鞘だった。
 それは見事に切り裂かれている。そして、その切り裂いた槍はどこにも見当たらない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 カンナの鋭い視線が、切り裂かれた鞘に向けられる。
 そこには六文銭が描かれていた。






穂村直政side

「―――今年もクラゲが大量発生したらしいですよ、政くん」
「エチゼンクラゲだっけ?」
「ええ、そうです。エチレンの親戚ですかね?」
「・・・・エチレンを知っていて、越前を知らないお前にビックリだ」
「えへへ」
「褒めてねよ」

 などとどうでもいい話をしながら、穂村直政と唯宮心優は下校していた。
 期末テストが終わっても学園はある。
 といっても夏休みに向けた消化試合なので、誰もがやる気がない。
 その証拠か、本日はふたりとも部活が休みだった。
 部員に補習要員が出ていたのも関係している。
 因みに信じられないことだが、心優は補習なしだった。

「何でもクラゲ大量発生というのは、"生物群集"というものらしいのですよ」
「ああ、知ってる」
「何で!?」
「・・・・テスト範囲だったぞ」
「・・・・・・・・・・・・えへへ」
「何で照れくさそうなんだ?」

 最近、この幼馴染みの反応が分からない。

「"ポリプ"と呼ばれるものから増殖するから、双子がいっぱいいるんですよね」
「それは知らん」
「クラゲになると一年で死んでしまうんですが、ポリプの寿命はほぼ永遠らしく、次のクラゲを生み出すそうです」

 「まるで転生ですよね」と心優は笑う。
 相変わらず、興味があることに対する記憶力は素晴らしい。

「エチゼンクラゲは対馬海流に乗って東北や北海道まで達するらしいですよ」
「へぇ、まるで流氷だな」
「流氷・・・・氷・・・・」

 ふっと心優の目が虚ろになる。

「そういえば、ちょっと聞いた話なんですけど、北海道で流氷かき氷が食べられるって聞きました」
「流氷の季節にそんなもの食べようとするなんて・・・・マゾッ気のあるやつだな」
「もう! ちゃんと冷凍保存して、夏に食べるんですよ」

 体ごとぶつかってツッコミを入れた心優はにっこりと直政に微笑みかけた。

「ちょっと調べてみます」

 そう言い、屋敷の門に手をかける。
 電子音がしてロックが外された。そして、彼女が門に入ると同時に施錠される。
 遠くから番犬として飼われている犬の鳴き声が聞こえてきた。
 それは警戒した声色ではなく、甘えたものだ。
 昔から、心優は生き物によく好かれた。

(クラゲにも好かれたりしてな)

 大量発生するクラゲの中心で笑う心優。

「・・・・ホラーだな」

 そう呟き、数十メートル向こうに見える自宅へと歩き始めた。



「―――遅い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 帰宅し、今を通ろうとした時、聞き知った声が直政の鼓膜を震わせた。

「直政か、こちらへ」

 祖父・穂村直隆が応対していたのか、彼が直政を呼ぶ。そして、後から仏頂面でお茶を持ってきた妹・穂村亜璃斗も来た。

「仕事よ」

 ポニーテールを揺らし、一枚の紙を差し出す。
 そこには「救援要請」と書かれていた。

「場所は信州SMO勢力圏内よ」
「信州・・・・」

 新旧戦争では再編が終了したSMOが攻勢に出ている。
 先日、飛騨が完全にSMOの支配下に落ち、信州川中島ではSMOの大部隊と山神宗家が交戦した。
 その川中島対陣は未だ終結しておらず、SMOの大隊規模の戦力と山神宗家の主力部隊が睨み合っていた。

「つまり、敵勢力圏で暴れてこいと?」

 陸綜家の直属部隊である<鉾衆>は今まで新旧戦争の表舞台には出ていない。
 奇襲効果は抜群だろう。

「いいから読め」

 あまり説明する気がないのか、朝霞はお茶に手を付ける。

「・・・・はい」

 書類の内容はこうだ。
 最近出土した古い鏡がある。
 何らかの封印が施されているが、何者かがその奪還を狙っている。
 SMOに頼ることができず、知り合いに護衛を頼んだそうだ。
 それが巡りに巡って陸綜家に届き、個人戦闘力が高い直政と亜璃斗、朝霞が選ばれたらしい。

