第四章「選挙、そして挙兵」/4


 

 “悠久の灯”。
 これが炎術最強熾条宗家前宗主・熾条緝音に与えられた異名である。
 熾条宗家にとって、「灯」の名を持つことは、一族の歴史に記されることを意味する。
 言わば、野球界で言う殿堂入り、というものだ。
 その殿堂入りしている者たちの中でも、緝音の経歴は異常だった。
 何せ、今現在の、四宗家――御門宗家が復興したために五宗家だが――中最大の勢力を誇るようになったのは緝音の政策からである。
 有名な諸家の取り込みは緝音の発案から行われ、反対していた分家連中に対しては自らが鍛え上げた諸家勢力で模擬戦を挑み、これを撃破することで黙らせた。
 宗主就任から十数年で九州に展開していた諸勢力をまとめ上げ、それを足がかりに全国に散らばっていた諸家を勧誘して取り込んだ。
 その形振りかまわない政策はSMOだけでなく、その他の勢力とも緊張状態に発展する。
 何せ、膨張した戦力を率いるのは堅実な戦術を得意とする長男・厳冬と綿密に計算された大胆な奇襲を得意とする次男・厳一である。また、同年代の直系として女子ふたりも名の通った術者であり、直系四人という戦力は当時の六宗家中でも随一だったのだ。
 さらにSMOとの対立が戦後最高潮に達していた時期であり、誰もが新旧戦争の火ぶたは文字通り、熾条宗家が開けるだろうと信じていた。
 本来ならば水面下で動かなければならない軍備拡張を、堂々と、尚且、迅速にやってのけた緝音はこの先数十年にわたる熾条宗家優勢を確保し、鹿頭家脱退のような内紛が起きぬ限り永遠に続くであろう体制を整えたことで、異名を頂戴した。
 永遠――悠久に燃えさかり続けるであろう灯火。
 これが異名の所以である。



「「―――っ!? ゆ、“悠久の灯”!?」」

 直政と亜璃斗は腰を抜かさんばかりに驚いた。

「ということは・・・・ッ」
「ここは長年の謎とされてきた熾条宗家本邸ですか!?」

 緝音はふたりの声に気持ちよさそうに頷き、一哉へと向き直る。

「どうです、一哉。これが世間一般の反応です。これからはもっと私を敬いなさい」
「あいにく、世間の意見に迎合する気はない。人を敬う場合、自分の意見を尊重すべきだ」
「ふむ、一理あります。確かに自分の意見を尊重すべきですね」

 緝音は一哉の意見に頷き、再び直政と亜璃斗に向き直った。

「端的に言えば、ここは熾条宗家の本邸ではありません。ただ、概念としては似ています」

 炎術最強熾条宗家の本邸は他の精霊術師本邸と違い、まだ所在地がはっきりしていない。
 噂ではその所在を知った者は焼き殺されて肉片ひとつ残らないと言われている。そして、その噂を熾条宗家に属する炎術師たちは否定せず、忍びの末裔と謳われる熾条宗家の不気味さに拍車をかける逸話になっていた。

「ここは『陸綜家』と呼ばれる秘密同盟の本拠地です。まあ、秘密なので、所在地を知れば・・・・」
「「し、知れば・・・・?」」
「どうにもしない。第一、ここへの入り口は知らないだろう? それは知っていないと同義だ」

 横合いからの一哉の指摘に興が削がれたとばかりに緝音がむくれる。

「一哉、少し黙って頂けますか?」

 冷たい殺気が一哉に放たれた。しかし、伝説級の炎術師に睨まれても一哉は平然としている。
 むしろ、直政や亜璃斗がガクガクと震えていた。

「せっかく怯える子羊を優しく撫でて上げようとしているのですから」
「その優しく撫でて、食べそうだから怯えているんだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一哉のツッコミに緝音は腕を組み、悩んでみせる。そして、直政と亜璃斗に視線をやると、また再び頷いた。

