第四章「選挙、そして挙兵」/8


 

「―――フ、フフ・・・・何度聞いても、この音は慣れません」

 スカーフェイスは煌燎城から離れた森の中にいた。
 周囲には20弱の装甲兵がいる。
 中には装甲をへこませた者がおり、激戦を経験したことが分かった。

「盗聴器を仕込んでいたことに気付いた節がありませんでしたけど・・・・全力を出すと言うことは相手が地術師の中でも相当高位だったのでしょう」

 そう呟き、盗聴器の受信機を放り投げる。
 スカーフェイスが築山に渡した通信機には盗聴器が埋め込まれており、スカーフェイスは戦闘部隊だけを先行させていた。そして、自身はその盗聴器から得られる築山の指揮を聞いている。
 スカーフェイスはSMOの実権を功刀が掌握し、大規模な再編成が行われても、監査局第三実働部隊――通称・スカーフェイス部隊の長を務めていた。
 スカーフェイス部隊は最新鋭の装甲に身を包み、奇襲を得意とする実働部隊だ。
 今回はスカーフェイスたちの背後に並ぶ特殊な自走砲から射出された彼らは難なく三の丸に侵攻し、朝霞や亜璃斗と干戈交えたのだ。
 武装としては歩兵の武器を扱う。
 ただし、白兵戦能力は身体能力だけでごり押しするレベルの精霊術師ならばあしらう腕を持っていた。

「さあ、ヤツの戦術を高みの見物・・・・と思っていたのですが、一部戦力による突出。あの“東洋の慧眼”にしてはずいぶん荒っぽい」
「―――同意する」
「「「―――っ!?」」」

 聞こえた声に装甲兵たちが一斉に銃を構え、四方に視線を走らせる。だが、襲撃は上からだった。
 突然、降ってきた火球が装甲兵の真ん中で爆発し、彼らは四方に弾き飛ばされる。
 その火球はご丁寧に彼らの銃器を破壊していた。
 彼らはすぐに銃器を捨て、軍用タガーを引き抜く。

「フフ、まずは自分に対して有効である銃器を潰す、ですか。さすがは鹿頭嬢の後見人、彼女と同じ戦い方をする」
「まずは安全確保。当然だろ?」

 一哉は茶化しながらも周囲に飛び火させ、蹴散らした装甲兵たちが襲いかかるのを牽制した。しかし、それはなんの意味もない。

「おいおい」

 数瞬後、爆発音と共に弾け飛んだ数名の装甲兵は至る所から煙を上げて転がっていた。

「・・・・理性でも奪ったか?」

 とある領域に踏み込んだ瞬間牙を向いた炎に怯むことなく、突撃しようとする他の装甲兵を見て、一哉はスカーフェイスに問う。

「待機」

 彼は質問には答えず、一言で部隊の攻撃態勢を解いて見せた。
 これが何にも勝る返答だ。

「フフ、影から操るのが僕たちの仕事というのに・・・・二度も姿を見られるとはビックリです」
「はっ。何度見てもお前の真の顔は拝めそうにないがな」

 一哉の言いたいことを捕捉する。
 今のスカーフェイスの顔は、前回、高雄研究所付近で見たスカーフェイスの顔とは違っていた。だが、口調そのものは彼に間違いなく、同一人物ということを示している。

「それで、あなたの目的は“コレ”、ですか?」

 スカーフェイスの声と共に特殊自走砲とは別の車輌のトランクが開けられた。

「―――熾条、さん?」

 その中から、一哉を呼ぶ、か細い声がする。

「・・・・ッ」

 一哉が動こうとした瞬間、傍にいた装甲兵たちが身構えた。
 ここで戦闘が起きれば、確実に余波で対象は死亡する。

「全く、優しいのか優しくないのか分かりませんね、フフ」

 スカーフェイスは自動車まで歩き、トランクからその娘を引きずり出した。
 細い体には痣が残り、拷問を受けたことが分かる。
 ジュネーブ条約を皮切りとした戦時国際法など、裏社会には何の意味も持たない。

