第一章「入学、そして継承」/5


 

『―――見つけました』

 封印された洞穴の奥に鎮座する存在は10年ぶりにその意志を活性化させた。
 それまでの悔恨と怨嗟が、期待と激情によって燃え上がる。
 カタカタとその体が震え出し、莫大な【力】が放出された。
 それはまるで、合戦を告げる法螺貝。
 彼の存在を覆い隠していた結界を突き抜け、広くその大地に広がっていく。
 莫大な【力】を受けた大地はしかし、鳴動することなかった。
 むしろ心地よさ実にその【力】を流す。

『さあ、来てください、この場所へっ』

 この大地にその種の【力】が放射されるのは10年ぶり。
 それは眠れるが放つ、最初の咆哮だった。






穂村直政side

「―――どういうことだ・・・・?」

 直政は樹海の中を歩きながら首を傾げた。
 何の装備もなければ遭難確実の樹海の中を懐中電灯もなしに危なげもなく歩いている。
 時刻は午前0時12分。
 朝霞に言われた通り、寝床を抜け出して辺りを探っていた直政はとある方向から放出された膨大な【力】に気が付いた。そして、これがきっと朝霞が指定した出来事だと確信し、その方向へと歩いているのだ。

「こんなこと、あり得るのか・・・・」

 直政は周囲索敵を怠ってはいないが、分かるのは【力】の源までの道のりだけ。
 それ以外は完全にシャットアウトされていた。
 まるで、それ以外の土地などないと言わんばかりの傲慢さで、それは直政に道を認識させる。
 おかげで、今はもう、キャンプ場の位置が分からない。
 だから、できることはただひとつ。

「進む、のみっ」

 いつしか、直政は走り出していた。
 精霊術師が持つ身体能力をフルに使い、地術師としての能力も開放する。
 歩きにくい大地は地術師を行かせるために衝撃を最小限に抑え、その反発力を足裏に伝えて速度を向上させた。
 その結果、100メートルを世界記録で走り抜け、その速度が全く衰えないまま十分ほど疾走する。
 これこそが御門宗家が青木ヶ原を舞台に時の軍隊と戦い続けられた健脚だった。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 さすがに5キロメートル以上を全力疾走して、直政の息は上がっている。だが、そんな直政の前にはぽっかりと口を開けた洞穴があった。
 結界があったことを示す注連縄が千切れており、パチパチと音を立てながら燃えている。
 それは結界が無理矢理破られたことを意味していた。

「まさか、ここ・・・・御門宗家の?」

 洞穴の周りを見回せばわずかに防御施設の遺構が見て取れる。そして、洞穴の入り口も自然にできたものとは違い、しっかりと補強してあった。
 地術最強御門宗家。
 その本拠への入り口が門ではなく、地表に向けて口を開けた洞穴だとすれば、これ以上にない"ハマリ"方である。

「・・・・いや、何か違うような気がする・・・・」

 考え至った結果を違和感が否定した。

「ん〜?」

 その辺りを歩き回った後、直政は洞穴の入り口に近付く。
 まだ燃えている注連縄には最低限の距離を置き、その中を覗き込んだ。
 その奥には一見、何の変哲もない空洞が広がっている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、戦闘跡がない」

 10年前に行われた御門宗家滅亡の戦い。
 それはかなり激しいものだったと聞いている。
 そうだというのに、本拠の入り口に戦闘跡がないのはおかしかった。
 外に出て決戦する主義の家ならば、野戦にて全滅など言うことがあり得るが、元々自分たちに有利な場所に引き込んで邀撃戦を得意とする御門宗家が本拠に籠もらない道理はない。
 滅亡するほどの戦いならば、その本拠が陥落したと言うことなのだ。