「なるほど」
「納得するのかよ!? ・・・・・・・・・・・・あ」

 思わず直政は素のツッコミを入れてしまう。
 それほどツッコミどころ満載の会話だったのだ。

「ようやく緊張が解けたようですね」
「・・・・別の意味で緊張が生まれましたが・・・・」

 どうやらこちらの緊張を解そうとしてくれていたらしい。
 立場がどうという前に、年の功で敵うわけがなかった。

「―――緝音、これ以上茶番を続けるようなら、私は帰らしてもらうが?」

 ずっと黙っていたもうひとりの老婆が口を開く。
 その視線は冷たく、からかいを含んでいた空気を一気に吹き飛ばした。
 それは威厳がもたらしたものではなく、ただただ空気を読めない人間への冷淡な空気でしかないのだが。

「礼伊(レイ)殿。まあ、ほんの挨拶です。これから前座に入るので、自己紹介をお願い致します」

 緝音はそんな空気でも表情ひとつ変えず、老婆に話を振った。

「神馬問題を解決したのはこの若者たちですよ?」

(ぜ、前座って・・・・って、思い出した。この人は、前に神代さんの病院で―――)

「ふん、神代礼伊だ。神代家の当主を務めている。神馬問題は我が孫の不手際をよく治めてくれた」
「いえ、依頼でしたので」

 あの時、病院にいなかった亜璃斗が平然に答えるが、視線で静かに動揺する直政に問いかける。

(あ、ああ・・・・神代さん、また何か言われるんだろうな・・・・)

 堂々としているクラスメートの家庭事情に関係するようになってしまった気まずさに身を震わす直政はその視線に気付かなかったが。

「さて、話を戻しますと、『陸綜家』とは6つの家が互いに結んだ軍事同盟のことです」

 『陸』とは『六』という意味があり、『綜』は『宗』を意味する。
 つまり、現代語的に言えば『六宗家』となる。そして、その6つの家とは―――

「まず、熾条宗家、神代家は分かりますね?」
「はい。あと、渡辺瀞殿がいらっしゃることから、渡辺宗家も関係しているのですよね?」

 直政の代わりに亜璃斗が発言した。
 というか、こういう場面ならば直政よりも亜璃斗に任せた方がいい。

「となれば、残る結城宗家、山神宗家も属していると見て間違いないでしょう」

 残存する精霊術師の宗家は4つ。
 そこに神代家を加えれば残りはひとつだ。

「残りひとつはこの丁寧に作り込まれた術式が張り巡らされていることから、鎮守家と思われますが?」
「ご明察です。陸綜家とは熾条、結城、山神、渡辺、神代、鎮守の6つで構成されています。・・・・現在は」
「・・・・本来は違う。故に本来の構成組織は残りの宗家、森術最強凜藤宗家。そして―――」
「地術最強・・・・御門宗家」

 小さく、口の中で呟いたつもりだったが、思ったより辺りに響いた。

「ええ。本来、我々は八家。成立当初は『捌綜家』と呼ばれていました」

 全ての精霊術師宗家を繋ぐ軍事同盟。
 そんなものが存在するなどと、誰が想像しただろうか。
 精霊術師は能力者最強と呼ばれる者たちであり、それらの中でも最強と目されるのが宗家である。

「なんで・・・・こんな同盟が?」
「それは・・・・分かりません。同盟そのものは【結城】が繋ぐ形で保ってきたものです。案外、結城の語源はその辺りの役割かもしれませんが」

 結城。
 城を結ぶ。
 城とは勢力の本拠地を指すことが多く、この場合では各勢力のことを意味し、それらを結ぶ者、という意味で『結城』になった、と緝音は言いたいのだろう。
 今のように電話や無線がない時代において、風術は最も早い情報伝達方法であったに違いない。また、東京が情報の中心になったのは明治時代からであり、七九四年に平安京に遷都されてから約一一〇〇年近い間、京都が中心だった。
 その京都に結城宗家が居を構えていたのも関連しているだろう。