「フフ、SMO主力部隊が転移した、第四ポータル。本来は使われない大規模転移門だそうですね」

 スカーフェイスは少女の首根っこを掴んだまま言った。

「あなたはそんな大きな門から、この少女を出し、我々に門の存在を教えた。・・・・・・・・そして、この娘を捨て石とした」
「ヒクッ」

 「捨て石」という言葉に少女は喉を鳴らす。
 一哉は肩をすくめて見せ、スカーフェイスと会話を始めた。
 元々、ふたりの間にはお互いを本気で潰そうという意志はない。
 確かに隙を見せれば全力で食い潰すが、それよりも有益な情報源としてみている。
 ただ、利用価値がなくなったと判断すれば、一哉は容赦なく、彼を殺す。―――時任蔡の仇なのだから。

「フフ、残念ながら本日はここまでのようです」

 右耳からイヤホンを引き抜いたスカーフェイスは装甲兵をまとめてトラックに押し込んだ。

「撤退か?」
「ええ、あなた方が待っていた方々が来られたようです。フフ、とばっちりで全滅は御免ですから」

 スカーフェイスは人質である少女を引きずり、自分もトラックに入った。そして、一哉が動かないと見ると、彼女の目隠しと手錠を素早く外す。

「それではお返しします」
「熾条、さん!」

 年の頃11、12才の少女――早川空は痛む体に鞭打ち、一哉向けて走り出した。
 一哉は肩越しにスカーフェイスが笑みを深めたのを見て、空の背後に炎の壁を作り出す。そして、着弾した弾丸を全て焼き切った。

「フフ! それではごきげんよう!」

 トラックが急速度で発進し、見る見るうちに遠ざかっていく。
 両者が攻撃することが可能だった、人質解放時で防御を選んだ一哉に、彼らを追撃することは不可能だった。
 こちらの態勢が整った時には射程外まで抜けている。

「チッ、食えない奴だ」

 一哉は体から力を抜き、空に視線を向け―――見た。

「熾条さん! ごめんなさい、ごめんなさ―――」

―――空の体が膨張したのを。

―――ドォォォォォォォン!!!!!!!!

 3つの爆発が同時に重なり、ひとつの爆発音となる。
 ふたつめは放置されていた自走砲が遠隔操作で一哉向けて砲弾を放った音。
 みっつめは一哉から迸った炎弾が発射された砲弾ごと自走砲を破壊した音。

「ああ・・・・・・・・」

 一哉は温度の低い視線で辺りを見回した。
 パチパチと大爆発した自走砲が辺りを赤く染め上げる。しかし、一哉は別の赤に染まっていた。

「失敗し、た・・・・な」

 よろりと揺らめき、膝をつく。
 じわりじわりと体から地が溢れ、地面を染めた。

「はぁ・・・・師匠が殺られた時もそうだったな」

 時任は事前に毒を仕込まれていた。
 ならば、空はどうだったのだろうか。

「毒じゃあ、俺を巻き込めないから、な・・・・」

―――ひとつめは、早川空の体内に仕掛けられた爆弾が爆発した音。






襲来scene

「――っ!?」

 築山が戦いの最中で大きく飛びずさった。
 これまでになかった反応に、直政が首を傾げたのもつかの間、亜音速で飛来した装甲車が顔面に命中する。

「ふぎゃ!?」
『みぎゃ!?』

 装甲車が地面に落下すると同時に爆発し、無数の破片に叩かれた直政は死んだように地面に突っ伏した。

「っていうか、マジで死ぬ・・・・」

 これまでの戦闘でそう思ったことは多いが、今回はやばかった。
 築山陸翔という能力者は能力の性能はもちろん、戦闘経験や戦術など、戦い方という概念で直政に大きく勝っている。
 未だ直政が戦場に立っていられるのは、その防御力のおかげだった。しかし、それもその死角をついてくるような攻撃に直政の精神力は限界だ。