「明日から海の日を入れた連休、そこに行くわよ」
「護衛任務を連休だけでこなすの?」

 亜璃斗が眼鏡を光らせた。
 それに対する朝霞の返答は実にシンプルだ。

「いつまでか分からないなら、狙っている連中を撃破すれば早いんじゃないかしら?」

 攻めてくるやつをぶっ潰せ。

「・・・・せ、積極的・・・・」
「こっちもあまり余裕ないの。・・・・あいつがなんか動いているみたいだし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 朝霞が「あいつ」と表現するのは、熾条一哉のことだ。
 稀代の戦略家であり、<鉾衆>の頭目だ。

「ん? 頭目が他で動いているのならば、これは頭目からの指示ではない?」

 亜璃斗が確認するように朝霞を見る。

「ええ。もっと上からの指示」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉の指揮下にある<鉾衆>を動かすことができ、自前の戦力を持たない人物。
 それは熾条緝音か神代礼伊の、どちらかだろう。

「どちらにしろ・・・・面倒な仕事になりそうだ」

 直政はそう言い、ため息をついた。



「―――疲れた・・・・」

 翌日、夕方にようやく辿り着いた。
 朝早かったが、電車の中で爆睡していたために眠気はない。だが、とにかく体の節々が痛い。

「へんぴなところねー・・・・」

 朝霞は時刻表を見ていた。
 表示されているのは、7時、12時、17時の3つだけ。
 後は空白である。

「村と言うより、集落」

 亜璃斗は村の案内図を見ていた。
 駅は村の中心に位置しており、北部と南部に分かれている。
 案内図には道の他に住宅や水田も描かれており、北部の方がやや集落が多い。

「この寂れ具合で観光って・・・・」

 「鏡池」という観光名所があるらしい。
 脇に書かれた案内では、生き物がいないことが確認されている。
 かつて、関東から殺生石が飛来した、という言い伝えの証拠でもあるらしい。

「ま、とりあえず、駅を出ましょ」

 話では依頼人が迎えに来ているはずなのだ。
 朝霞のかけ声に従い、一行は無人改札を抜け、ロータリーへ。
 そこには1台のワゴン車が止まっていた。

「―――鹿頭さんと穂村さんですか?」

 3人の姿を認め、車から降りてきたのは、二十代と思しき青年だ。
 この村の有様で若者がいることに驚いたが、裏のことを知っているのならばおかしくはない。
 旧家に位置する旧組織ならば、拠点が田舎のことはよくある。
 また、そこから若者は流出しないものだ。

(・・・・っと、去年まで紀伊山地の田舎にいた鹿頭が言っていた)

 尤も音川町も都会ではないのだが。

「初めまして。滋野義明と申します」

 青年は自己紹介して一礼する。

「この度、依頼させていただきました」
「依頼人ご本人ですか」
「ええ、何せ、人手不足もいいところですから」

 「詳しいことは車内で」と義明は3人を車に促した。
 確かに人目はなさそうだが、公共の場所でする話ではない。

「ああ、そうそう。僕は能力者ではありません」

 発車してからすぐに義明が言った。

「僕は曰く付きの物品を発掘し、しかるべき場所に送ることを仕事にしています」
「骨董品屋への卸売業者、といったところ?」
「そうなりますね」

 亜璃斗の質問に、義明は肯定する。
 車は谷沿いに進んでおり、景色は先程の田園地帯から打って変わっていた。
 崖にはいくつか平坦な場所があり、人工的に見える。
 もしかすれば、城跡なのかもしれない。
 田舎の山々には意外と城跡が残っているものだ。

「僕たち骨董品店への卸売業者は、骨董品の鑑定の他に発掘を行います」

 旧家の家元が亡くなった場合にはその家にお邪魔して倉庫整理を手伝ったり、寺社仏閣の宝物庫の管理も担当したりもする。

「そんな時に裏の息吹を感じれば、懇意にしている退魔師にお願いするのです」

 今回もそのパターンのはずだった。

「襲われる事態になって、対処する力はない、か」

 裏を知っている人間が、裏の人間に対抗することはできないだろう。

「でも、一度は撃退できたのよね?」
「そういえば・・・・」

 1回目は奇襲だったはずだ。
 それがどうして対処できたのだろう。

「それは・・・・こういうことですよ」
「ぅぉっ」

 窓の外に見えていたのは、花崗岩の石垣に黒漆が塗られた土壁、灰色の瓦が葺かれた重厚な雰囲気を放つ建物。

「鎮守建設の手が入った武家屋敷・・・・」

 朝霞は自分の本拠と似た雰囲気から存在を看破していた。
 おそらく、自動迎撃結界でも張ってあったのだろう。
 これに驚いた賊は、とりあえず撤退した、という流れだろうか。