「要するにすっごく昔で、各宗家の創世期に軍事同盟を必要とする大戦争があったのは間違いないってわけよ」

 朝霞が発言する。
 少しつまらなそうな口調から、朝霞は知っていたのだろう。

「まあ、そんな昔の同盟は数百年ばかりは名ばかりになっていたようだがな」

 その辺りは仕方がないだろう。

「ですが、我々は凜藤宗家滅亡により、秘密裏に合流して鎮守家が管理していたこの城に本拠を移して対応策を練ろうとした矢先―――」
「御門宗家が滅亡した」
「はい、そうです。御門宗家急襲の報せはすぐに入り、援軍を差し向けましたが、外周部に展開した警戒部隊を突破するのに手間取り、落ちてきたあなた方を救出するのがやっとでしたが」
「「―――っ!?」」

 緝音がさらりと言った内容に、直政と亜璃斗は電撃を受けたように仰け反った。

「ま、まさか・・・・あなたが私たちを?」

 震える声で問いかけた亜璃斗に緝音はニコリと微笑んでみせる。

「あの時は嫡男の影に隠れていたあなたも随分大人になりましたね。さすがに私も年をとります」

 緝音は明確な肯定をしない代わりに「そこにいた」事実を打ち明けた。

「「―――ッ!?」」

 ガツンと頭を殴られたような衝撃を受け、直政の意識は一瞬遠のく。しかし、それはすぐに戻ってきた。
 刹が胸ポケットの中でシャツを食い破るほど手を握っていたのだ。

(刹・・・・?)

 見下ろせば、直政の胸に爪を食い込ませている事実に気付かず、刹は歯噛みしている。
 身に纏う怒気は敵に対してなのか、緝音たちに対してなのかは分からなかった。

「亜璃斗、大丈夫か?」

 とりあえず、突けば騒ぎ出しそうな刹は放置し、頭を揺らしている亜璃斗の袖を引いて意識を引き戻す。

「あ・・・・ああ、兄さん」

 ぼんやりしていた眼鏡の向こうの瞳がゆっくりと戻ってきた。そして、意識を覚醒するために亜璃斗は二度三度と頭を振る。

「さて、もうよろしいですか?」

 緝音がいくぶんか落ち着いてきた直政たちに声をかけた。
 爆撃に次ぐ爆撃で頭がオーバーヒートしかけだったふたりのために一呼吸置いたのだろう。

「はい。陸綜家は過去の捌綜家に連なる軍事同盟であり、10年ほど前に起きたふたつの綜家襲撃事件以来、組織化して全貌解明に動いている、ということでよろしいですか?」

 亜璃斗の整理された言葉に緝音は満足そうに頷いた。

「ええ、その認識で合っています。付け加えるならば、今あなた方はその本拠地にいることでしょうか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 言外に脅迫している。

「で、本題です。まあ、分かっていると思いますが」

 コホンと咳払いし、緝音は居住まいを正した。

「御門宗家は陸綜家に正式に復帰し、その一翼として共に戦ってはくれませんか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 さすがに亜璃斗は即答を避け、直政を見遣る。
 直政の目的が一族を滅亡に追い込んだ事件の解明であることを知っている亜璃斗だからこそ、ここで即答を控えたのだ。

「ひとつ、質問があります」

 亜璃斗から引き継ぐ形で直政が発言する。

「どこまで敵のことは分かっているのですか?」

 そう。
 その情報量は大事だ。
 もし、ほとんど分かっておらず、警戒態勢だけなのだとすれば協力する意味はない。しかし、戦闘状態にあるのならば協力してもいいだろう。

「そこは余が説明しよう」

 ずっと黙っていた椅央が言う。そして、視線を天井に向ける。

「・・・・おいおい」

 視線に応じたのか分からないが、天井板が反転して降下してきた。そして、その表面は白いスクリーンとなっている。さらに畳の一部が反転してプロジェクタが現れた。

「まず、敵勢力の分かっている動向について、だ」

 スクリーンに映し出された日本地図に白神山地と青木ヶ原、そして、音川だった。

「音川?」

 他の二ヶ所は凜藤宗家と御門宗家の本拠地だ。

「昨年の夏、音川で起きた事件を覚えているか?」
「・・・・地下鉄音川駅事件・・・・」
「そうだ。その首謀者はおそらく敵勢力の手の者と考えられる。その本人自体は第二次鴫島事変で戦死している」