『っていうか、今のはあの方の攻撃では―――』

 轟音と共にSMO部隊の後備が吹き飛んだ。
 あれだけの打撃を与えながらも耐えた装甲が粉々に砕け散り、バラバラになって落ちていく光景はマンガにしか思えない。

「うん、なんか違うな」

 築山は味方に攻撃はしないだろうし、今も信じられない面持ちで部隊の崩壊を見つめていた。

『まさか・・・・“敵”?』

 ひとりの人影が戦車に飛び乗り、力任せにその砲塔を車体からえぐり取る。そして、膝を光に貫かれた。

「・・・・ッ、央葉か!?」
『あれ、何?』

 とりあえず攻撃してみたのか、央葉は直政の隣につくなり質問する。

「しるか。まあ、とんでもないのは間違いな―――」

 一瞬だと思っていた会話の隙に敵は攻撃していた。
 ふたりが影に気付いて正面を向いた時には、回避不可能な距離に戦車の天蓋が迫っている。

「「『―――っ!?』」」

 結局、息を呑む意外何もできず、ふたりは40t弱の重量に押し潰された。



「―――ちょ、アレ何!?」

 朝霞は突然三の丸に現れた男に驚愕した。
 朝霞と亜璃斗は先程と同様に二の丸城門前で敵を迎撃している。
 先程の装甲兵よりは質が劣るのか、何人かの装甲兵を無効化し、二の丸死守に貢献していた。しかし、その奮闘も轟音にて停止する。
 男は外郭から直接三の丸へと飛び乗ってきた。
 より正確に言えば、三の丸から外郭を睨んでいた櫓に外郭から直接飛び込み、さらには倒壊させ、その瓦礫を吹き飛ばして三の丸の大地を踏んだ。

「・・・・ひどい」

 そうして始まったのはもやは虐殺だった。
 大階段前には数輌の軍用車両が止まっており、数十人の装甲兵が待機している。だが、そこに男が飛び込んだ瞬間、十数名が血飛沫を上げて弾け飛んだ。
 危険を感じたのだろう。
 乱戦になって沈黙していた大階段の上――渡り廊下的な櫓から重機関銃が咆哮した。
 それは次々と男に命中する。
 装甲兵に当たっても意味のなかったそれは、生身の男には身を引き千切られるほどの衝撃だった。

「「え?」」

 しかし、銃撃が止んだ時に立っていた男は五体満足だった。

「ヒャ、ハッ!」

 哄笑と共に地面を踏み切った男は数十メートル先の櫓に飛び乗り、握り拳をその瓦に撃ち込む。

―――ドゴンッ!!!

 衝撃が輪になって拡散し、音も威力となって朝霞たちの身を震わせた。
 そんな一撃は渡り廊下の建材を苦もなく破壊し、榴弾砲にまで耐えて見せたそれは崩壊する。
 崩落した瓦礫に巻き込まれた装甲兵たちは大階段を転がっていき、崩落現場よりも上段にいた者たちには動揺が走った。
 なぜなら、その瓦礫の上に男が立っているのだから。

「「「「「ぅ、うわあああああああああああああっ!!!!!!!」」」」」

 恐慌の末、彼らはあらゆる銃器を撃ち放つ。
 これまで、周囲を巻き込むことを知って引き金を引かなかったが、恐怖に裏打ちされた決断は、跳弾や同士討ちなどの概念を弾き飛ばした。
 朝霞たちを救っていた、倫理観を吹き飛ばした攻撃は先程の重機関銃と同じく男に命中し、ズタズタにその身を打ち砕く。

「イテェな、おいぃぃぃ!!!!!」

 それでも男に致命傷を与えることができず、さらにはその突撃で半数近い装甲兵が撃破された。しかし、男の目的は装甲兵の撃滅ではなく、二の丸への侵入であったようだ。
 それに気付いた時には朝霞たちは装甲兵の奔流に巻き込まれていた。
 直接的な攻撃は受けていないが、まるで津波のような勢いに精霊術師の身体能力など意味がない。

「ヒャハッ!!!」
「あ、う・・・・」

 遠くなる意識の中、朝霞は二の丸の城門が砕け散ったのを見た。



「―――来たわね」

 二の丸と本丸を結ぶ城門線の内、二の丸側の城門が音を立てて崩れ落ちた。
 風御門飛依はスコープの十字を城門に合わせ、戦闘態勢でいる。
 中国で生まれた自然哲学思想、陰陽五行説を元に、日本独自の発展によって誕生した呪術――陰陽道は学問式である故に多数の退魔師を輩出していた。
 特に風御門が得意とする早九字は初歩の初歩として使われている。
 だがしかし、体系だった退魔術は一定の知識がある敵には通用しないことも多く、量産型故に高位の術者が生まれづらい状況となっていた。
 それでも、基礎となる学問からオリジナルの域まで改良することができた者たちは直系術者とも正面から戦える能力者となる。
 土御門家の分家であり、主に戦闘部門を担った風御門に連なる彼女もまた、そうした高位の能力者だった。
 彼女が使う銃器、兵器の類は男には効かないだろうが、その威力に上乗せする【力】があった。
 風御門が最も得意とする早九字は十字を切る動作に「臨兵闘者皆陣列在前」を呟くのが最も一般的である。
 この時、指で印を作ることが多く、その時に十字を切ることがある。
 風御門はこの十字に注目し、格子や斬撃と意味を組み合わせ、自らに十字を模すものを大量に配すことでその威力を増幅したのだ。
 故に“十字”を作るスコープを持つ狙撃銃は自走砲の正面装甲を撃ち抜く威力を保有している。