「偶然、この地にいたのではない?」

 亜璃斗が首を傾げながら言う。

「ええ、実は僕はこの地の地主でね」

 義明は門に手をかけた。
 と言っても、大きな門扉の脇にある通用門だが。

「そういう背景がなければこんな仕事できませんよ」

(確かに。儲からなさそう)

 失礼なことを考えたが、どうにか口には出なかった。

「普通の骨董品でも数百万するものもあります。だから、防犯ですね」
「数百万・・・・」

 ただの壺やら食器がそんな値段になるなど、考えられない。
 外も凄ければ中も凄い。
 まるで観光地の城に行った気分だ。
 池などを観光地にせず、この武家屋敷を解放するだけで十分観光客が来るのではないだろうか。

(豪邸は唯宮邸で知っているけど、あそこは洋式だからな)

 因みに鹿頭邸には入ったことがない。
 あそこは純和風なので、きっと似た雰囲気だろう。

「うちもここまでにしたい」

 玄関をくぐり、板張りの廊下を歩いて中庭に出た。
 小さな池とユリが織りなす和の空間にため息が出る。
 中庭の周囲には外廊下が張り出しており、その廊下を通って中庭の向こう側の建物に入る。

「亜璃斗・・・・無理だと思う」

 妹の素朴な要求に、兄として、当主として首を振った。

「あまりに俺たちが育った一般家庭と違いすぎる」

 なにより、どれだけ豪華な純和風建築物を建てたとしても、隣に建つ唯宮邸には霞む。
 さらには周囲の住宅から浮きまくるに違いない。

「・・・・そう」

 自分でもわかっていたのか、亜璃斗は小さく呟いて黙り込んだ。
 御門宗家陣代兼穂村家次期当主としては、本拠地の見栄えも重視していたのだろう。

「分かってる。変わりすぎるとあの厄介なお嬢様が首を突っ込むに決まっている」
「そうだな」

 行動力があり、政財界で権力を持つ唯宮家。
 その社長令嬢ともあれば、独自の情報網すらありそうだ。
 下手をすれば、直政たちの正体が暴かれかねない。
 義明の後ろを歩き、彼の対応を朝霞に任せた直政と亜璃斗は、雑談の中に心優を登場させていた。
 破天荒にして常識外。
 財閥の令嬢という権力を惜しみなく使う幼馴染に対する秘密は、あまりに大きすぎる。

「ま、音川で大人しくしておけばいいさ」

 ここは音川から遠く離れた地。
 そう気にすることはないだろう。

「ああ、そうそう」

 そこまで考えた時、義明は微笑みながら振り向いた。

「皆さんより先に、お客様が到着されていますよ」
「「「?」」」

 三者一様に首を傾げる。
 陸綜家の話では、派遣戦力は自分たちだけのはずだった。
 敵勢力圏に部隊とも言える人数を送り込んでも、危険なだけだからだ。


「―――もう、遅いですよ、政くん」


「おいおい・・・・」

 客間のガラス障子を開けた瞬間、聞き知った声がした。
 それは絶対にここにいないはずの声。

「流氷かき氷を食べようという話だったのに、こんなところで避暑だなんて・・・・ッ」

 ツインテールを震わせ、朝霞を見上げる少女。

「羨ましい!」
「何でいるんだよ!?」

 直政と少女――心優の声が重なる。

「お前、ここがどこかわかってるのか!?」

 裏の勢力が激突する場所だ。
 何の【力】もない少女がいて、無事で済むとは思えない。
 敵からすればいいカモである。

「ここは信州上田の近く。戦国時代後期では真田家が所領した土地ですね」

 そんな心配を余所に、心優は状況ではなく場所の説明をした。

「あそこの山には真田氏の支城もあったそうですよ」

 自慢げに知識を披露する心優は、畳に足を延ばしてすっかり寛いでいる。

「・・・・はぁ」

 「面倒なことになった」と朝霞が額を覆ってため息をついた。そして、手の隙間から直政を見遣る。

『あんたがどうにかしなさいよ』

 との視線を受けた。

「・・・・はぁ」

 直政が天を仰ぐ。
 最初は頭脳戦。
 どうやっても、朝霞と亜璃斗が適役だった。

「・・・・・・・・・・・・はぁ」
「?」

 ため息の意味が分からず、心優は首を傾げる。
 それに合わせるように、活けられたユリも風に揺られて首を傾げた。









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