「ここは・・・・本拠じゃない・・・・?」


「―――ご明察。そこは俺たちが探してた、御門宗家の聖域への入り口だぜ、小僧」


「―――っ!?」

 周囲索敵を怠っていた直政は背後から聞こえてきた声に背筋を震わせる。
 慌てて振り返ろうとするが、その脇腹に強烈無比な回し蹴りがめり込んだ。

「かはっ」

 とても人間が放ったとは思えない衝撃が直政の体を横に吹き飛ばす。

「ふん、邪魔な小僧だ」

 不意打ちを受け、大地に叩きつけられた直政は激痛の走る脇腹を押さえながら立ち上がった。

「ほう、立つか。・・・・思えばこのようなところにただの小僧がいるわけもなし」

 男は伸びすぎとも言える爪の先で眼鏡を直して言葉を続ける。

「貴様、能力者だな? しかも、この場所を見つけるとは御門に連なる者か」

(冗談、だろ・・・・)

 鋭い爪と頭頂部より突き出た角を持つ人型。
 それは昔話でお馴染みの、鬼。

「鬼族・・・・ッ」
「ご名答。だが、小僧、俺の質問にはまだ答えてもらっていないぞ」

 ゆったりとした動作でこちらに向き直る鬼族の男。

(最悪だ・・・・)

 鬼族は御門宗家滅亡の原因かもしれないと噂される存在だ。
 それがこの地に現れたという事実は噂が本当だったこと。
 いや、それよりも御門宗家の地術師を相手にしても勝利した戦闘能力がある鬼族と相対している事実に戦慄した。

「御門関連、つまりは地術師。・・・・ふん、あの頃はほんのガキ。脱出した生き残りのひとり、ということか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 息を吐き、ダメージを大地に流す。そして、亜璃斗と組み手をする時のように、相手に視線を固定して構えを取った。

「哀しいな、小僧。長らえた命、ここで刈り取ってくれるわ」
「―――っ!?」

 "背後から突き出された"太刀の鋒を危ういところで回避する。

「チィッ」

 躱す動作の中、目があった鬼族の顔は悔しげに歪んでいた。

(ふたり目!?)

 驚愕すると同時に直政は慌てて距離を取る。
 牽制とばかりに飛礫を叩きつけるが、太刀の横殴りによって全て薙ぎ払われていた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 一瞬の攻防だけで、せっかく整えた息も切れている。

(これが・・・・死闘、最前線の緊張か・・・・)

 いつもは亜璃斗がいた。そして、亜璃斗が感じていただろう緊張が今直政を襲っている。

「くそ、情けねえ兄貴だ」

 妹にこんな緊張を強いていたと思うと恥ずかしくて死にそうだ。

「ふむ、少しは場慣れしてるようだな。小僧とはいえ、戦闘能力者と言うべきか」

 二人目の鬼族は太刀を肩に構え、睥睨するように直政を見ている。
 その全身から放たれるプレッシャーは物理的効果があるかのように、直政の肌をびりびり震わせた。

「何かを知っているとは思ったが、警戒もせずに動いていたことから・・・・貴様に用はないことは知れた」

 空手だった鬼族が懐に手を入れて、引き抜く。
 そこに握られていたのは拳銃だった。

「拳銃が効かないことくらいは分かっている。しかし、油断するな? 油断した10年前の愚か者は弾丸を喰らった瞬間四散したぞ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ジリジリと後退る。
 後ろは例の洞穴だ。

「この宝具が再び地術師の血肉を食らえるとは僥倖だなっ」

 引き金が引かれる。
 そう思った時に下げた足が、洞穴の中へと一歩踏み込んだ。

「死ね、小僧っ」


『―――させるわけにはいきませんっ』


「「「なっ!?」」」

 突然響いた声と共に洞穴の周りの土が蠢動する。
 それらは瞬時に堆積物中に存在していた鉄を集結させ、弾丸を弾き飛ばした。そして、装甲に弾かれた弾丸は内容物からは予想できない爆音を轟かせる。