「・・・・ッ」

 そっと引き金を落とすと、轟音を立てて狙撃銃――H&K MSG-90は咆哮した。
 それはわずか100メートルの距離を疾走し、吹き飛んだ本丸側城門の向こうにいた黒衣の男を貫く。
 黒いコートの下は裸、というふざけた格好の男は十字に刻まれた腹を押さえた。
 とても銃撃の傷とは思えないそれに手を這わせ、好戦的な視線をこちらに寄越す。

「もうひとつ、いくわ」

 九字を呟くと共に放たれた弾丸は次には男の右足を持って行った。
 それは膝から下の部分を分解する一撃である。
 銃器で吹き飛ばした物理的な現象ではなく、細胞同士の結合に対する非科学的な現象だった。

「なるほど」

 風御門は銃眼から身を離す。そして、狙撃銃を放り投げ、腰に佩いていた西洋剣を横に薙ぐ。

「―――ガッ!?」

 瞬間、銃眼を砕いて本丸内に侵入した男を真一文字に斬りつけた。そして、横一線の傷から両直角に傷が伸び、十字の傷ができあがる。

「驚異的な回復力、ね」

 間合いを離して返り血を避け、異様なまでに長い鍔を持つ剣を構えた。

「ぐ、ぅ・・・・イテェじゃねえか、アア!?」

 まるで巻き戻しのように傷がなくなった男は引きずるように持っていた大剣を突きつける。
 それは途中で折れており、鋒は存在しない。しかし、巨大であるが故に普通の刃長を大きく上回っていた。

「さて、貴様は誰? 戦況を見たところ、SMOの人間でもないようだけど」
「ヒャハハッ。誰が言うか、ばぁか!」

 男は無意味に腕を振り、ふたりの間にあった階段が吹き飛ぶ。
 接近戦になるかと戦闘態勢に移行した風御門の背中に、ひとりの少女の声が叩いた。


「風御門さん!」


 敵の出現で、天守閣を駆け下りてきた瀞は彼女の名を呼んだ。
 瀞の腕には赤ん坊が抱かれており、とても戦場にやってくる姿ではない。しかし、敢えて瀞はこの判断を下した。
 杜衆頭目と言えど、風御門は陰陽師だ。
 正面切った戦闘では精霊術師に敵わないだろう。そして、瀞は直系術者であり、彼女の戦術が稚拙であろうと、正面から撃破できる者は少ない。
 だから、代わりに瀞が戦おうと考えた。そして、その時に赤ん坊を渡そうと考えていた。

―――結果、その思考は半分外れで、半分正解だった。

「よそ見してんじゃねえぞ、クソあまぁぁぁぁぁlッ!」

 敵の直進を阻む障害物を無視して突き進んだ男は己が体で障害物を撃破し、大きく振りかぶった大剣を大上段から振り下ろす。
 すんでのところで回避した風御門の目前で代わりにその剣を受けた地面が爆ぜ、そのまま地割れは直線に突き進んだ。

「う、うそ・・・・」

 呆然とする瀞の目の前で、礎石ごと破壊された天守閣は真っ二つに割れた。
 大天守の倒壊に小天守が巻き込まれ、大量の粉塵を巻き上げ、数十名の人間を孕んだままそれは瓦礫の山と化した。
 外れとは、瀞が出てこなければ風御門が隙を見せることなく、この一撃はなかっただろう。
 正解とは、瀞が出てこなければ風御門の赤ん坊はこの崩落に巻き込まれただろう。
 だがしかし、やはりあの判断は間違っていた。

「ごふっ」

 我が子の無事を確認しようとした風御門が粉塵の向こうから振るわれた大剣にその身を打たれた。
 地術師もビックリな耐衝撃用呪符を身につけていた風御門だが、その衝撃はいとも簡単にそれを打ち破り、体の芯を貫く。

