第四章「選挙、そして挙兵」/6


 

 陸綜家の本城――煌燎城。
 変則梯郭式の城塞は総石垣造りで平山城の形態である。
 本丸は連立式で、五重六階大天守と三重四階小天守(南東)、鬼門櫓(北東)、裏鬼門櫓(南西)、乾櫓(北西)と四隅に櫓が建ち並ぶ。
 大天守と小天守は三階部分が連結しており、双方四階部分にロケット弾が配備されていた。また、大天守や小天守にはしっかりとした屋根があるが、他の櫓には三角の屋根がなく、平屋根になっている。そして、その平屋根はコンクリートでできており76mm単装速射砲が備えつけられていた。
 櫓と櫓は多聞櫓によって連結され、多聞櫓からは重機関銃などが外郭を睨んでいる。
 飛び道具が揃えられた本丸へと攻め入るにはたったひとつの城門を通過する必要があった。
 城門周辺も強固な造りであり、城門自体は大砲の砲撃に耐えられるように鉄板を使った黒鉄門だ。
 城門を突破し、本丸内に侵入した敵を待ち受けるのはなだらかな階段である。しかし、それは中程まで行くと直角に曲がり、さらに直角に、ついでにもうひとつ直角に曲がって元の直線に戻るという二段枡形の形を利用している。
 周囲の城壁には銃眼がくりぬかれており、掃射を喰らいながら進軍を続けなければならず、甚大な被害が予想された。
 本丸と二の丸を繋ぐのは一本の太鼓橋である。
 裏鬼門櫓で内郭と外郭を隔てる堀よりくみ上げた水が本丸地下を通り、裏鬼門の下より堀に流されており、その上を太鼓橋が渡されている仕組みになっていた。
 このため、太鼓橋から弾き飛ばされた敵は堀に落ち、乾櫓近くの滝に呑み込まれ、外郭へと強制退去、という流れになる。

 二の丸も連立式であり、第二鬼門櫓(北東)を最重要建造物とし、多聞櫓が周囲を固める。
 第二鬼門櫓は内郭の実戦指揮所であり、杜衆の首脳部が駐屯していた。
 各施設への通信網と監視カメラのモニターを保有し、効果的な迎撃戦術を補佐する。また、ここで得られる情報は本丸地下にある叢瀬椅央の玉座にも送られていた。
 多聞櫓には本丸同様、多数の銃眼が開けられており、椅央の指揮下で短機関銃が銃撃するシステムになっている。
 二の丸へ侵攻するにも本丸同様、ひとつの城門しかない。
 二の丸は本丸と高度差がなく、互いは太鼓橋を越えることで行き来できるが、三の丸以下の施設には二の丸主要迎撃ポイントである大階段を超える必要があった。
 長さは約70mに過ぎないが、その高度は11階建ビルに相当する約35mだ。
 因みに京都駅ビルにある大階段と全く一緒である。
 大階段は不規則に並んだ石畳であり、車輌止めと敵戦力の体力を削る戦略目的がある。また、長い間こちらの火網に捉え続けることで戦力を削り取る目的もあった。
 このため、大階段の右手には中曲輪が用意されており、二の丸から戦力を突出させ、大階段を上る敵を側射する。また、階段は二の丸区画に食い込むように設計されているため、多聞櫓は途中でその大階段上を通過する渡り廊下的な部分が存在していた。