『こちらへっ。鉄の板など一時的なものです。御子は奥へとお進み下さい』

 尻餅をついた直政は声の発生源が洞穴の奥だということに気が付いた。

『お待ちしておりましたぞ、このぼんぼん』






鹿頭朝霞side

「―――くそ、また閉じやがった」
「でも、今度は壊せるぞっ」

 跳ね上がった鉄粒子はそのまま洞穴の口を塞いだが、所詮、その辺りの岩石が含む鉄分子から構築された壁だ。
 板と称しても間違いない薄さしかない。

「ずっと、ずっと監視してたんだ。このまま突き進むぞっ」

 ボコリと鬼族の筋肉が盛り上がり、一撃で大型車を破壊するような力が湧き上がった。

「この、この奥に―――」


「―――御門の守護神がいる、って?」


「「―――っ!?」」

 叩きつけられた殺気にふたりは慌てて散開する。
 そのおかげで充填いていた【力】は霧散した。

「ちっ、何・・・・ッ」

 一瞬恨めしく思った反射に感謝するほどの熱量が彼らの頬を撫でる。
 それは先程までいた地点に立ち上ったひとつの炎から発せられていた。

「行かせないわよ、その先には。・・・・いえ、あんたたちには後退すら許さない。私の前で潰えるがいいわ」

 ふたりが振り返った先に立つ少女――朝霞は宿敵を睥睨する。

「漆黒の槍に・・・・」
「ポニーテールの餓鬼・・・・」

 ふたりは顔を見合わせると、闘志を剥き出しにして構えを取った。

「ふん、鬼族には情報伝達能力もあるのね。隼人の一族が元締めって言うのは間違いじゃないわけね」

 朝霞はGPSの機器を脇に放り投げる。
 直政のように地術を使えるわけではない。
 鬼族のようにここで生活していたわけでもない。
 ならば、朝霞がこの地に足を踏み入れることができたのは、ひとえに文明の利器がもたらした効力だった。

「さあ、始めましょうか。わたしたち鹿頭が、鬼族の天敵と言われるために必要な、一局地戦を」
「ほざけっ」

 鬼族が手に持った拳銃の引き金を引く。
 その淀みない動作で放たれた弾丸は朝霞の胸を撃ち抜く軌道で疾走した。

「効かないわよ」
「なっ!?」

 銃弾は朝霞のほんの数十センチ手前で焼失する。

「生憎、対銃器の戦い方は側方戦線のおかげで修練済みなの」

 朝霞は鬼族の方へと歩き出した。
 ゆっくりとその周囲の景色が歪んでいく。

「主戦線・・・・あんたたちと戦うのは文化祭以来ね。大丈夫、あの時と今の私は別人だか、らっ」

 揺らめく穂先と光を吸収する漆黒の柄を片手で握り締め、朝霞は一気に距離を詰めていった。
 迎撃に移るのは太刀を握った鬼族。
 接近戦において、基本筋力に上回る鬼族の方が圧倒的に有利だが、朝霞は怯まずに鉾を突き出す。

「お、おお?」

 陽炎に包まれた刺突は攻撃点を読ませず、鬼族を混乱させた。しかし、反射だけで避ける鬼族はさすがと言える。

「あっ」

 走った勢いを全て刺突に注ぎ込んだ朝霞は流れる体をそのままに太刀を持った鬼族の脇を通り抜けた。そして、拳銃を構える鬼族へと肉薄する。

(遠距離攻撃力を持つ者から討つべし)

 如何に対銃器の戦法を習得していようと、近距離戦闘を行っていれば注意力が散漫になる。
 そこを狙われれば被弾は免れない。
 だから、まずはこちらの攻撃が届かない、もしくは効果的でない場所にいる者から倒すのがセオリーなのだ。