 あの夏の事件は本当にひどかった。
 直政の知人はあの場所にいなかったので被害者はいないが、それでも知人の知人では犠牲者が多く出ている。

「第二次鴫島事変では太平洋艦隊と余ら【叢瀬】などといった組織の他、高級妖魔を傘下にした勢力が介入していた。この勢力こそ、第一次鴫島事変を引き起こした、敵だ」
「「―――っ!?」」

 第二次鴫島事変も重大事件として認識されているが、第一次鴫島事変の衝撃に比べれば幾分か劣る。
 第一次鴫島事変はSMOと旧組織が共闘した歴史的な戦いであり、SMO長官が戦死、参加した宗主がふたりまで倒れるなど、両者にとって手痛い敗北を喫した戦いでもあった。
 第一次鴫島事変において、旧組織が参戦した理由は陸綜家に属する家々が参戦を決意し、周囲の勢力を誘ったからだ。
 その参戦を決意した理由は、引き起こした張本人たちを討伐し、何らかの手がかりを得るための作戦だったのだ。
 討伐自体は成功したが、甚大な損害を被ってしまい、宗家は戦力回復に努めなければならなくなり、戦争の主導権を失ったらしい。

「今年になって敵の活動は活発化した。そして、そのお前たちがいる」
「「?」」
「覚えているだろう? 御門宗家の神宝を狙った事件や、あの騎士を率いる女。そして、神馬事件」
『まさか・・・・ッ。いえ、確かに宗家を攻撃したのがそいつらなら・・・・』

 ポケットから這い出してきた刹が畳の上に飛び降り、直政に頭を下げた。

『御館様、今こそ一族郎党の仇を討つ時にございます。即刻、こやつらより敵の情報を聞き出し、全戦力を以て反攻作戦を決行することを進言いたします!』

 一息に言い切り、ガバッと顔を上げた刹の目は爛々と輝いている。
 どす黒い怒りが全身から迸り、爪はい草をかきむしっていた。
 今にも緝音に向かって牙を向きかねない危険な気配を漂わせる刹に対し、直政は決断する。

『そして、敵の首魁を死よりも苦しい目に―――ああっ!?』

 首根っこを掴んで、思い切り投擲した。
 刹は悲鳴に尾を引きながら天守閣の回廊に転がり、さらに止まらず、欄干の下から落ちる。

『ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?!?!?!?』

 悲鳴が地面に激突して途絶えることなく、消えた。

「に、兄さん・・・・?」

 あまりの行動に珍しく亜璃斗が動揺する。

「大丈夫だ。御門の神宝の化身、大地に叩きつけられようと、死にはしない」
「ふふ、あそこから落ちたのならば・・・・軽く100メートルは落下しましたよ?」
「大丈夫です」

 高度100メートルをいまいち想像できなかった直政は適当に答えた。

「それよりも、共闘に関しては・・・・こちらからもお願いします」

 直政は頭を下げ、陸綜家に加わることを望む。
 亜璃斗が複雑な顔をしているが、ここはプライドを立てる場面ではない。

(前の神馬事件で、奴らは見事に喧嘩を売りやがったからな。黙ってられねえよ)

「分かりました。こちらもあなた方のような実戦部隊を歓迎します」

 にっこりと微笑んだ緝音は視線を一哉に移した。

「一哉、後は頼みます」
「いいのか? 相手は御門宗家の宗主だぞ?」
「あら、家柄はあなたにとって無視すべきものではありませんか?」
「あんたが許可を出せば、他の宗主たちは越権行為だとして反発しないか?」
「そんな狭量の当主はいません。そんな方がいらっしゃれば、今も勢力を保っていられませんよ」
「完全な実力主義、か。確かに結城晴輝や渡辺瑞樹はそんな感じだしな」