 三の丸は各方面に通じる城門を数多く持つ、交通の要衝である。
 櫓も南西部にしかなく、これは本丸の石垣に取り付く敵を掃射するために作られている。
 三の丸と繋がる曲輪は四つある。
 ひとつは三の丸から見て西側にあたる近衛曲輪だ。
 近衛曲輪は直接外郭に通じる城門がある最前線の曲輪であるが、三の丸に通じる道は城門ではなく、内郭石垣に埋め込まれたエレベータであり、これを見つけなくては近衛曲輪が陥落しても三の丸へと侵攻できない。
 さらに近衛曲輪から侵入できず、撤退した場合、近衛曲輪は外郭に出撃するための拠点にとなり、内郭攻撃中の敵を奇襲することが可能になる。
 ふたつめは三の丸から見て北側にあたる人質曲輪である。
 人質曲輪は三の丸以外に繋がってはおらず、主に内郭北側の外郭部にいる敵を狙撃するための曲輪である。また、三の丸陥落時は孤立するため、「人質」の名前が付いていた。しかし、これは三の丸の敵は人質曲輪を攻略しなければ二の丸攻撃中に背後を突かれる可能性があり、結果的に二の丸への攻勢をそらせる役目を持っていた。
 残りふたつは三の丸から見て東側にあたる。
 直接、二の丸の石垣と接している曲輪は馬場曲輪と言う。
 文字通り、馬場がある曲輪であり、直政の飼い馬となった神馬がいる場所だ。
 ここは武器庫としての性質を持ち、多くの兵器が収納されていると同時に、食料も備蓄されていた。
 馬場曲輪の東側にある曲輪を防人曲輪という。
 防人とは奈良時代に対大陸最前線のために置かれた部隊の総称である。
 このため、この曲輪は内郭の最前線、つまりは外郭に通じる城門を持つ曲輪だ。
 特別な防衛施設があるわけでもなく、城門から三の丸に続くまでの区画に過ぎないが、本丸からの猛攻を受ける場所でもある。

 内郭と外郭を隔てる城門の名は本閤門と言う。
 普通の城門とは違い、上下・左右のスライド式の二重扉が採用されており、歩兵の突撃では突破できないほど強固なものである。
 さらに本閤門は枡形を採用しており、ひとつめの城門を突破しても角を曲がった場所にもうひとつの城門があり、それだけ射線に囚われ続けることとなる。
 以上が煌燎城内郭の防衛施設である。

 外郭は内郭の約5倍の敷地を持ち、数万単位の軍勢を収容できるスペースを持っていた。しかし、内郭ほどに作り込まれておらず、いくつかの区画に分け、迷路のように通路を張り巡らせただけである。
 これは内郭に向かう敵戦力を分断するためだけの空間なのだ。しかし、その外郭に侵入するための大手門は非常に凝った造りになっていた。
 そもそも煌燎城の外郭最縁部をなす高石垣は何と60mある。
 物資運搬用に石垣に隠された小型昇降機はいくつもあるが、大人数を運べる道は西部にある大手門のみだった。
 その大手門に続く坂道は巾20mの直線。
 壁などなく、外郭からの射線を覆うものなど存在しない、ただただ平時に車輌が通過するだけの代物である。
 だから、天守閣に撃ち込むミサイルが次々と撃墜されている時点で、本来は攻略失敗となるはずだったのだ。―――本来は。

※ 長々とした説明を読んで頂けた方、ありがとうございました(by 忠顕)






穂村直政side

『―――いやぁ、時代は移ろうものですね』

 刹は空を見上げながら呟く。

「少なくともお前が封印される前から戦域に空はあったぞ」

 陸海の戦域に空が加わったのは第一次世界大戦であり、約一〇〇年も昔のことである。

『しかし、これではせっかくの城門周辺の火器が無駄になりますね』
「・・・・みたいだな」

 直政は改めて外郭に展開する装甲兵を見遣った。
 彼らはCH-47輸送ヘリコプターに似た形状を持つ漆黒の二軸回転翼機を投入している。
 一機辺りに二〇名の装甲兵が輸送できるとするならば、3機が着陸している現状、約六〇名が侵攻に成功したことになる。

「空からちらっと見ただけだけど・・・・向こうもこっちに気が付いただろうな」

 空挺部隊は先程の装甲兵とは違い、外郭外にいる味方部隊の引き入れだろう。
 その証拠に城門周辺は敵の攻撃ヘリがミサイルを撃ちまくっており、制空権を掌握していた。しかし、こちらにも対空戦力は存在する。

「・・・・ッ」

 敵装甲兵がいた場所に向け、対人用小型クラスター爆弾が投下され、空中で制止した央芒が対物ライフルを無造作に撃ち放った。
 その弾丸は数百メートル先を旋回していた攻撃ヘリの腹部に命中し、派手に火花を散らす。