「くっ」

 彼はこちらに銃口を向け、その引き金を引こうとする。

「させないっ」

 朝霞の足下から炎弾が発射され、鬼族へと向かう。だが、それを予想していたのか、彼は体を傾けながら発砲した。

「・・・・ッ」

 銃弾が頬をかすめる。
 耳元を通り抜けた銃弾が放つ衝撃波に歯を食い縛って耐え、朝霞は足を前に運んだ。

「はぁっ」

 地面ギリギリまで下げた穂先を跳ね上げるようにして喉を狙う。だが、それは一歩下がるだけで避けられた。

「甘いっ」

 それでも走り寄っている朝霞の間合いはすぐに鬼族を捉える。そして、振り上げる形になっていた鉾を叩くように振り下ろした。

「そっちこそっ」

 一歩下がったのは前動作。
 今度こそ大きく飛び退さる。
 またもや空を切った穂先が地面に突き立った。

「だから、甘いってっ」
「―――っ!?」

 固い地面に食い込んだ鉾を介し、朝霞は宙へ浮く。

「でぁっ」

 その疾走速度と己の体重を上乗せし、激突の瞬間に恐縮した"気"を解放するという強烈無比な跳び蹴りを繰り出した。
 それを腹部に受けた鬼族は飛び退さっていたことでダメージを幾分か受け流したというのに洞穴横の岩盤に叩きつけられる。

「・・・・ッ」

 朝霞はその体に炎弾を叩きつけ、振り返り様に鉾を横に構えて突き出した。

―――ギンッ

 鉾の柄と火花を散らす太刀。

「ふっ」

 一瞬の鍔迫り合いの後、朝霞は鉾を傾けて太刀のベクトルを移動させる。
 火花を散らしながら柄の上を滑っていく太刀を横目に足を振り上げ、男の肩を打った。

「せっ」
「かはっ」

 ポロリと太刀が手から落ちた男のガラガラになった腹へと鉾の石突を叩き込む。
 長柄武器の利点はそのリーチの長さだけでなく、穂先と石突、その両方が武器として使えることである。
 硬い石突にて叩き込まれた衝撃は強靱な筋肉を貫通し、くの字に男を折り曲げた。しかし、常人を遥かに超える身体能力を持つ鬼族は倒れそうになる体を無理矢理引き起こし、拳を放つ。
 その剛拳が放つ風を頭上に感じならがら足払いの右足を繰り出した。

「・・・・ッ」

 まるで鉄柱を蹴りつけたかの衝撃と共にふわりと鬼族の体が傾き出す。

「舐めるな、小娘がっ」
「―――っ!?」

 背後に湧き上がった殺気に朝霞は予定していた全ての行動をキャンセル。
 回避に全能力を傾けた。

「はぁ・・・・っ、はぁ・・・・はぁ・・・・」

 筋肉に無理をさせ、関節に負担を掛ける急動作のおかげで、背後からの拳を避けることに成功する。しかし、無理をした体はズキズキと痛み、たったひとつの動作で負傷したと同じダメージを負ってしまった。

(それでも、直撃するよりはマシね・・・・)

 必死に息を整えながら、朝霞はふたりの鬼族を視界に収める。

(それにしても・・・・強い・・・・)

 音川で交戦した鬼族とは段違いの強さだった。
 もしかすれば、音川に襲来した鬼族は鹿頭家の残党を侮っていたために練度の低いメンバーを連れてきていたのだろうか。
 いやそれ以前に、この鬼族たちは御門宗家を相手にして生き残った猛者である。
 体術を基本とした朝霞の戦法が通じるとは思えない。