「風御門さん!?」

 瀞が悲鳴を上げる中、彼女の体は十数メートルほどライナーで飛翔し、水球に優しく捕球された。

「はっは! でけぇクチ叩いてこのザマァとは情けねえ!」

 風御門を撃破した男はついでとばかりに瀞を攻撃する。

「あ?」

 だが、そこに瀞はなく、ただ水を貫いた感覚しか返ってこなかった。

「水ぅ?」

 怪訝な表情で地面を濡らす液体を眺める男から離れた瀞は倒れた風御門の傍に膝を突く。

「あ、う・・・・」
「よかった、意識はあるんだね」

 あのままの速度で城壁に激突していれば、間違いなく全身の骨がバラバラになっていただろう。

「風御門さんはここで寝てて。それと、この子を守って」

 瀞は風御門の体を起こし、城壁にもたれかけさせた。そして、腕の中に赤子を抱かせ、笑いかける。

「お前に・・・・あいつは止められ、ない」
「かもね。・・・・でも、退くわけにはいかないんだよ」

 あれは一哉の敵だ。
 ならば、どれだけ怖くても、瀞には戦う意味がある。

「あ、あ~あ~、へ、ヘヒャハ!? 思い出したぜ、お前! 2年前にあの島にいたガキだろ?」
「え?」

 これまで壮絶な戦いを繰り広げていた男の意外に整っている顔を見て硬直した。そして、その硬直した理由は先程の言葉で肯定されている。

「ヘヘ、あの時は楽しめたぜぇ。未だあいつだけだ、俺に傷を残せたのはよぉお! 顔が再生しても消えねえぞ、オラッ!」

 そう言って自らの右頬を撫でた。
 そこには彼の言うとおり、一筋の刀傷がある。
 それは2年前、第一次鴫島事変で、瀞の父――渡辺宗家先々代宗主・渡辺静昌が、鴫島上陸部隊を奇襲した男につけた傷だった。



「―――っ!? 瀞っ、下がっていろ!」

 渡辺静昌はそう叫び、引き波のエネルギーを奪い取り、膨大な<水>を従えて戦場に臨んだ。
 第一次鴫島事変の折、連合軍の本陣は背後から奇襲される。
 背後に停泊していた一隻の護衛艦は爆発し、その攻撃の余波で二隻の輸送艦が転覆。
 海岸側では決して低くない津波が生じ、海岸橋頭堡であった本陣は洗い流されてしまった。
 その中にはSMO長官もおり、一瞬で百名近い戦死者が出ている。

「あ、あ、ああ・・・・」

 その事実は14歳の少女にとって、衝撃的すぎた。また、津波がやってこようとも水術師である瀞は立っていることができる。そして、目を開けていることもできる。
 だから、ものすごい勢いで人や車輌、船の残骸などがシャッフルされる光景を目の辺りにしたのだ。
 波が過ぎれば、至る所でそれらが積み重なっており、沖からは爆発音と何かが焼ける臭いが漂ってくる。

「あ、ま、また・・・・」

 何より自分を守ろうとした分家の数人が津波の奔流によって押し寄せた残骸に全身を強打され、そのまま圧死してしまったのだ。

「ま、また・・・・」

 近しい者の死。
 それが瀞を縛るトラウマだ。

「あ、あぅ・・・・」
「チィッ」

 瀞が動かないと判断した静昌は反転し、瀞を抱えて走り出した。
 その背後で敵が上陸したのだろう。
 生き残ったSMOの隊員たちが次々と襲いかかるが、すぐに断末魔に変わってしまった。

「いいか、瀞。そこから動くなよ」

 数十メートル先まで移動した静昌は愛娘に言い聞かせる。しかし、瀞は父の背中越しに虐殺を行う襲撃者の顔を見ていた。
 その表情はまるで獲物を見つけた獣だ。

「あ・・・・あ・・・・・・・・だ、だめ・・・・」

 父はアレと戦ってはいけない。
 あれは何かを内包している。

「それじゃ、いい子でな」

 静昌はSMOの艦船や生き残りたちが巻き込まれるほどの戦いを繰り広げた。そして、最も得意とした術式で男の顔面を潰したが、そのカウンターで致命傷を負ってしまう。
 だが、それは男も一緒だったのか、顔を押さえたままどこかへ飛び去ってしまった。