『あ』
「あん?」

 不意に刹が声を漏らした。
 その視線は直政とは別の空を見上げており―――

「だぁーっ!?」

 迫撃砲の砲弾が命中し、派手に吹き飛んだ。

「死ぬ! 死ぬ!」

 ガバッと勢いよく起き上がり、手放すことなく握っていた大身槍を持って逃走する。
 視界の端で、吹き飛んだ城壁から装甲兵が身を乗り出すのが見えた。

「―――っ!?」

 横っ飛び一発で角を曲がると、すぐに小銃の掃射が行われる。

「ま、マズイ。これは死ぬ」

 拳銃弾くらいならば耐える自信があるが、ライフル弾など受けると死ねる自信があ―――

「げふっ!?」

 こめかみに衝撃を受け、派手に飛んだ。

『お、御館様!?』
「そ、狙撃・・・・・・・・・・・・もはやこの地域は敵の手の内ということ・・・・?」
『―――当たり前だ』
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』」

 突然聞こえた声に直政と刹は顔を見合わせる。

『央芒が投下したポイントはすでにこちらでは陥落した場所になっておる。逆に言えば、だからこそ安全であり、貴様の動き次第では敵の進軍に支障を来す、という作戦だ』

 声は城壁から聞こえてきた。
 というか、無茶苦茶聞き覚えがある。

「央葉の姉ちゃんか?」
『ふむ、その呼び方は初めてだが・・・・まあ、よかろう』

 どうやら椅央らしい。

『この回線は一部城壁内に張り巡らせた盗聴器網を管理する関係で置かれた音声発信器だ。現状を教えておこうと思ってな』
「いきなり敵地に特攻させて言う言葉じゃないと思う」
『貴様でなければ決行はせんよ』

 笑いを含んだ口調でそう言った椅央はさっそく説明を始めた。
 直政が投下されたポイントは近衛曲輪の西側にあたる外郭らしい。
 戦況は敵砲兵と攻撃ヘリによって外郭を守る兵器群はほぼ壊滅した。
 兵器群を操作していたのは椅央らしく、無人だったが、城門を守ることが不可能になったため、戦線の縮小を決断。
 外郭にいた守備隊を全て内郭に引き上げることにしたらしい。しかし、敵のヘリボーン作戦のため、収容作業は遅滞し、各守備隊は孤立する可能性が高くなったため、直政を投下した。そして、直政の任務はできうる限り、敵軍の内郭侵攻を狂わせ、外郭に配置されていた者たちが内郭に収容されることを助けること、らしい。
 外郭の者たちが目指すのが、近衛曲輪であり、この周囲で派手に戦えば、この辺りの敵は近衛曲輪から離れざるを得ない、ということだ。

「俺は誰が回収するんだ?」
『頃合いを見計らって央芒が急降下する』
「あ、そ」

 一応、直政は椅央の誘導に従って隠れたため、装甲兵の捜索をかいくぐっている。
 椅央のセンサーにかかった者たちは二〇名。
 つまり、外郭に侵入している装甲兵の3分の1だ。
 残り3分の2は外郭城門の破壊と内郭城門への侵攻路確保に動いているらしい。
 因みに近衛曲輪への攻撃は、こちらの兵器群が健在であるために行われていない。
 さらに付け加えれば、央芒の攻撃は攻撃ヘリを地上攻撃に振り分けさせないためらしい。

「俺には真似できないなぁ」
『御館様はヘボですからね』
「うっさい」

 高度な戦術を前に、意地を張ることすら馬鹿らしい。しかし、武勇ならば何とかなる。

「さしあたって、対小銃用の壁をどれだけ早く展開できるか、だな」
『それなのだが・・・・貴様、まさか小銃の弾丸を恐れておるのか?』
「当たり前だろ? アサルトライフルだぞ?」
『貴様、先程、迫撃砲が直撃したな? 狙撃銃も直撃しておるぞ?』
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』」
『小銃如き、貴様にとっては豆鉄砲と同じであろ』

 <土>がこちらに回り込もうとしている装甲兵を知らせてきた。
 どうやら挟み撃ちのつもりらしい。

『安心しろ。貴様を殺せる奴は、奴らにはおらん』

―――ダダダダダッ!!!