「だったら・・・・」

 ぎゅっと手にはめたグローブに【力】の流し込む。

「すぅ・・・・はぁ・・・・」

 警戒をしつつも、朝霞は静かに息を整え出した。






穂村直政side

 直政は声に誘われるように洞穴の奥へと足を進めていた。
 洞穴は暗かったが、地術師には目を瞑っていてもあまり変わりはない。

「―――すごいな、ここ・・・・」

 少し肌寒い空気がまとわりつくが、地中に下りていくためか、気分がいい。鍾乳洞などの地下に下りることで辺りの<土>の精霊の密度が大きくなるためだろう。
 洞穴というより、洞窟と言っていいこの場所は鬼族の言葉通りならば、地術最強御門宗家の聖域だ。
 この国では最も<土>たちが憩っている場所のひとつである。
 そんな気高き<土>たちが、まるで直政にかしづくように戯れてくるのにビックリするが、やはり気になるのは先程の声だった。
 洞窟は一本道だったが、途中から傾斜がきつくなる。
 おまけに道が濡れていて滑りやすくなっていた。

(どこまで行くんだよ・・・・)

 すでに数十メートルは降っている。

「ん?」

 岩肌が変わった。
 それまで玄武岩だった岩石がいきなり判断不能のものになったのだ。
 そこはぼんやりとした光で明るくなっていた。
 まるで鼓動しているかのように点滅を繰り返し、荘厳な雰囲気を放っていた。

「すげぇ・・・・」

 ポカンと口を開け、足を止める。
 保有される膨大な<土>。
 数十万の軍勢の中に迷い込んだ気分だ。

「あれは・・・・」

 その中心にまるで総大将のようにそびえたつ祠が存在した。
 いや、祠と言うよりもお堂と言った方がいいかもしれない大きさだ。

「これが・・・・御門宗家の?」

 見る限り、どこにも守護神らしき者はいない。

「どこ――っ!?」

 突然、目の前を何かが横切った。

「何だ!? 全然気が付かなかったぞ!?」

 ここは地術最強を誇った御門宗家の最奥。
 どんな仕掛けがあるか分かったものではない。
 遅ればせながらも横切った影に向けて戦闘態勢を取った直政。しかし、その耳朶を歓喜に震える先程の声が打った。

『お久しぶりです! 一体今までどこにいやがったこの野郎・・・・です』
「・・・・・・・・・・・・」

 直政はまず耳を塞ぐ。

『何しているのですか? 狂いましたか? とにかく会えてよかったです』

 それでも容赦なく声は届いた。
 どうやら空気を介すのではなく、思念として送ってきているものらしい。

「誰だ?」
『ここですよ、ここ。どこに目をつけているんです?』

 ぴょんぴょんと目の前で何かが飛び跳ねる。

「これは夢だ。そうか早く起きねば」

 考えてみれば御門宗家の遺跡に自分のような末端が入れるなどおかしいことだった。

『ていっ』
「もがっ」
『何現実逃避してやがる。このガキが・・・・です』

 ピタリと顔に張り付いてきた生物をとにかくむしり取り、お堂に投げ付ける。

『ペギャッ!』

 実に不快な悲鳴を上げた生物は―――リスだった、外見だけは。

「お前何なんだ?」
『なんと!? 10年間で私の姿を忘れるとは・・・・記憶喪失ですか?』
「俺にお前のような珍妙な知り合いはいねえっ」
『記憶喪失じゃないとしたら、頭が悪いんですね、この頭が』

 めげずに体に乗ってきてペシペシと頭を叩いていたリスの尻尾を掴み、前に持ってくる。

『あっ! 尻尾を持つなんて! 数百年生きてきてこんな辱めを受けるとは!? ・・・・あ、新しい世界が開け――』
「黙れ」

 力一杯地面に投げ付け、踏みにじる。―――が、感触がなかった。

『酷いですな! 当代の持ち主があなたのような人とは』
「持ち主?」

 直政は首を傾げるが、目の前のリスは腕を組みながら独り言を続ける。

『しかし、まさかあんなやつらに手こずるほど弱いだなんて・・・・』

 そして、いきなりこちらを見上げると問い掛けてきた。

『この10年間何をしておいでだったのですか?』
「何・・・・って、普通に暮らしてたけど?」
『はあぁぁっっ!?!? そんなことで御門宗家の再興は!? 私の使われ時は!? 私は彼の有名な「宝の持ち腐れ」の宝になるのですか!? いい加減しろ馬鹿! 何年待ったと思ってるんだ!? 10年だぞ? 10年。義務教育が終わるわ!』