「おとーさん・・・・おとーさん!」

 瀞は砂浜に倒れた父の元へと走り始める。
 彼が気を遣って戦ったのか、戦いの余波は瀞までは及ばなかった。
 瀞よりもずっと離れた場所にいた輸送艦は轟沈したというのにだ。

「しずか、か・・・・」

 辿り着いた時、もう静昌の目は見えなくなっていた。

「おとーさん・・・・ッ」

 瀞は父の手を握り、必死に涙を堪える。

「怪我は・・・・ないか?」
「うん・・・・うん、お父さんが守ってくれたから」

 戦場には瀞と静昌以外、生きている者はいない。
 十数名いた渡辺宗家の戦力も全滅していた。
 その中には瑞樹の父も含まれている。

「そうか、よかった。やっと、僕も父さんに追いつくことができた・・・・」

 瀞を守って戦死した瀞の祖父であり、静昌の父である先々代宗主・渡辺静虎。
 その背中を追い続けていた静昌は満足そうに頷き、瀞にこう言い残した。

「何かやりたいことを見つけ、それに向かって充実した毎日を送りなさい」

 自分を失い、無気力に過ごすことを戒める言葉である。しかし、瀞はこの言葉を実現することはできなかった。
 その言葉を思い出させ、やりたいことを見つけさせたのは熾条一哉だ。そして、その毎日を過ごした瀞は、遂に、しかし、全く予期せずに因縁の相手と巡り会った。



「―――よぉそぉみ・・・・してんじゃねえぞ、コラァッ!!!」
「―――っ!?」

 一気に距離を詰めてきた男――獅子噛恭司に向け、応急の水球を叩きつけた。しかし、彼はそれを真正面から突き破って瀞に向けて腕を振るう。
 大剣の命中ではなかったが、瀞は真横に弾き飛ばされ、その細い体で対衝撃用の術がかけられた城壁を破壊。
 高度数十メートルの空中へと放り出された。

「あ、が・・・・ッ」

 全身がバラバラになったかと思う衝撃で、気を失わなかったのは奇跡と言える。
 というか、一度気を失ったが、痛みで目が覚めたのだ。

(着、地・・・・)

 すでに体は重力に従って落下を始めている。
 城壁の術は立て続けにミサイルが命中したことで緩んでいたのか、瀞の体を壊し尽くすほどではなかったようだ。しかし、このまま落下すれば死は免れない。

「う、く・・・・ッ」

 薄れ行く意識の中、瀞は直政突入と同様に水の滑り台を作り出した。そして、その中に体を落とし、安全に外郭地面に着地する。

「はぁ・・・・はぁ・・・・っ」

 破壊された瓦礫に背を預け、攻撃が命中した脇腹を押さえた。

「う・・・・ごふっ」

 食道にたまった血を吐き出し、服と地面を染め上げる。

「あ、ぐ・・・・」

 これまでかすり傷程度の負傷は経験してきた。しかし、重傷と言えるものは第二次鴫島事変くらいだ。
 その時も左肩であり、内臓に達するまでの怪我を負わなかった。
 それに、あの時は「戦える」という自覚があった。だが、今は男の攻撃を凌ぐ術が思いつかない。
 獅子噛は瀞の中で最強の水術師である父を討った男だ。

「でも・・・・ッ」

 一撃で死ななかった。
 それは獅子噛の興味を引きつけることだろう。
 ならば、あの本丸にいた人間は無事だ。
 何故ならば―――

「ヘイヘイヘ~イ、一撃でダウンですか? もっともっと俺を楽しませようという努力はないのかねぇ!?」

 瀞が死を覚悟した高さから平然と飛び降りた獅子噛は肩に大剣を担いで瀞を睥睨する。

「あう・・・・ッ」

 起き上がろうと体に力を入れた瞬間、自らの骨に傷つけられた内臓が痛みを発した。
 傷口をえぐる所作に新たな血が食道に流れ込み、それを吐き出す動作でさらに血が流れる。

「・・・・へっ。つまんね」

 再起不能と判断した獅子噛は右耳に指を突っ込んでほじりつつ吐き捨てた。

「もういい、死ねよ」
「―――っ!?」

 膨れ上がった殺気にあらゆる防壁を巡らせようとするが、獅子噛の攻撃はそれらを力尽くで吹き飛ばすだろう。

(いち―――)

―――ドゴンッッッッ!!!!!!

 獅子噛が踏み込むより早く、横合いから飛来した戦車がその横っ面を張り飛ばした。









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