 数十の弾丸が直政の身を叩いた。しかし、衝撃を受けこそすれ、その皮膚を食い破ったものはない。

「はぁ・・・・」

 はっきりと動揺が走る装甲兵に向け、直政は槍を担いだ。

「なるほど」
『これがおそるにたりぬ、という状態ですね。よぉし、いけー、ぶったおせー』

 直政の肩で敵に向けて指を突きつける刹は棒読みで進軍命令を出す。
 それだけ緊張感が薄れたのだ。

「三の丸で暴れている奴らよりは格下そうだな・・・・っておい」

 十数名が小銃の銃口に銃剣をつけて突撃してきたが、その後方に残った者たちが取り出したものに固まった。
 ブローニングM2重機関銃。
 登場以来、重機関銃の最高峰をひた走るそれは間違っても個人携帯用の兵器ではない。

「チィッ」

 訓練された動きで白兵戦部隊が左右に逸れた瞬間、空気を裂いて飛来した弾丸を地中から生えた壁が迎撃した。しかし、数発耐えただけで砕け散る。
 咄嗟の防壁はその辺りの城壁と同レベルの防御力しかなく、重機関銃の射撃には耐えられないのだ。

「まず、はっ」

 砕かれることを予想していた直政は攻めることで難局を打開しようとした。
 具体的に言えば、壁を目くらましにして、接近していた一方に肉薄したのだ。

『『『―――っ!?』』』

 突然現れた直政に驚き、一瞬だけ動きを止めた装甲兵に向け、槍を振り回す。
 轟音と共に装甲兵が城壁にめり込んだ。

「"槍衾"!」

 地面から杭が飛び出し、他の装甲兵を打ち据える。
 そうして、無理矢理にでも遠距離部隊への道をこじ開けた。

「"車撃"ぃ!」

 右手で振るった槍の鋒が重機関銃を小脇に抱えた者たちに向く。
 すると顕現された<土>の石礫が数十発という数で彼らに襲いかかった。
 一発一発の威力は大したことないが、命中と同時に砕け散る破片は精密機器である重機関銃へと降りかかる。

「はぁっ」

 ついで、さらに肉薄し、力の限り殴って破壊した。

『その調子ですぞ! 術式もしっかり使えてあっぱれ!』

 最初に地面から杭が飛び出したのは、御門流兵法<槍>第三位・"槍衾"だ。
 地中より槍が突き出るシンプルなもので、術者の視界方向にて展開する。
 続いて、石礫は<炮>第三位・"車撃"である。
 御門流地術とは始めから指揮下にある<土>に陣形を伝えておく、まさに兵法である。
 このため、御門宗家に連なる地術師は「御門流兵法」と呼んでいた。
 周囲に漂う奴らを容赦なく巻き込んで発動させる他の精霊術とは違い、普段から付き従えているものたちを使用することから、集団戦でも血統に左右されることなく術式を使うことができる。
 さらに言えば、風術にも匹敵する発動速度のために即応性が高い。
 難点があると言えば、その速度を保つためには術式名を口にする必要があることだ。
 これは魔術や陰陽術などには割と一般的である、詠唱に通じる。
 詠唱とはその言葉自体が意味を持つ場合と、その言葉を口にすることで、自分の内に言い聞かせて発動させるのと、ふたつある。
 前者の場合、発動には必要不可欠ではあるが、後者の場合は発動速度を早めるだけの代物である。
 魔術などで使われる高速詠唱とは前者の必要な言葉だけを摘出し、後者のために言葉を発するものだ。
 地術の場合、術式であろうとなかろうと、視覚的なものはあまり変わらない。しかし、<土>は結束してなんぼ、である。
 即席の術と術式を比べれば、所要時間は同じでも強度は段違いだ。

「さあ、このまま蹴散らすぞ!」
『アイアイサー!』

 修行の成果が出て、一方的になりつつある戦況に興奮した直政は退却に移った敵兵を何の疑問もなく追撃した。

「しかし、恐ろしくタフだな」
『御館様が人のことを言えた口ではありませんが、それには同意します』

 牽制にしかならない小銃を乱射しながら撤退していく装甲兵に向け、いくつも術式を発動させているが、誰ひとり倒れることなく戦っている。
 さらには倒れた味方を救うために肉薄してくるなど、感心する戦いぶりだ。

『これでは我々が悪者ですね』
「っていうか、完全に化け物扱いだな」

 飛んできたロケット弾を土壁で防ぐ。
 耐えられるかもしれないが、できうる限り防ぐ方が人間として健全だと朝霞に言われた。
 というか、耐えられると思って受けて耐えられませんでした、とかいう事実は笑えない。

『あ!』

 角を曲がった直政はこれまでになかった光景に思わず立ち止まった。

『御館様! 敵は逃げようとしています! ここは断固として追撃を! そんでもってとてもお子様には見せられ―――むぎゅぅ!』
「って、ホントに悪役になってるんじゃねえよ!?」