 一哉と緝音の会話は直政と亜璃斗の意見を無視し、ごく自然に一哉の指揮下に御門宗家を置くものだった。
 亜璃斗は反論したかったが、実力主義と言われればそれまでである。
 陸綜家の重鎮が舌を巻く戦果を上げれば、御門宗家として陸綜家、いや、漆綜家として認めてもらえるに違いない。

「それでは今後は鉾衆に属すると言うことで、よろしいですか? あ、鉾衆が何かは一哉に訊いてください」

(そ、それはもう決定していると言うことでは・・・・)

 やっぱり、“悠久の灯”という異名は伊達ではないようだ。
 あの笑みによって強引に推し進められた案件は幾つに上るのだろう。

「はい、解散解散。いつまでもこんな時代錯誤な場所にいては若者は腐りますよ」
「ふん、貴様が命じて連れてこさせたというのに」

 礼伊は嫌みを言って立ち上がった。

「それではな、緝音。神社へ帰らせてもらう」
「あら、年寄り同士、お茶でも飲もうと思っておりましたのに」
「はっ。貴様と茶など飲んでも不愉快なだけじゃ」

 余裕たっぷりに笑む緝音に毒づき、礼伊は足早に大広間から立ち去る。

「やれやれ、振られてしまいました」

 肩をすくめる緝音を尻目に一哉以下、集結していた者たちが立ち上がった。

「朝霞、こいつらを例の場所に案内しておけ」
「・・・・あなたは?」

 チラリとこちらを見た朝霞が一哉を見上げる。

「ちょっと準備がある」
「え、ちょっと、それが何なの・・・・って、もう!」

 一哉は朝霞の言葉を聞かずに大広間から出て行った。

「で、俺たちはどこに行けばいいんですか、先輩?」

 他人だらけのこの城で知り合いである朝霞と一緒にいられると安心するのか、直政にしては砕けた物言いで問う。

「はぁ・・・・。とりあえず、戦後処理、といったところかしら?」

 少々やさぐれ気味に言い放たれた言葉に、直政と亜璃斗は仲良く首を傾げた。



「―――何て言うか、すげぇな」

 天守閣から出た直政たちは本丸の出口である城門を潜り、二の丸へ続く太鼓橋を渡って再び城門を潜って二の丸へ入り、二の丸から三の丸まで続く大階段を滑落する危険を孕みながら降り、数十メートルという高さを持つ二の丸区画の石垣を右手に歩いて、さらにこれまで潜った城門と比べると小規模な城門を潜った。
 この間、おおよそ30分。
 さすがに距離と言うよりも荘厳な雰囲気に気後れする。
 町中の城ならば、観光名所としての威厳があるが、ところどころに本物の兵器があれば誰だって引く。

「つい最近まで増改築を行っていたわ。全部、あいつの指示でね」

 「あいつ」とは熾条一哉のことだ。
 何故か朝霞は一哉のことは名前では呼ばない。

「ま、城のことについては誰かが説明するでしょ。ついたわよ」
「ここは?」

 亜璃斗が辺りを珍しそうに見渡す。
 城門から入ったが、向こうを見る限り、どうも他の出口はないようだ。
 いくつもの倉庫が並び、まるで港のそれだ。

「ここは厩曲輪といって・・・・昔は馬場があったらしいわ。今は・・・・武器庫?」
「武器庫にしては・・・・物々しいというか、でかい倉庫じゃね?」
「当然でしょ? 入っているのは拳銃から機関銃、ロケット砲に迫撃砲、単装速射砲の砲弾や地対地ミサイルといった、兵器よ」
「ゲッ!?」

 戦争物でしか聞いたことのないような兵器群の群れに直政の腰が退けた。

「どうしてこんなものが?」

 熾条宗家は確かに重工業を傘下に治めているが、日本の軍需産業はひとつの兵器を多数の企業が分業して作っている。
 ひとつの会社が独自生産できる兵器はたかが知れている。