 ペシペシと頭を叩いてくる。
 今度は控えめに言っても痛い。

「はあ、確かにこの春義務教育を終えたばかりだけど?」
『う、うう・・・・。どうせならもっと少しマシな奴用意しておいて欲しいものです先代・・・・』

 しくしくと本当に涙を流し出す。
 そんな姿に直政は哀れだと思いつつも、ずっと抱き続けていた疑問をぶつけた。―――火に油だったが。

「で、さっきから御門、御門ってどういうこと?」
『しくしくしくしくし・・・・・・・・・・・・』
「な、なんだよ。その新種の生き物を発見したような目は・・・・」
『まさか・・・・まさか分からない?』

 こくり。

『本当に?』

 こくこく。

『・・・・・・・・・・・・』

 こくこくこくこくこくこくこく―――

「―――あ、首痛くなってきた」

 その瞬間、これまで封印されてきた牙が直政を襲う。
 断末魔とも思える悲鳴は外界に聞こえることはもちろんなかった。

「何をするっ」

 直政は再びリスをお堂に叩きつける。しかし、先程よりも速度を付けたというのに、リスはひらりと空中で身を翻し、足からお堂に着地した。そして、地面に足を付けると、キッと直政を睨みつける。

『何するんですかっ。っていうか、我々を忘れるなんざ、いい度胸ですね、この裏切り者っ』

 リスは直政を上回る勢いで反論してきた。

『この十年、我々がどんな気持ちであなたを待ち続けたか分かってるんですか!?』
「いや、そんなこと言われても・・・・」

 あまりの剣幕にもごもごと口籠もる。

【―――刹よ、そう怒るでない。話が前に進まぬぞ】

「―――っ!?」

 リスとは異なる重厚な声が聞こえ、直政は思わず肩をビクつかせた。

【ほっほ、その反応。そちが我に初めて会うた時と同じ反応じゃな】
「え? え?」

 驚く直政を楽しそうに笑った声は今まで聞こえていたリスのものではない。

【久しいの、直虎の若き頃によう似ておるわ】

 ゆっくりとお堂の正面にあった扉が観音開きに開いていく。
 その奥は闇とは違う漆黒に支配されていたが、その空間に浮かぶ鮮烈の色が浮かんだ。
 漆黒よりも『黒く』見える、流れ出した血のような真紅。

「なん、だ・・・・?」
【いかにも。我はそなたらが想う、"鉄壁"を具現するものなり】

 ガシャリとその金属を擦り合わせるような重厚な音が響く。

【些か、知識に難有りとは思うが致し方なし。試練と共にその知識を刷り込んでやろう】
「何か刷り込みとか危険なこと言ってますけど!?」

 放たれるプレッシャーに戦いて後退る直政を包み込むように、面頬に開いた眼窩から赤光が放射された。






訪問するものside

「―――夜分遅くにすみません」

 直政が御門宗家の聖域に招待されたのと同じ頃、穂村邸にも訪問者が訪れていた。
 直政と亜璃斗が青木ヶ原にいる以上、その訪問者に応対するのは祖父の直隆である。

「おや、どうしたのかな? 唯宮家に用があるなら隣の家になるが・・・・」
「いや、ここでいいんだ」

 訪問者はふたり。
 ひとりは艶やかな漆黒の長髪が特徴的な小柄な少女。
 もうひとりは無表情だが、どこか威圧される雰囲気を持った少年だった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一目で表の人間ではないと見取った直隆は当主らしい威厳を持ちながら彼らの言葉を待つ。

「地術諸家・穂村家・・・・いや、"御門氏傍流・穂村家"当主、穂村直隆」

 それに少年は不敵な笑みと答えを返した。

「ちょっと、十年前のことを話してもらおうか」









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