 ベシッと地面に刹を叩きつけ、トラックに乗って走り去っていく敵を見つめる。
 何にせよ、近衛曲輪から敵を遠ざけることには成功したようだ。
 戦術的に見れば何もしていないが、戦略的な勝利と言えよう。

「ふぅ・・・・っ!?」

 トラックが去った場所に榴弾砲が直撃し、派手に城壁が崩れ落ちた。

『どうやら、追撃抑止のために砲撃してきたようですね』

 とりあえず、近衛曲輪周辺まで退却した方が良さそうだ。

「そろそろ迎えに来て欲しいんだけどな・・・・」

 ミサイルの応酬は鳴りを潜めたが、炸裂する榴弾の音と衝撃は心臓に悪い。しかし、あいにく央芒は3機の攻撃ヘリと乱戦中だった。
 というか、先程、奇襲で土手っ腹に撃ち込まれた攻撃ヘリも元気に戦っているのはどういうことだろう。

「ん?」

 破壊音が近づいてきた。
 それは城壁が破壊される音だが、榴弾砲が直撃したものではない。

「って、マジかよ!?」

 直政の悲鳴じみた叫びと共に城壁が吹っ飛んだ。

「ちょっと、待て・・・・」

 "砲塔で"城壁を破壊してきた濃緑色の戦車三輌は石畳を踏み砕きながら砲塔を旋回させる。そして、疾走しているにもかかわらず、直政の視界には3つの口は微動だにしなくなった時、その奥で閃光が弾けた。

「―――――――――――――――――」

 五体がバラバラになったかと思った。
 SMOの戦車隊が配備していた戦車は日本国陸上自衛隊が配備している74式戦車だ。
 旧式化し、退役している車輌を手に入れ、改良を施したタイプであり、SMO開発局の手がかかった裏仕様だ。
 それでも、その主砲威力は変わらない。
 51口径105mmライフル砲(Royal Ordnance L7)。
 NATO軍の戦車に搭載されたイギリス製の戦車砲であり、同級の戦車砲では最高峰の性能を持つ。
 もちろん、その主砲は対戦車用に設計されたため、人間に命中した場合、無残な死体ができあがる。
 例えば徹甲弾が命中すれば寸断されるし、榴弾が命中すれば粉微塵だろう。

『御館様! しっかりしてください! 敵はすぐそこですぞ!?』
「う・・・・」

 全身がバラバラになるかと思う衝撃が弱まった時、耳朶を打ったのは刹の声だけではなかった。
 直政が突き破った城壁を戦車が打ち砕いた音とその駆動音。

(どうやら・・・・徹甲弾だったみたいだな・・・・)

 幾重もある城壁を砕くには着弾と同時に爆発する榴弾では玉の無駄だ。
 そこで戦車隊は徹甲弾にて城壁を砕き、弱まったそれを自らの体でこじ開けて突撃してきたらしい。
 物理攻撃であるならば、直政の防御力で耐え切れてもおかしくはなかった。

「あ、ぅ・・・・」

 吹き飛んだ直政を受け止めたのは近衛曲輪の石垣だ。
 つまり、戦車隊は対城壁戦闘から対人ないし対銃器へと戦闘形態を変化させるはず。
 となれば、成形炸薬弾を筆頭とした榴弾が使われるに違いなく、如何に直政の防御力が高かろうとも耐えられないだろう。
 だがしかし、五体満足であろうとも石垣にめり込んだ直政を無視し、戦車はその砲身の仰角を大きくとらせた。
 近衛曲輪から重機関銃の銃撃が始まっており、その制圧に乗り出そうというのだろう。

(やらせる・・・・かよ・・・・)

 銃撃しているのは椅央であり、無人だろう。しかし、あの曲輪にはまだ人がいるはずだ。
 陸戦最強と謳われる戦車に単身で挑める能力者など、そういない。

「はぁっ」

 石垣を構成する花崗岩に働きかけ、その配列を崩す。
 石垣が崩れ落ちるが、その巨石たちを利用して直政は攻撃した。
 直径1メートルを超える巨石が土煙を上げて飛翔し、まさに城壁向けて砲撃しようとした戦車たちに次々と命中する。
 着弾と共に花崗岩が砕け散り、砂塵が舞う中、それを吹き飛ばす砲撃は行われなかった。
 如何に戦車と言えど、その辺りの建物をまとめて倒壊させる威力の前には意味がないのだろう。

「ふぅ」

 というか、砲身が曲がって戦闘不能になっているに違いない。

『御館様!』
「―――っ!?」

 刹の声に正面に防壁を展開し、渾身の力で横っ飛びした。

―――ドォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!