「多くは鹵獲品よ・・・・第二次鴫島事変の」
「「?」」
「熾条宗家はね、事変後二週間で自前の船を出して再上陸しているのよ。そして、死者行方不明者の捜索と兵器群の回収を行ったわ。陣頭指揮を執ったのは熾条鈴音」

 熾条宗家の部隊によって回収された兵器は傘下の重工業にて修理され、使えると判断されたものだけがこの城に運ばれた。そして、本丸などの櫓を改造して単装速射砲を副えつけるなど、城自体の近代化を図ったのだ。

「アホかい」

 あまりの破天荒さに直政は呆れて呟く。しかし、その言葉を朝霞は過敏に反応した。

「現代兵器を舐めるんじゃないわよ。あの戦い、鹿頭は死者こそ出していないけど、迫撃砲の至近弾で負傷者を出しているわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ミサイルを撃墜できるのはほんの一握りしかいない。対人ならばともかく、対戦車とかいう運用目的で開発された兵器はあたしたちの能力を凌ぐわ」

 精霊術師が能力者最強である事実は変わらないが、科学の発展は能力至上主義を否定しつつある。

「これからの戦い、兵器の知識があれば生き残りやすくなるのは事実、少しでも勉強した方がいいんじゃないかしら?」

 朝霞は横目で直政を見ながら続ける。

「ま、あんたなら拳銃は当然として、戦車砲でも無傷そうだけど」
「俺は化け物ですか・・・・」

 評価されているのか微妙な言葉にげんなりする。

「さってと・・・・どこにいるのかしら?」

 キョロキョロと辺りを見回し、何かを探す朝霞。

「もしかして・・・・これ?」

 亜璃斗がポツリと呟き、歩き出した。

「お、さすが地術師。歩くGPS」
「GPSはGlobal Positioning Systemの頭文字をとったもので、日本語では全地球測位システムのこと。受信機側をGPSと呼ぶのは誤りなんだ、ぞ!?」

 朝霞の肘が直政のみぞおちにめり込んだ。

「ほんっと、無駄に頭いいわよね、あんた」
「ほんっと、容赦ねえ。・・・・今、“気”を込めたろ?」
「じゃないとあんた効かないでしょ」

 下手な壁を破壊しそうな一撃を打ち込んだ朝霞は体の前に流れてきた髪の毛を後ろにはらい流しながら言う。

「それより本当の目的地よ」
「え?」

 角を曲がった瞬間、視界に飛び込んできたのは白と赤、そして、黒だった。

<―――そう、そこだ。なかなかうまいではないか、娘よ>

「石だった頃もこうしてよく磨いていたことを思い出す」

 シャワーに設定されたホースから吐き出される水に逞しき肉体をさらし、ブラッシングを受ける青毛駒は確かに激闘を繰り広げた神馬である。そして、白衣の袖をたすき掛けにしてブラッシングを行っている少女はその神馬に入院するほどの怪我を負わされたカンナだった。

「神代さん、連れてきたわ」

 ほのぼの、とは言えないが、殺伐した雰囲気でもなく、淡々と交遊する両者に朝霞は声をかける。

「来たか」

 声に応じ、カンナは温度の低い視線をこちらによこした。

「・・・・さすが、視線だけで生徒会立候補者を撃退した人・・・・」

 亜璃斗の情報が早いのは新聞部だからだろうか。

<ほう、どことなく覚えている。我に挑んできた地術師か>
『へぇ、あの状態で理性があったんですか』
<うむ。威勢だけよくてすぐに吹き飛んだ印象が強い>
「うっさいわっ」

 直政はいつの間にか肩に戻ってきた刹を意に介さず、思い切りツッコミを入れた。

『まあまあ、御館様。御館様がまだまだなのは事実なのですから。ですが、大丈夫です。私がいれば百人力で―――』
<何やら愉快なことを口走る小動物も覚えておるぞ>
『今すぐ斃しましょう。やはり、一度邪気に染まったものは正道には帰れないようです』
「お前、今思い切り俺をけなしていた最中だろ」