 防壁に命中した砲弾はメタルジェット噴射してそれを突き破り、防壁を粉微塵に変えてみせる。
 これこそ、対戦車装甲として猛威を振るう、成形炸薬弾だ。

「う、うそだ、ろ・・・・?」

 四散した金属が命中し、いくつもの火傷を負った直政はフラフラと立ち上がる。
 赤外線のレーダーで正しく直政を認識している"無傷"の戦車は砲塔を旋回させ、その砲口を直政に向けた。

「ち、っくしょぉぉぉぉっ」

 <絳庵>を地面に突き刺し、<土>に命じる。

「"釣瓶撃"ぃ」

 御門流兵法<炮>第二位・"釣瓶撃"。
 第三位・"車撃"とは違い、地中の金属を遊離して集めた合金を叩き込む。
 威力は先程の花崗岩を遙かに上回る。
 それをまさにマシンガンのように連射するのだ。
 事実、その火網に捉えられた砲弾は道半ばで爆発した。だが、目的を達せなかったのは金属弾も同じだ。

「マジかよ・・・・」

 金属弾は全てその装甲に弾かれたのだ。
 74式戦車は被弾経始に優れているが、それでも異常すぎる。

『どうやら、装甲兵と同じく何らかの異能ないし裏の技術が使われているようです、と、思考停止に陥った御館様に告げてみます』
「軽口に突っ込む暇はなさそうだ」

 装甲兵は直政に対して効果的な攻撃ができぬために撤退した。しかし、直政は戦略的撤退など許されていない。
 むしろ、ここで撤退することは戦略的撤退ではなく、敗北を意味する。

「一か八かで接近し、ハッチを開けて制圧するか?」
『それが一番よさそうですね。ただ、あの装甲、味方の砲弾を受けても無事、とかでは?』
「ぞっとしねえ・・・・」

 1輌に取り付いている間に撃たれでもすれば確実に死ぬ。

「と、言っても、このままでも死ぬけど、なっ」

 地中から足裏に杭を出し、その勢いを以て飛び上がる。そして、その足下を砲弾が通過した。

「上部装甲ならどうだ!」

 本来、地上戦用に作られている戦車は天蓋が薄いことで有名だ。
 だからこそ、航空戦力が弱点なのだ。

『はい、ダメー!』

 上部に命中した岩は弾かれ、着地を狙ってきた戦車には砲身に向けて横から岩をぶつけることで狙いを逸れさせた。しかし、一気に3輌は無理だ。
 躱したはずの砲弾は背後で爆発し、その衝撃で直政は体勢を崩した。
 3輌の内、1輌の射程圏内へと自ら転がり込む。

「しま・・・・っ」

 砲口を覗き込む形となり、ビクリとその体を硬直させてしまった。

―――トッ

「―――っ!?」

 視界の端から飛来した金色の光が戦車の側面装甲を斜めに貫く。
 光は戦車の致命的部分を射貫いたのか、ガクリと戦車は動きを止めた。

『な、何事ぉっ!?』

 必死に直政の裾にしがみついていた刹が叫ぶ。しかし、直政にはその攻撃に見覚えがあった。

「央葉!」

 近衛曲輪を仰ぎ見れば、その多聞櫓の屋根に白い患者服のままこちらを睥睨する狐っ子がいる。
 金色の狐耳に、同色の尻尾。
 緩やかな風にそれらの毛をなびかせながら、央葉はスケッチブックを掲げた。

『大丈夫』

 その瞬間、央葉の全身から光が放射される。

―――無差別に。

「大丈夫じゃないからぁっ!?」

 飛来した数条の光が擱坐した戦車の弾薬庫を貫き、大爆発を起こさせた。
 さらに光は城壁を穿つだけでなく、空中戦を繰り広げていた攻撃ヘリや味方の本拠地である本丸の一角をも貫く。
 味方の仇を討とうと動いていた戦車はその無差別攻撃の前にたまらず退却を開始した。









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