 ペシッと肩から調子のいい刹を払いのける。

「で、どうしてこいつが無事・・・・というか、どうやって解決したんだっけ?」
「「・・・・はぁ」」

 何故か朝霞と亜璃斗がため息をついた。

「今さら気にするの?」
「兄さん、遅い」

 仕方がない。
 直政は急に静謐となった雰囲気で、緊張が解けて昏倒したのだから。そして、次の日目覚めると、亜璃斗は放課後に説明する、と言って全ての質問をシャットアウトしたのだから。
 放課後は放課後で、いろいろ衝撃的事実があり、今の今まで忘れていた。
<“浄化の巫女”の一撃で、邪気のみが浄化され、我は神馬として帰ってくることができた>

 “浄化の巫女”とは瀞の異名か何かだろう。
ということは、瀞は御門宗家が総掛かりでかかったあの事件をものの数秒で解決する【力】を持っている、ということだ。
 本来の神馬としての【力】も少しだけ道連れにされたため、神馬になる前の毛色――青毛になっているのだという。

(先輩、すげぇ・・・・)

<おい、小僧>
「?」
<名は何という?>

 神馬は直政の前に歩いて来るなり、名を尋ねてきた。

「直政・・・・穂村直政だけど?」
<ふむ、政(マツリゴト)を直すもの、か。なかなかにいい名前ではないか>

 直政の名前には言わば世直しの意味が込められている。
 さらに意訳すれば、正す者。
 「直」を通り字にする御門家は「乱れしものを正す」という意味からこの字を用いていた。

<よかろう。ならば、我は貴様の駒となろうぞ>
「?」

 意味が分からず、直政は首を傾げる。

「神馬はお前の持ち馬になると言っている。正直、神代神社でこいつを飼うのは難しい」
「そ、そんな!? 俺だって飼えないぞ!? 唯宮家じゃあるまいし・・・・」

 名門御門宗家と言えど、現在の本拠は一般家庭の一軒家と変わらない。

<よいよい。我はこの厩を気に入っておる。我を必要とする時、貴様がここに来れば乗せてやろう>

 神馬曰く、自動車レベルの運動エネルギーならば正面から突撃して撃破できるとのこと。
 それは軍用車両との戦闘にも耐えられることを示唆しており、おまけに軍用馬ほど軟弱な蹄を持っていないため、例えアスファルトの上を全力疾走しようとも潰れない、ということだ。

「ま、とりあえず、乗ってみるか」

 そう言って、直政は神馬のたてがみを撫で、一息にその背中に飛び乗った。

<お、お? 手慣れておるな>

 数歩だけ歩いてバランスをとった神馬は驚いたように言う。

「いや、昔から心優にいろいろ連れて行かれてなぁ。相馬の馬追物とか・・・・」

 直政は虚ろな視線を虚空に捧げた。

<ふむ、裸の状態でこれだけ乗れるのならば、鞍を用意さえすれば十分に乗りこなせよう>

 神馬が歩いても、直政は腰を浮かせてバランスをとる。

『御館様、おうまいですね。ならば、ほれ、馬よ、一駆けぇぇっ!?』

 神馬の頭の上で正面を指さした刹は神馬が頭を振った勢いで跳ね飛ばされた。

<どれ、思い切り踏み切ってみるか?>
『あー!? そこ! 私がおりますよぉっ!?』

 蹄が刹を捉え、ぐいぐいと地面に押しつける。

『止め・・・・っ。ああ、でも、ちょっとこの感覚が快感に―――ん?』

―――カンカンカン、カンカンカン

「これは・・・・」
『鐘の音、ですね。―――ここの時報のようなものでしょうか』
<いや、我も初めてだぞ、この音色は>

 三者は揃って説明を求めるよう、朝霞に視線を向けた。

「これは警鐘よ」

 朝霞の言葉に、さっと亜璃斗の血の気が引く。

「まさか・・・・」
「そう、そのまさか」

 朝霞は鋭い視線をいずこかに飛ばし、はっきりと告げた。

「敵襲よ」









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